24海里目 ただ困惑
銃口が向けられた瞬間、緊張が走る。
まさかこのような展開になるとは、誰が想像しただろうか。
「我々もこの手段をとるのは心苦しい。しかし我々はやらねばならないのだ」
嘘つけ、と心の中で思った。
この状況、一体どうするべきか?こちらも出来立ての拳銃を向けるべきだろうか?
「まぁ待て。何か認識の食い違いがあるのかもしれない。ここは一つ話し合いをしてみようではないか」
そう切り出したのはワーグナー特命大使だった。
だが相手はどうも話を聞く気はないようだ。
どうにかワーグナー特命大使が説得を試みているが、そんなのはお構いなしに今にでも射撃しそうな勢いである。
だがその最中に、後ろからまた別の集団がやってくるのが見えた。
その集団は10人ほどで、全員真っ黒なローブで全身を包み、何か異様な存在感を放っている。
「銃を下ろしなさい、エルナンド分隊長」
先頭にいた人物がフードを脱ぐ。その下からは黒髪の青年が現れる。
「貴様は…確かヒロサネといったな」
「えぇ、覚えていらっしゃったようで光栄です」
「それで、何用か?」
「それは先ほどもおしゃいました。銃を下ろしてここを去りなさい」
「何故に?我々はただ危険になるであろう芽を摘み取るだけだ」
「流浪者に関してはそちらの管轄ではないはずですが?」
「だがここは我々の管轄内だ」
「お言葉ですが、流浪者が関与しているならば我が隊が優先的に指揮権を持つと外界総合規定に記されていることを忘れているとは言わせませんよ」
「まさか。しかし貴様は今行っているのが、職権乱用に値することに気付いているか?」
「そちらこそ、現在の状況が越権行為だということをお忘れなく」
当事者である自分が蚊帳の外になった上に、なにか不穏な状況になってきた。
にらみ合いのような状況が続いたが、憲兵側が折れたらしく、銃を下してその場を後にした。
「今回はヒロサネに免じて見逃そう。だが、不穏な行動があった暁には真っ先に体中に穴が開くことを肝に銘じておけ」
咬ませ犬のようなセリフを吐いて去っていった。
憲兵隊の姿が完全に見えなくなると、ローブの集団がこちらに向き直る。
「見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ありません。どうかお許し下さい」
彼は深く頭を下げる。これには淀んだ相づちしか出てこなかった。
「ところで、あなた方は一体…?」
「あぁ、紹介が遅れました」
彼らの姿勢が良くなる。
「我々は防衛連盟直属特殊機動部隊第一魔術隊『ヨハンの書』です。私は『ヨハンの書』隊長の瀬戸博実と申します。以後お見知りおきを」
「ヨハンの書」…。その名前には聞き覚えがある。確かジェイル中尉が持ってきてくれたブラン・ツェニカーに関する資料の中にあったはずだ。
ブラン・ツェニカーは先日の一件のように、流浪者の中でも一二を争う問題児である。血気盛んで好戦的な性格であり、流浪者特有の強大な力も相まって、いろいろとやらかしているらしい。記録によれば獰猛なオオアカグマの後天性特殊変異体――魔力の過剰吸収による身体異常及び凶暴化した個体――を素手で倒したり、戦列艦を一振りで断ち切るなどしていたそうだ。
そんな彼のような、流浪者の行きすぎた行動を抑止するために存在するのが、彼ら「ヨハンの書」である。「ヨハンの書」は多種多様な魔術書を用いるエキスパートで、主に対流浪者用魔術の「アインデム拘束錨」を運用する部隊として知られている。そのため「ヨハンの書」は防衛連盟において、流浪者に対抗する最後の手段に位置付けられている。その他にも、魔術書関連の出動もあり、比較的表に出てくる部隊だ。
「海原様のような流浪者は実に久しぶりです」
「…あれ?自分の名前言いましたっけ?」
「いえ。しかし流浪者の情報は一度、このヒルノ海上国家に集約、名簿化され各国へと提供されます。特に我々は、現在防衛連盟に在留する流浪者を把握していなければいけません。ちなみに海原様は流浪者としての登録番号は第1304号となっています」
どうコメントすればいいんだ…?
