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コミュ症女子の高校デビュー

作者: 安西雄治

※短編の課題文より


「入学」

 気持ち良いぐらい透き通った青い空。ポカポカと心地よい春の陽気に包まれた今日この日。

 私は生まれ変わろうとしていた。新しい世界。新しい環境で、新しい生活が始まる。そんな門出を祝福してくれるかのような晴れ晴れとした天気。

 だけど、校長先生の話が長かった。この辺は小学校から一貫して変わらないのだな~としみじみと思った。

 夜型人間の私は、この時間寝ていることが多かったから、油断をするとすぐにでも眠りに落ちてしまうような割とスレスレの状態だった。ていうか、結構ウトウトして寝てたかもしれない。

「終わりだよ」

 耳元で誰かが小声でそうささやいてきた気がする。でも、心地よい夢空間からはなかなか抜け出すことが出来なかった。完全に眠っているわけではないんだけど、眠くて体が動かないといった中間的なところにいる。

 なんだか周りがざわついてきたな~と思っていた時右脇腹をツンと突っつかれるような刺激を受けて、私は思わずびっくりして……、

「ぅひゃあ!!」

 という情けない悲鳴を上げてしまった。

「入学式、終わったよ。教室、戻ろ?」

 隣りに座ってた子が、親切に教えてくれたのだった。

 そう言った後も、上目遣い――うつむき加減の私を覗きこむように――で私の方をじっと見つめてくる。椅子から立つのを待っていてくれてるのかな?

 その子は、パッチリとした目と、今はやりのツインテールを縦巻きロールにした髪型にしていてすっごいオシャレ。可愛いな~。とても自分と同じ女という生き物とは思えないほどかわいい。それで、なんか言わなきゃと思って、ぴょんと立ち上がって、言う。

「あ、あ、あ、あり、ありがとうございます!!」

やばい!! 緊張して噛みまくり、どもりまくりになってしまった……。

 人と喋ったり声を発することに慣れてないせいで、変なトーンで受け答えしてしまって恥ずかしくなった。気になって声をかけてくれたツインテの子を恐る恐るチラ見してみる。

 ……あれ?

 全然気にしてないみたいだ。それどころかニッコリしてるし……。

 うつらうつらしている間に入学式は全て終わって、体育館から退場する所まで来ていた。盛大なBGMが流れ、送り出される。

 先生に先導され、体育館から教室へ移動する。長い長い廊下を通るんだけど、なかなか辿り着かない。1年生の教室は4階にあって、階段をのぼってからも、さらに歩く。

 私は人混みが苦手だ。すっごい苦手だ。

 だから、なんだかだんだん具合が悪くなってきていた。入学式の時も、隣の人との距離が近くて、結構辛い気分になってた。満員電車には程遠いんだろうけど、大人数の人が密集して大移動をしているから、都内の駅前とかそれぐらいの密度はありそう。

 やっとのことで教室にやってきた。1年1組。ここが私のクラス。指定された席に着席してホッと一息……は出来なかった。

 すぐに隣の席らしき人がやってきたからだ。――まあ、当たり前っちゃ当たり前だよねーー、入学式終わって戻ってきたんだもん。しかも男の子……!!

 この学校の机の並びは、2つずつ机をくっつけてて、通路を広く取っているタイプ。テレビドラマとかの高校の教室だと、こうやってくっつけるタイプって見たこと無いんだけど……?小学校とか中学校じゃあ無いんだし……?

 だから、微妙に距離が近い!!この環境で授業受けて勉強したりするのかと思うと、今からすっごく不安になってきた。

 お、お、お、お、お、落ち着かない~……。

 困った私は、膝に手をおいて、視線を下に落とし、黙って机を見ていた。そうやってなんとか時がすぎるのを待っていた。

「ねぇねぇ、ちょっとちょっと」

 なんと、早速隣の席の男の人が話しかけてきた。

 まったくなんなの!? 隣の席だからという理由だけで、こんなに気軽に話しかけられたりするものなの?

「頭に、なんかついてるよ?」

 ……えっ? 自分の手で払い落とそうとしたら、

「こっち見て。取ってあげるから」

 私はゆっくりと、隣の男の人の方を向いた。

 仰天した!!

 ちかっ!!

 かお、めっちゃちかっ!!

