8海里目 前進
昨日は荷物の運搬の手伝いで疲れてしまったのか、ぐっすりと眠ってしまい今朝はカイ君に起こされた。
慌てて港に向かえば、荷物の搬入作業が始まろうとしていた。穀物や鮮魚、水の入った樽など、昨日の事もあってか、俺はガントリークレーンかと言わんばかりにこき使われてしまった。昨日の疲れ、あんまり抜けてないのに…。
そうして、太陽も昇りきろうとした時だった。
船上が急に騒がしくなる。何か問題でも起きたのかと思いきや、直後、船の鐘が鳴り響いた。
商船に乗艦していた魔法使いや騎士のような乗組員が、物々しい雰囲気で艦尾や湾口の方へと集まる。一方で島民達は、今まで行っていた作業を全て投げ出して皆一斉に山へと一目散に走っていく。
俺は何が起きているのか、数秒の間理解できなかった。
「カケル、早くこっち来い!」
ライディさんの声にハッとする。
こんな所で立ち止まってる場合じゃない。
そう理解した俺はライディさんに追い付くべく、全力で踏み込んだ。瞬間俺の体はワイヤーアクションの如く、空中に放り出される。
「うおぉぉぉぉ!?」
走り幅跳びの選手みたいに手足をグルグル回し、ライディさんの頭を越えて少し先の所に着地した。
「な、なんだよ今の…」
「…分からないッス」
自分の事のくせに、よく分からないままライディさんの後についていく。
島長宅兼集会場の裏庭に、木で出来た小さな小屋が佇んでいる。その扉を開けると、なんと地下へと続く階段があった。急な階段を降りた先にあったのは、十分な広さをもったシェルターのようなもの。松明の灯りのみで照らされているため、中はかなり暗い。
俺はリフレットさん一家を見つけると、そばに行き、安否を確認した。その時に、何が起きているのかを聞いたが、リフレットさんは答えてくれずに後で島長に聞いた方がいいと言われてしまった。
三十分か、一時間くらいたったのか。時間の感覚が無くなり始めた頃、外の安全が確認できたそうで、皆ゾロゾロとシェルターから出た。
やっと外に出れた気持ちと一体何があったのかと疑問に思う気持ちが、俺の中で入り混じっている。
その後は積み込み作業の続きをして、今日はあがりとなった。本当なら昼頃に出港の予定だったが、先ほどの何かのために見送りにしたらしい。
そして俺は今、島長宅にて島長さんと対面している。島長さんの横には、何故だか知らないがベルグラ船長が座っている。
「ふむ、確かに黙っている理由もないからの」
「それで、今日の『あれ』は何なんですか?」
「それにはまず、この世界の歴史も併せて話さなければいけません」
「そうじゃの…。儂がこの世界の事について話したじゃろう?」
俺が転生した初日、結局は島長さんの自慢話になったあれだ。
「あの時は、ハジーサ島が属するシドラール国、リクア共和国、ヤーピン皇国、レイグル王国、ヒルノ海上国家、ランスエル公国じゃったな?」
いや、そう言われても自慢話が強すぎて、頭に入ってなかったけど…。
「実はの、それ以外にもあと二つの国があるんじゃ」
「それが、バンイ帝国とクレイル連邦。それが気になっている『あれ』の正体」
「それらが同盟を結び、2ヵ国の軍が併合して一つの軍隊となった『クレバイル』が我々を脅かしているのじゃ」
「その事と歴史が、どう関わってくるんですか?」
俺がした質問に、島長さんは目を落として話した。
「…今から500年以上も前の出来事がきっかけじゃ。原因については諸説あるが、『大災厄』と呼ばれる世界規模の災害が発生したんじゃ。世界中で大きな揺れが起きたと思えば海面が上昇し、多くの人と陸地を失ったという記録がある。当時の国の半分以上は大災厄で海の底に沈んでしまい、世界は島と呼びようがない陸しか残っとらんかった。生き残った人間は、その島々にそれぞれ暫定自治区を設置して生活を取り戻そうとした。じゃが、身分や宗教の関係もあって最初の頃は混乱ばかり。その時に初めて流浪者が確認されたんじゃ。その後も流浪者はやって来て、儂らの先祖に技術や知恵を授けた。それは今も続いておっての、この世界は流浪者によって出来たといっても過言ではないんじゃよ。…やがて、大災厄から約20年経った頃には比較的大きな島への連絡海路を確保したんじゃ。それにより、各自治区が連絡を取り合い、様々な事を考慮した上で国が出来上がった。そして、ヒルノ海上国家を除く7ヵ国と今は無き国のルミン王国とトグラン国が互いに協力し合うという目的で九大国家連盟が発足したんじゃ」
ここまで言った島長さんは、一息ついてさらに続ける。
