107海里目 得体が知れない
飛び上がった俺の足元には、スライム状のブヨブヨとした何かが箱の中を満たしていた。
その衝撃的な光景を目にした俺は、しばらく唖然とする。
「おーい」
そんな俺を現実に引き戻したのは、箱の外にいるロアンたちであった。
俺はロアンたちの元に降り立つ。
「何かあったか?」
「それが、彼女が突然スライム状の何かになりまして…」
「スライム状の何か?お前、何かしたのか?」
「それがさっぱりでして…」
その間に、箱の中からスライム状の何かが不気味な泡のような音を立てていた。
「ちょっと一回見てくるか」
そういってアルトさんは宙を飛んで、箱の上部から中を覗き込んだ。
それを見たアルトさんは、一瞬止まったあと、大声を上げる。
「海原!今すぐこいつを閉じ込めろ!」
突然のことだったため俺は驚いたが、言われた通りに箱に蓋をするように、鉄の壁を生成し、完全に密閉する。
アルトさん、閉じ込めろって言ってたから地面の下の部分もちゃんと閉じ込めておこう。
箱が完全に密閉されたことを確認すると、アルトさんはすぐに戻ってくる。
「海原、今すぐここを離れるぞ。前線を走っている陸軍にもすぐに撤収するように連絡しろ」
「何があったんです?」
「いいから早く!」
俺はアルトさんに催促され、陸戦隊の面々を連れて連合艦隊の方に戻る。
「大和」に戻った俺は、そのまま首都内部を走っている陸軍連合部隊にも連絡をし、撤収するように通信を飛ばした。
ここまでしたあとに、俺はアルトさんに尋ねる。
「一体何があったんです?あれの正体が分かったとでも?」
「あぁ、そうだ。あれの正体を俺は知っている」
「一体何なんですか。勿体ぶらずに教えてください」
「なら教えてやろう。あれはシュル=ヌェイットの化身だ」
「シュル…、何ですって?」
「シュル=ヌェイットの化身だ。エイラヴ神話に登場する創作上の神話生物だよ」
「創作上の生物?創作なのに、なんで存在しているんですか?」
「答えは単純だ。それが創作じゃなかったからだ」
「えぇ…?」
俺はその答えに困ってしまう。
「海原はエイラヴ神話がどのようにして誕生したのか知っているのか?」
「えぇと、確かある詩人が言い伝えや伝説を聞いて、それを物語としてまとめたってくらいしか…」
「そうだ。そうやってエイラヴ神話は誕生した」
「でも創作なんですよね?」
「確かに創作だ。しかしその言い伝えや伝説は本物であった。ゆえにシュル=ヌェイットの化身は、創作でありながら実在する神話生物となりえたのだ」
「はぁ。それでどうしてあんなに慌てていたんですか?」
俺は純粋な疑問を投げかける。
「それは単純に、奴が危険であるからだ」
「どのように危険なんです?」
「奴は生物に対して、強力な酸を生成する。それに加えて消化液も一緒になって出す。それがあのピンク色の体の正体だ」
「というと、シュル=ヌェイットの化身の体に触れると、自分の体が溶けるような感じになるんですか?」
「そうだ。しかも、その溶けるスピードは尋常ではない。あそこに全身を沈めると、ものの10分程度で全身きれいになくなる程だ」
「そんな…。対処の方法はないんですか?」
「あるにはある。が、危険だ」
アルトさんは逡巡するように言う。
その時、街のほうから何かが噴き出した。
ピンク色のそれは、まさしくさっき言っていたシュル=ヌェイットの化身だろう。
「なっ…!鉄の箱で閉じていたはずなのに…!」
「奴は最初の内は自己の体を増殖させるのに集中する。体長が10mくらいになると、動植物を捕らえてその体を次第に大きくしていく」
「それじゃあ、早く倒さないといけないじゃないですか」
「しかし、奴を倒すにはとにかく危険が付きまとう」
「ですけど、ここで対処しないと危険じゃないですか」
情報を出し渋っているアルトさんに、俺はその情報を出すように説得を試みる。