「前髪のとこになんか……紙ふぶきかな?……っと、これ」

 にっと歯を見せて男の人はにこやかな表情で、頭についてたゴミを見せる。お互い顔が至近距離になっているのを、この人全く気にしてないの? いっぽう、わたしは、男の人にこんな近づかれたことなんてないから、緊張して顔はこわばり、心臓が早鐘のように鳴っていた。だって、キスでもするんじゃ?って言うぐらい接近されて、息が顔にかかるぐらい近いんだもん……。

 いま、顔すっごい赤くなってるんだろうなあ……。私が緊張していたのにはもうひとつ理由があった。隣の男子、すっごいイケメンだった。――イケメンに見えただけかもしれないけど。結構前にやってた“落ちこぼれが無謀にも東大を目指す学園ドラマ”に出てた人に似てる。なんか、お茶目系というか、かわいい系というか、そういう感じ。

「入学早々、もう女の子にちょっかいを出してるんですか貴方は。女の子の方も困ってるじゃないですか?」

 後ろの席の男子が、助け舟のようなものを出してくれた。声のする方を見る。すると、またもイケメンが目に入った。――これは、私の感覚が麻痺しているのだろうか?男の人への耐性がなくて、みんなイケメンに見えてしまっているのかな? 後ろの席の男子は、私の隣の男子とはまた違って、メガネを掛けてていかにも優等生。クールでインテリ系という感じ。

 隣の男子が反論する。

「そんなんじゃねえよ~。あっ、それよりさ、このメガネと俺は、中学同じなんだけど、キミは、中学どこ?俺らは二中通ってた」

 2人が私の方をじっと見てくる。

「……お、お、同じちゅ、中学です……!」

 男の人とあんまり喋ったことがないから、受け答えするだけでもいちいち緊張してしまう……。キョロキョロと視線の定まらない目、緊張から来るキョドった動作としゃべり方。まずい……明らかに不審者じゃないか!!

 って、内心ではすごい自分の一挙手一投足を気にしていたんだけど、目の前の2人は全く気になっていないようだった。……良かった。

「……あれ~、おんなじ中学だったんだ~? ごめん気付かなかったな~。ちょっと名前聞いていい? 俺、二平良太(にへいりょうた)、こっちのメガネは織田泰己(おだやすみ)。で、キミの名前は?」

「……赤月弥子(あかつきみこ)……です」

「みこちゃん?う~ん、わかんないなぁ……。なあ織田、あとで元二中の女の子に聞いてみようか?」

 それは無駄だと思うけど……私は心のなかでそう思った。口に出す勇気はない。

 それから、二平くんと織田さん――なんとなく織田さんはさん付けしてしまう雰囲気が――は二人だけの会話が弾んでいった。だから、私は再び一人の世界に帰ることにした。

 戻ってきたばかりの教室は、まだ初対面の人がほとんどだし、教室内は静まり返っていた。でも、二平くんと織田さんの会話が伝播していって、いつの間にか、教室の中は騒がしくなっていった。近くの席の人に話しかけて「どこの中学行ってた?」とか、そんな他愛のない話をし始めていた。

 ……ああ、こうやって、友達を作っていくんだなぁ……私は他人ごとのようにしみじみと周りの様子から勝手に感慨にふけっていた。私にはああいうのはとても無理。高校生になって自分を変えようと思っても、いきなり今までやれてなかったことを急にやれるなんてことは無理。

 そういや、そろそろスタミナMAXになるな……と思い、私はスマホを取り出してゲームを起動した。

 『ステルス・ハント』というゲームを私はやり続けていた。スタミナを消費して探索クエストをやり、そこでお金とハントチケットという名のガチャチケットをとる。そしてガチャをやってカードを集めてデッキを組んでいく、という、よくあるスマホのゲームだ

 変わっているのは、ガチャがミニゲーム仕立てになっている点。3Dのフィールドにいる獲物を、気付かれないように近づき狩ると成功。その獲物のカードが手に入る。見つかると逃げられて失敗。カードを引く部分が、思いっきりステルスアクションゲームになっているので、これまでカード集めゲーを嫌っていた人たちを中心に「このゲームは一味違うぞ」という口コミが口コミを呼び、主にゲーマーから支持を得ている人気ゲームだ。

 1回のハントの制限時間は1分30秒。ゲーム慣れした上手い人なら、1枚のチケットで沢山取れる。それだけではなくて、手当たり次第狩りまくるんじゃなくて、目当てのカードを狙っていったり、より沢山カードを取るためのテクニックとか、そういうのがあるから、ただのガチャでも凄い盛り上がる。――そしてそこまで行くと、達人の域に入っていって、私程度では真似できない領域になっちゃう。だから面白い。

 私としては、萌え一辺倒の絵柄じゃないのが、入りやすかった。もちろん、かわいい系も結構あるし、萌えみたいな絵もちゃんとある。でも、全体的にクールビューティって感じで、渋いファンタジー系の絵柄が基調なのが良かった。

 なにより、カード集めて終わりじゃなくて、バトルアリーナというところで組んだデッキを他のプレイヤーと戦わせることが出来る。沢山勝てばランキング上位に入って、レアカードがもらえたり他人と競い合いが熱いんだ。

 自分のデッキをひたすら強くしていく――そんなストイックさが気に入っていた。

 学校に来てからこっち、ずっと苦手な人の群れの中に入って、気分が悪くなっていた。けど、いつもやってるゲームに集中してたら、自然と頭痛や吐き気がおさまってきて、だいぶ調子が戻ってきた。

「む、それは何のゲームをやっているのかお?」

 また誰かに話しかけられたようだけど、今ちょうどゲームの中でも最も重要な場面、ハントをやっているところだから反応することが出来ない。画面から目が離せない。

 残り30秒!!