「我々はこれで撤収します。今後の活躍を期待します」
そう言って彼らは、その場を離れていった。
その後は途中だった港での事務作業を経て、防衛連盟本部へと移動することになっている。
本部への移動には、防衛連盟側が用意した車を使う。また本部には自分とジェイル参謀、トーラス補佐官、ワーグナー特命大使と補佐数人が同行することになっている。本部に出頭している間は、艦2隻は自分に変わり乗組員に保安を委任した。
ようやく本部のあるフォートへと到着した。フォートはヒルノ海上国家における行政機関が集中しており、事実上の首都として機能している。その都市の様子は建物がひしめき合い、その様子はまるで東京やニューヨークのようにも見てとれる。
防衛連盟本部は、フォートの中心地付近に存在している。建物は立派なレンガ造りで、周りの建物と比べても圧倒的な荘厳感を放っている。
その本部の入り口で受付を済ませて少し待つと、スーツに似た服装に身を包んだ集団が現れた。
「お越しくださいましてありがとうございます。ようこそ防衛連盟本部へ」
こんな挨拶と共に握手を交わした彼らは、防衛連盟理事会事務局の職員らしく、今後の協議のために事前審査を行うという。また今日の内容によっては、明日以降の予定が大幅に変更されるそうだ。
その事務局の人間と一緒に、会議室のような部屋に入る。そこにはあらかじめ他の職員が待機しており、その前の机には書類の山が積み上げられていた。
ここでワーグナー特命大使が持っていた私設軍に関する意見書を渡す。
「では、拝見します」
職員の皆さんが意見書に目を通す。自分はその様子を座って見ているが、いかんせんどんな反応されるのか分かったものではない。
しばらくすると、職員の口から小さく驚嘆の声が上がる。
「なんだこれは…?」
「噂には聞いていたが、かなりの規格外だ…」
「ちょっと経理担当を呼んできてくれ…」
あぁ、やっぱり困惑してるよ…。
10分ほど密談を交わして、こちらに向き合った。
「えぇと、少し時間を頂いてしまって申し訳ないです」
「いえ、そんなことは…」
「早速ですけど…」
この後は、実に様々なことを聞かれた。
一番聞かれたのが、私設軍がどんな組織になるかということだ。
一言で私設軍を設立すると言っても、どのような目的を目指すかによって方針は大きく変わってくる。
例えば、私設軍の設立が敵への攻撃を目的とするならば艦隊編成は戦艦や重巡洋艦が中心に、連盟の防衛が目的ならば駆逐艦や海防艦を中心に戦力を確保する。
今回は敵に攻勢をかけるためなので、前者の方針に当てはまる。
「まだ文書でしか把握出来ていないですが、これだけの戦力や人員の確保だけでも向こう1年間は時間と予算で一杯になると想定されます。加えて、私設軍の本部となる場所も用意しなくてはいけませんし…」
「…なるほど」
「そちらの提案を通した場合、試算だけでも6億CU以上。防衛連盟での年間の予算が250億CUですから、防衛連盟理事会からの資金援助以外にも富豪や各国の財団からも広く援助を求めないと難しいと言わざるを得ません。なのでしばらくの間は戦力の増強は困難かと思われます」
何事もそうだが、予算は限られてくる。
私設軍の設立と簡単に言っているが、内容は軍事へ極端に特化した国を造ることに等しい。今の状況で各国に経済的負担をかけるのは厳しいだろう。
あとは私設軍が防衛連盟直轄になったときの在り方についても聞かれた。これに関しては上手く答えられないものだ。
この日はこれで終わり、一旦「吹雪」の元に戻る。明日以降は理事会のほうで審査が始まるというので、少し情報を整理して明日に備える。
保安に務める兵たちには、日常業務以外にも必要ならば陸に上がってもよいことにした。艦の中だけでは息苦しいだろうし、なにより食事やトレーニングが出来ないのが一番大きい。戦闘訓練でも出来ればいいんだが、手探りの状態では何もやれないのが難しいところだ。
翌日、再びフォートへと赴き、私設軍の設立に向けた本格的な審査が始まった。
理事会にはそれぞれ委員会が設置されており、その委員会ごとに質疑応答の要領で進んでいく。
もちろん一日で終わるような内容ではなく、何日かかけて行う予定だ。なので委員会が開かれている間はフォートにある老舗のホテルに宿泊することになった。このホテルはフォートが街として出来上がるころに開業した、歴史あるホテルだそう。
こんな生活が約1週間ほど続いた。
暇を見つければ「吹雪」のほうには戻っているのだが、それでも満足した時間は取れず、審議は淡々と進んでいく。
その中で、いくつか決定している内容もあり、私設軍設立に向けて準備は出来つつある。
また、ここ数日は軍人や技術者が「吹雪」や「白雪」の見学を行いたいという要望が来るようになった。中には防衛連盟軍の総司令部の関係者も訪れ、艦の性能を確かめたいがために許可を取ってくるという行動力の高さをまじまじと見せつけられた。
そうなっては拒否することも敵わない。「白雪」に関係者を乗せ、出港する。
このあと、彼らはこの艦の実力に愕然とするだろう。しかし、そんなことはお構いなしに「白雪」は沖へと進んでゆく。
『物語を1.3倍位楽しむための豆知識コーナー』
通貨単位(Currency Unit:CU)
防衛連盟内で使用される共通通貨。ヒルノ海上国家の法定通貨でもある。
価値は1円=0.012~0.04CUであり、平均で0.028CU/円になる。




