23海里目 いざ往かば
夜が明けて、新しい一日が始まる。
昨日は久々に「吹雪」の艦長室で寝た。ジェイル中尉からは、今日あたりに防衛連盟本部へ向かうだろうから準備をしておくよう言われている。
一応「白雪」も航行できるように必要最低限の装備は整えてある。あとは航海中にでも作業するか。
太陽の日差しがキツくなる頃、シドマ国王直々に自分の所へ訪ねてきた。内容は、防衛連盟理事会への意見書とそれの為に同行する特命大使と共に、防衛連盟本部があるヒルノ海上国家へ渡航せよというものだ。この特命大使に、外務局の職員であるシリウス・ワーグナーという人物が当てられた。
また、ヒルノ海上国家へ行くにはリクア共和国かランスエル公国のどちらかを航行しなければならない。
そこでシドマ国王より、武力組織仮編成特別認可証明書とシドラール国国王による限定的無害通航保証書の二つの書類を発行してくれた。既に関係国には事前通告してあるが、もし国境警備隊の類いに捕まってしまったらこれを見せると良いと言った。
今後は組織として吹雪型2隻を運用するため、人員が必要だということでトーラス小艦隊司令官、もとい特別補佐官と艦隊運用特別兵45名を自分の部下として迎え入れることになった。さらにジェイル中尉が参謀として同行することも伝えられる。ジェイル中尉はどこ所属だったんだ?それはさておき、今後は彼らが私設軍の初期構成員になるだろう。
「そういうことで、本日より特別補佐官として務めることになったトーラスだ。改めてよろしく、カケル司令」
「君としては不本意だろう。我々の都合を押し付けるような形になってしまったことをお詫びしたい」
そう言って、シドマ国王は謝罪の言葉を口にした。
「いやいや!ここまでしてくれるなんて本当にありがたい話ですよ!」
確かに、急に組織のトップになっていつの間にか部下が出来るのは驚くことだが、もともと想定していたことなのでそちらの方に気持ちが傾いているのは事実だ。
そして、自分の補佐としてトーラスさんが来たことも驚いた。曰く、自分をよく理解する者として任命されたらしい。もう迂闊に小艦隊司令官と呼べなくなった。
「早速だが、彼らに艦の動かし方を教えてやってほしい。すぐにでも出発したい」
この時は何と無茶なことをと思ったが、幸いにも彼らは操縦を素早く学習してくれた。もっと詳しいことは航行中にでも教えよう。またその間には食料などの積み込みが行われた。
こうして、息つく間もなく2隻は海軍基地を出て、大海原へと進むことになる。
さて目的地であるヒルノ海上国家までは、航海距離にしておよそ3650kmだ。24ktで移動するなら82時間程度、つまり3日と半日で到着する。そこまで急ぐこともないというので、15ktで5日と半日にしようかとも思った。しかし今回はきっちり予定が決まっており、10日間の日程が組まれてるという。これは正規の航路に基づいた日程だそう。
ちなみに速度にすれば8kt強、これでも早い方だから驚きだ。やはり帆船は足が遅いんだなぁ。
今回「吹雪」には俺とトーラス補佐官、シリウス・ワーグナー特命大使が、「白雪」にはトーラス補佐官の部下で「吹雪」の操艦経験があるゼイド・ルクシュー、そしてそれぞれの持ち場に振り分けた他の兵が搭乗している。
航海初日、現在担当に当たっている兵以外に、簡単な操艦や艦内の案内をする。もちろん「吹雪」と「白雪」の両方だ。移動は飛ぶことで解消した。創造主はこういうときに便利だな。
この日の夜はシリウス・ワーグナー特命大使と少し話をした。特命大使は外務局の国際情報課に所属していたそうだ。今回の抜擢はかなり唐突に決まったこともあり、内心では驚いたそうだが、一つの出世だと思って任務に取り組むと言った。
同時に、これまでに決定している事と今後の予定に関して教示を受けた。まず決まっていることは、自分をトップとした私設軍を防衛連盟直轄部隊として設置し、その指揮監督権は自分に全面的に委任するもの、までである。これを理事会に提出して審議するのが今後の予定になっている。この時に様々な質問が飛んでくることは必須だが、頑張って切り抜けてくれとのこと。丸投げは困るんだが。
航海二日目、計器や装置群の異常や誤作動の確認を2隻とも行う。特に「吹雪」の後檣には、魔波式位置測定機構なるものを搭載している。これが上手く動作しなければ天測航法などに頼らなくなり、明らかに人員が不足する。これだけは避けなければならない。今回は異常が確認されなかったのは幸いだろう。
航海三日目、兵装の整備を行う。しばらく使っていないからチェックしとかないといけない。それが終わった後に、手の空いている兵を集めて掃除をした。
