106海里目 対戦する
シム・ユーリン、流浪者と帰還者両方の能力を持つ者。
そのようにアルトさんに告げられた俺は、必死になって考えを張り巡らせていた。
どうしたら彼女のことを無力化することができるか。
「あら、そこにいる霊体はどなたかしら?」
「これでも世界のために体を張っている元人間でしてね」
「そう。けど、もうその必要もないかもしれないわね」
「どういう意味だ?」
「ふふっ、それはこのあとのお楽しみよ」
彼女はまるで小悪魔のように笑う。
しかし、その表情の裏は、本当の悪魔のようにも見て取れた。
「彼女、面倒な感じがして好感が持てないな」
「そういうこと言ってる場合ですか」
「悪態くらいつかせてくれ」
「それよりも、彼女を止める方法を考えないと」
「なら今の状況が一番いいんじゃないか?」
「はい?」
「彼女の流浪者としての能力は予言者、帰還者としての能力は洗脳だ。流浪者同士、帰還者同士の能力は干渉しあうから、このままうな海原を覆うように詐欺師をかけ続けていれば、海原は洗脳の影響下に入らなくて済むという寸法だ」
確かに、その方法なら問題なく彼女のことを無力化することが可能かもしれない。
そんなことを考えていると、ふと彼女の様子がおかしくなることに気が付く。
胸のあたりを押さえつけ、まるで心臓に異常をきたしたような感じである。
「うぐぅ…!」
それと同時に彼女から発せられる名状しがたいオーラが、生物の根幹を揺るがすような、本能的に恐れるべき冒涜的な原初の恐怖に変化する。
それを浴びた俺たちは、恐怖のあまりその場で硬直してしまう。
しばらくすると、その恐怖の塊は次第におさまっていく。
同時に、彼女の発作のようなものも落ち着いていったように見える。
「ボーッとしている場合じゃない。今すぐ奴のことを無力化するんだ」
アルトさんが俺に話しかける。
その言葉で俺はハッとした。
彼女が動けない今がチャンスである。
「ロアン、能力は頼む」
「は、はい」
俺はロアンに一言言うと、俺は彼女に向けて突撃する。
右手を握りこぶしにして彼女に殴りかかりに行く。
しかし、彼女はそれを予測していたのか、体を半歩下げることで避ける。
俺は殴りかかった勢いで、右足を軸に裏蹴りをかます。
これも一歩下がることで避けられる。
そのまま体を回転させて若干距離を取った。
体勢を立て直すと、姿勢を低くしたまま突撃する。
下からアッパー気味にこぶしを振り上げた。
しかしそれも軌道が分かっているかのように、体を反らして回避する。
俺は連続してこぶしを振り上げる。
しかし、彼女はそれをことごとく避けていった。
俺は次の手を出す。
いったん距離を置いて、俺はあるものを取り出した。
南部式大型自動拳銃だ。
装填されている弾丸をすべて撃ち切るまで、引き金を引き続ける。
照準はめちゃくちゃであったが、そのうちの何発かは命中しそうになっていた。
だが、それでも彼女は弾道を知っているように、そのすべてを回避していく。
「なんで当たらない…!」
俺は弾倉を入れ替え、再び彼女に向けて撃つ。
今度は照準をしっかりして1発づつ丁寧に撃ち込む。
しかしそれであっても、俺が引き金を引く前から弾道を予測して回避していった。
「楽しくないわね」
ユーリンは弾丸をすべて避けて、そうつぶやいた。
そのままこちらに手を向けて、何かをしようとする。
しかし、それは不発に終わった。
おそらく能力を使って、俺のことを洗脳でもしようと思ったのだろう。
しかし、その対策としてロアンの能力で俺のことを隠してもらっているのだ。
だが、それでも彼女はにやりと笑っていた。
「あなたのことじゃないわ」
何か意味深なことを言うと、後ろから複数の足音のようなものが聞こえてくる。
俺が振り返って見てみると、そこには団体で接近してきているクレイル連邦陸軍の姿があった。
小銃をこちらに向けて、駆け足で接近してくる。
俺は慌てて魔力の壁を生成した。
次の瞬間、小銃から弾丸が発射される。