「その後、ヒルノ海上国家が完成し、世の中は安定したと思われた。じゃが今から17年前、バンイ帝国とクレイル連邦が唐突に軍事同盟を結びおっての。表向きには『海賊の増加に対抗するため』としとったんじゃが、数年後には連盟を脱退して隣国のルミンとトグランに攻め込んで自分の国にしよった。その上で残りの6ヵ国に対して宣戦布告とも取れる声明を発表したんじゃ。不味いと思った6ヵ国は、国家連盟をそっくりそのまま防衛連盟に改編し、こちらも負けじと防衛連盟軍を設立して火の粉を振り払うようにしてきたんじゃ」
「そして、泥沼の戦争が今も続いているのが、この世界なのです」
ベルグラ船長がある大きな紙を広げる。
そこには、見たことある形が紙の真ん中あたりに描かれていた。
「これって、もしかして…」
「世界地図です」
机いっぱいに広げられた地図には、無数の島々が描かれている。陸と海の比は、だいたい1対9と言ったところか。
「ここがシドラールじゃ。んでこっちがリクア、これがヤーピン、レイグル、ランスエルじゃよ」
島長さんはシドラール国から反時計まわりに国を紹介する。と言っても、島とそれを分ける線しか見えないけど。
「そしてここがバンイで、これがクレイルじゃ」
地図の左、つまり西側にバンイ帝国が、右である東側にクレイル連邦が存在している。
「クレバイルは主に、西方と東方より連盟国絶対防衛線を挟み込むように侵攻してきています。このハジーサ島も防衛線に近いので、いつ攻め込まれるか分かりません」
「あの、連合国…、何でしたっけ?」
「連盟国絶対防衛線です。防衛連盟加盟国の一番外側の国境を基線とした防衛線になります。大体この線がそれになるでしょう」
そう言って、ベルグラ船長は真ん中に集中する島の国境線をグルッと囲ってみせた。
「まぁ、海の上にある国境なんぞ適当なモンになりがちじゃ。国はその辺はキッチリ定義しとるらしいがの」
「…そして、防衛線より西側からバンイ帝国の国境付近までを西方戦闘海域、東側からクレイル連邦の国境付近までを東方戦闘海域と呼んでいます」
その後も、島長さんとベルグラ船長がこの世界の事を話してくれた。
俺はこの世界をまだ何も知らない。知った気になってた。多分意味が違うと思うけど、ベルグラ船長の言っていた言葉が、今の俺にピッタリだ。
その夜、俺は自室のベッドに横になって天井を見ていた。
今、俺には何が出来るのだろうか。流浪者として、創造主として。そんな事を考えた。
俺はふと、ポケットに入れていたスマホを取り出す。この世界に来てからほとんど使ってない、かつての愛用品。電源がないから充電出来ないし、そもそも電波は圏外だから使う意味がほとんどない。使う時は、時計代わりにするくらいである。
俺は久々にSNSアプリを開いた。そこにある、高校の友達と交わした会話の数々。
数日前までは、ただ平凡な生活をしていた。それが今はどうか。まったく知らない世界に放り出されて、とんでもない能力を身に着けて、そこの世界の戦争に巻き込まれて…。
普通では絶対にありえない経験を俺はしている。そこにおいて俺が出来る事は何か?何の為に俺はここに来たのか?
そんな時、一つの考えが頭の中をよぎる。
俺は創造主…物質を生成する事が出来る…イメージしたものが作り出せる…海が多い…海が戦場…
ガバッと起き上がる。まさに『その手があったか』という状態。
「そうか、そうだそれだ!」
俺は勢いのままろうそくに火をつけ、机に向かい作業を始めた。
翌朝、リフレットさん達によって周囲の安全が確認され、ベルグラ船長率いる商船は無事出港した。
「無事に帰ればいいがの…」
「そうですね」
今回はより一段と商船の無事を祈り、元の生活に戻っていく。
だがその中で一人、俺だけは神妙な面持ちでいた。
「どうしたんじゃ?何か気がかりな事でもあるのかの?」
「いえ、ただちょっと決めた事がありまして…」
「ふむ、それは何かの?」
俺は島長さんに体を向けて、姿勢を正す。
「俺に、この世界の事を教えてください」
島長さんはまるで分かっていたかのように頷いた。
「勿論じゃ、お主ならそう言うと思ったよ」
「ありがとうございます!」
そしてもう一つ、決めた事…。
この戦争を終わらせる為の『兵器』…つまり旧日本海軍艦艇をこの世界で作り上げる事だ。
何故旧日本海軍なのかと言うと、俺は旧日本海軍の艦艇をよく知っているからだ。
そしてもう一つ、俺の能力を使えば現代兵器を作る事も可能だろう。しかし、いざミサイルを作るとなると、いくら魔法があったとしてもそれの再現はほぼ不可能である。現に昨晩、CIWSの再現をしたところ、外見は似ていたが中身はすっからかんで使い物にならなかった。
どうであれ、俺は世界を変えるべく大きな一歩を踏み出す事となった。
それが吉と出るか凶と出るか。それはまだ分からない。