航海四日目、掃除以外やることがほとんどなくなった。この時間で砲や機銃、魚雷の扱い方をやらせても良かったのだが、まだ自分以外の人間に扱わせるには微調整がいる。そのためには何度かの射撃が必要だ。現在は限定的無害通航の最中で、明らかな敵対攻撃はしないことを宣言している。つまり調整のために射撃をするのは、敵対的に見られる可能性があるため出来ないのだ。かといって艦橋に立ちっぱなしなのもつらい。
何か良いものはないかと考えてあぐねていたが、トーラスさんの服装を見て思い付いた。
そうだ、装備を造ろう。
そう考えた俺は艦橋の隅で能力を使い始める。
まずは短剣と剣帯。これは士官として威儀を正すための、いわば装飾品の一つだ。後々必要になるだろうから、造っておいて損はない。
次に造ったのは拳銃。外見は南部式大型自動拳銃を模している。余談だが、後にこれを改良したものを旧日本陸軍が十四年式拳銃として採用している。さて、実際に拳銃を造ろうとしても、本などのあやふやな知識だけでは出来ない機構が存在する。引き金周辺の機構だ。これもメカトロニクスの概念を取り込まないといけなさそうだ。
こんな調子で五日目も過ごす。端から見れば、司令の業務をせずに何を遊んでいるのだろうかと思われるだろう。
航海六日目から国境を越え、リクア共和国を航行する。シドラール国以外の国に行くのは初めてだが、特にこれといった変化はない。
航海七日目、この日は防衛連盟軍リクア共和国領海域警備部隊に捕捉され、臨検が入った。一時は拘束されそうになったが、書類の提示と本国への問い合わせによって解放された。
航海九日目の朝には、やっとヒルノ海上国家の領海域へ入国した。周りには少しずつだが、様々な帆船が行き交いするのが見られるようになる。
航海十日目、日程最終日の今日はヒルノ海上国家の港へ入港する予定である。前日に比べ交通の量は目に見えて増えている。
ヒルノ海上国家は、その歴史からしても異彩を放っている。今では200km^2ほどの島だが、元は海面から顔を覗かせる程度に小さかった岩礁だったという。もともと海上交通の要所として有益だろうと試算されたことからヒルノ海上国家の建設が計画されたが、島の成形という点で困難を極めた。
そこで目をつけられたのが「魔術書」と呼ばれる道具である。100ページほどあるA5サイズの本で、目的に合わせた様々な魔術を使用することが出来る代物だ。魔術書の特徴として、特定の目的に応じた魔術が一つしか使えないが人間が発揮できる魔力を大きく上回る魔術を発動できる点が上げられる。これを地面成形の魔術書として複数冊用いることで、一つの島を誕生させることに成功した。
これがヒルノ海上国家の生い立ちである。
ヒルノ海上国家は当初の目論見通り、海上交通の中継地点として発展、防衛連盟加盟時には連盟本部が設置されるほどの要所となった。
ヒルノ海上国家の軍港へと接近すると、トーラスさんが港側と通信をして入港許可をもらった。指定された桟橋を告げられると、そこへ2隻は移動する。
防衛連盟軍専用の港に進入し、指定された場所へ進む。
ここでも埠頭を「吹雪」が、その横に「白雪」が来るように留める。この係留作業が一通り終わると桟橋側から架け橋が渡されると、職員らしき人がやってきて、その場でいろいろ手続きの話やらなんやらが始まった。
少しして、何やら岸壁のほうが騒がしくなってきた。チラッとそちらを見てみれば、何やら厳つい集団がゾロゾロとこちらに向かってきていた。
職員によると彼らは憲兵だそうだが、どうも良い話は聞かないともっぱらの噂されているらしい。
すぐに岸壁側の架け橋を取り囲むようにおおよそ40人ほどが集まった。そのうちの一人が前にへと出てくる。
「我々はヒルノ海上国家憲兵隊第四管区分隊長のエルナンドだ。貴様は何者か?」
「私は流浪者の海原駆です。こちらがトーラス特別補佐官、そちらがワーグナー特命大使――」
「そうではない」
「…はい?」
「このような鋼鉄の艦は、防衛連盟に所属する艦艇では見たことがない。そして貴様のことも聞いたことがない。そのような正体不明の人間をそう易々とこの島に上陸させる訳にはいかないのだ」
「所在なら、この書類が証明してくれるかと存じますが…」
「それは正式な書類なのか?」
この人は悪魔の証明を示せと言っているのか。
「それを言い出せばキリがないかと」
「当たり前だ。それを狙って聞いているのだ」
そう言ってエルナンドは左手を頭上に持ち上げる。
すると、後ろにいた憲兵がマスケット銃のようなものをこちらに向けたのだ。
「分かりやすく言おう。我らは貴様がクレバイルの仲間と考えている」
完全な敵対行動だ。
埠頭の一角で緊張が走った。
『物語を1.3倍位楽しむための豆知識コーナー』
ヒルノ海上国家
直径約16㎞程度の小さな人工島に、各国から人々が移住してきた国家。もともと交通の要所として建設された。国家と名乗っているが、実際には各国が共同で管轄している。そのため重要な軍事拠点でもある。
人口は約6万2千人ほど。