「分かった。教えよう」
ようやくアルトさんが折れてくれたみたいで、その対処法を教えてくれる。
「シュル=ヌェイットの化身を無力化するには、人類原始の叡智を浴びせ、心の臓をえぐるためにブルヴィの槍で突き刺すべきという言い伝えが残っている」
「人類原始の叡智…?」
アルトさんは解説を始める。
「ここで言う原始の叡智は、いわゆる炎のことだ。それを浴びせる必要がある」
「炎ですか…」
「そして心の臓、これは奴の弱点である核、コアのようなものを槍で突き刺すというものだ」
「つまり炎を浴びせ、コアを槍で突き刺せば無力化するというわけですね」
「そういうことだ」
「炎はいいとして、その槍というのはどこにあるんですか?」
「それは…。実のところ、取りに行けなくてな」
「…はい?」
俺は思わず聞き返してしまう。
「こればっかりはしょうがない。エイラヴ神話は実在の話を基にしているため、その槍は実在しているのだが、それが地上にないのだ」
「どうして地上にないんですか」
「大災厄があったのは覚えているだろう。海水面が上昇したことで、槍が保管されていた場所ごと沈んだと考えられている」
「だから地上にはなく、海底に沈んでいると」
「そういうことだ」
俺は頭を抱えてしまった。
その時、街の方から何かが破壊される音が聞こえてくる。
その方向を見てみると、どうやらシュル=ヌェイットの化身が体の増殖を終え、移動を開始したようである。
「移動を始めたか。しかし、その移動速度は遅いはずだ」
「そんなことより、槍の居場所を教えてください。今すぐ取りに行きます」
「しかし、それは俺も詳しくは知らない。今から調べる必要がある」
「では今すぐ調べてください。我々は状況を見て下がります」
「分かった」
そういってアルトさんは姿を消す。
俺は陸軍連合部隊に連絡を取った。
「市街地に存在するピンク色のスライム状の物体には触れないこと。さもなくは命を落とす可能性がある。注意して撤収するように」
それと同時に、連合艦隊の艦船にも連絡を取る。
連合艦隊が行うべき目標は達成していると判断したからだ。
こうして陸軍連合部隊が撤収し、連合艦隊は首都から撤収を始める。
その時のシュル=ヌェイットの化身は、いまだ市街地の中をゆっくりと移動していた。
クレイル連邦の土地から脱出するため、連合艦隊は一路海に向かって大地を航行していた。
「それで、この後はどうするんだ?」
静かに話を聞いていたトーラス補佐官が、俺に対応を聞いてくる。
「とにかく、今はアルトさん待ちですね。それ以外ではどうしようもない感じです」
「そうか」
トーラス補佐官は静かに言葉を紡ぐ。
艦橋にいるロアンは落ち着きがないのか、オロオロとしていた。
「ロアン。そうしてたって、状況に変わりはないよ」
「けど、何かしないと、現状変わりないじゃないですか」
「同じことだよ。こういう時はな、どっしりと構えとくのが一番だ」
そうだ、今は我慢の時だ。
そんなこんなで、もうすぐ海に到達しようとした時だった。
アルトさんが戻ってきたのだ。
「何か分かりましたか?」
「あぁ。偶然にもブルヴィの槍があるのは、クレイル連邦に程近い所にある海底だ」
「詳しく教えてください」
俺はアルトさんを海図室に連れていく。
「槍があるとされるのは、ここ。旧サラパイア山の頂上だ」
そういって、アルトさんは地図に指を置く。
そこは、クレイル連邦の海岸線から約20kmのところにある海底山脈の一つであった。
「ここにブルヴィの槍があるんですね?」
「あぁ、間違いない」
「分かりました。今すぐここに急行し、槍を回収してきます」
俺はすぐに支度をする。
俺は駆逐艦に乗り換え、現場に急行した。
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