弾丸は魔力の壁に阻まれ、俺には届かない。
しかし、その瞬間を狙って、ユーリンが攻撃を仕掛けてくる。
彼女は足元を払うように下段攻撃をしてきた。
その攻撃を、俺は素直に受け入れてしまう。
しかしこのまま転ばずに、能力を使って空中に浮かぶ。
そんな中、クレイル連邦陸軍は彼女のことなんてお構いなしに、小銃を撃ち続けている。
そんな弾丸を、彼女は軽々と避けていく。
俺は彼らに対して魔力の壁を展開しつつ、彼女の攻撃を必死になって交わしていった。
しかし、このままではいつか攻撃を受けるのは間違いない。
俺は一回宙に浮き、そのままクレイル連邦陸軍の方へと向かう。
そして、そのまま俺の能力によって蹴散らしていった。
吹き飛ばされた陸軍兵士は、地面を滑っていったり、民家の壁に激突していったりしていく。
そのまま彼女の元に向かおうとすると、そこには彼女の姿がなかった。
俺は彼女の姿を探すと、彼女はロアンの方へと向かっているではないか。
現在、ロアンは無防備な状態だ。
それを阻止するべく、俺は彼女とロアンの間に、急いで壁を生成した。
鉄の壁が地面からせり上がるように、壁が出来上がる。
しかし、彼女はそれを予測できなかったようで、驚きつつ壁から距離を取る。
それを見た俺はある考えがよぎる。
「もしかして、奴は物質を直接見ている?」
彼女の能力は予言者だ。
ラプラスと言えば、数学者ピエール=シモン・ラプラスによって提唱された「ラプラスの悪魔」であろう。
これの概要を簡単に言うならば、空間にあるすべての物質の運動を観測でき、かつそれを解析できるほどの能力を持っているならば、未来すら予測できるというものだ。
もし彼女の能力がこれに準じているなら、すべての物質を見ることで未来を観測していることが予想される。
逆に言えば、物質以外であるエネルギー、すなわち魔力の類は見ることができないのかもしれない。
これを応用すれば、もしかすると彼女に勝てるかもしれない。
俺は賭けに出た。
まずは先ほど生成した壁に合わせるように、四方に壁を作る。
ちょうど天井が空いた箱のような感じだ。
数秒のうちに生成したため、ユーリンはその中に捕らわれる。
箱の中は、俺と彼女だけになった。
「ここまでされて、降伏はしないか?」
「…しないわ。私にはやるべきことがあるもの」
「残念だ」
そういって、俺は突進を始める。
彼女も構えて、俺のことを受け止める体勢を整えた。
俺は手の中で、鉄棒状の物質を生成する。
そして生成しながら、それを勢いよく伸ばした。
ちょうど如意棒のような感じだ。
先端部分を生成しながら、突撃する。
おそらく彼女から見ると、棒は俺と一緒に走っているのに、棒の先端が勢いよく突っ込んでくるような、気持ち悪い感覚に陥っているだろう。
実際、彼女は棒を避けきれずに腹部に棒を食らった。
そのまま棒を魔力に再変換し、霧散させる。
今度は棒の先端を生成しながら、横方向に振り回す。
これも彼女は避けきれずに、腕を使って必死にガードしていた。
そのまま彼女の体近くの魔力を集めて、一気に押し出す。
こうすることで、局所的な魔力の壁を生成し、彼女に直接的に攻撃を加える。
こうした攻撃を何回かすると、彼女は口から血を吐き出す。
体中にケガを負い、もはやフラフラの状態である。
「まだ降伏しないのか?」
俺は彼女のそばに立って、こう問いかける。
彼女は呼吸も途絶え途絶えで、正気を保っているので精一杯な状態だ。
そんな中、彼女は何かをつぶやいていた。
「…こんな所で終われるわけないじゃない。そうよ、私はまだやれる…」
そんな所を言っていた次の瞬間、彼女から再び冒涜的な原初の恐怖があふれ出てきた。
俺は思わず宙に飛び上がり、そのまま壁を越える。
そして箱の中に広がっていたのは、濃いピンク色に染まったスライム状の何かであった。
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