 ウルトラレアの可能性のある、大型モンスターがどこかに出現した!!画面内でも、「巨大モンスター出現!」のポップアップが出てる。

「うおおおおおーーー!!UR告知キターーーー!!」

 どうも後ろから、私がやってるゲームを勝手に覗きこんでいるようだ。集中力をそぐほどの大声を張り上げて興奮する男の人。失礼とか恥ずかしいとかそういう感情はなく、今はゲームのハントに全力になっていた。

 右下のレーダーに大型モンスターの位置が表示されている。私はその場所へキャラを操作して向かわせる。――いたっ!みつけたっ!!

 残り時間7秒!!

 時間切れを警戒して全力疾走したまま大型モンスターへ近づく形になってしまった。しかし幸運なことに、後ろから接近する形となり、そのまま攻撃してハントに成功。

 そして、カード抽選の演出が始まる。最も固唾をのむ瞬間。果たして結果は……。

「キターーーー!!一角獣・女学生型キターーーー!!」

 これには思わず私もガッツポーズした。……ただし心のなかで。UR(ウルトラレア)★5のレアカードだ。

「安西先生……。ぼくもこのカード欲しいです」

 さっきから一々ゲームの状況を実況している男の人。失礼な男の人はうるさすぎるぐらい饒舌だった。

「あのさ……。僕もこのゲーム『ステルス・ハント』やってるんだけど、で、でき……できれば、僕とフレ登録し、しし、していただきたく!!そして、僕と契約して僕だけの魔法少女にもなっていただきたく!!」

 そ、それはイヤ!!何言ってんだろうこの人。そう思って、変な男の人の方を見る。

 二平くんとは反対側の席の人。クマのような太った大男で、メガネをかけてる。そしてこの変なしゃべり方には聞き覚えがある……。

 アキバを舞台に、電子レンジを使ってタイムワープをする数年前はやったアニメ。そのアニメに、絵に描いたようなオタクがいたんだけど、それとウリ二つというかそっくりそのまんま。

 私はアニメのキャラと重ねあわせて目の前のこの人をただじーっと見つめていた。

「……ん?どしたん?」

「あっ……いや……」

 私はビビって目を逸らした。

「そんな意味ありげに呆然と見つめられると、このスズキ。何か期待してしま――」

「あの……これ……」

 私は彼の言葉を遮り、プルプルと震える手で、スマホを出した。

「ん?あー、フレ登録の件?」

 スマホの赤外線機能を使って、フレ登録をする。お互いのスマホを近づけて認証するだけで、フレ登録は完了。新着のフレ欄を確認すると、“スズキ”という名前があった。ゲーム内でも本名のスズキをニックネームに使っているようだ。

「フレ登録ありがとう。ゲームの中でもよろしくーー!!敬礼ッ!!」

 最後に敬礼ポーズを決めてスズキくんは自分の席に戻っていった――といっても通路を挟んですぐ隣なんだけど。さっきまで騒がしかった彼だけど、やっとおとなしくなった……とひと安心していたら。

「ぬおーーー!!」

 間髪入れずに、また発狂を始めた。

「メビウススターって、まさか、あのメビウススター!?」

 “あのメビウススター”かどうかはわからないけど、私のゲーム上のニックネームはメビウススターだ。正確には、メビウス☆スターだけど、そういうのは、どっちでも良いか。

「メビウススターと言ったら、アリーナベスト16常連のランカーとして超有名だお!! たびたび『ステハン』の本スレでも話題に出てきて、固定ファンだってすごく多い……というか、何を隠そう僕もその固定ファンの一人なのだぜ?」

 すてはん?ほんすれ?何のことだろう。ただ普通にゲームやってただけなのに、なんかどっかで有名になってたのかな……。

「ふつうデッキの最後はパワータイプで押してくるテンプレ構成が鉄板。大半の上位ランカーもその構成。だけどメビウススターは、敢えて最後の方は、変身少女の強制変身による弱体化と死女神の即死攻撃で番狂わせを狙うトリッキースタイル。かくいう僕も、最後の死女神様の“安らかな眠り”にデッキを何度全滅させられてきたか……」

 スズキくんはまた私のとこに来て、こう言った。

「メビウススター様! まさかこんな所で出会えるとは。ベスト50が限界の僕をぜひとも弟子にしてください!!」

 スズキくんは土下座までして、私に頼み込んできた。『こんなことされても困っちゃうんだけど……』の一言さえ私には口に出せなかった。

 とにかくスズキくんの破天荒な絡みっぷりに困っていたら、

「スズキに絡まれて困ってんの?」

 私の真後ろの席の女の子が話しかけてきた。私はその人のほうを見て、目で訴えた――『はい』という肯定の意味で。

「こいつ、同じ中学だったんだけど、ただの変態オタクだから放っておいていいよ」

「変態じゃないお!!僕は『変態紳士』だお!!」

 スズキくんは“変態”というワードに反応して、ムキになって反論した。

「……ハァ。こういうやつだから……。なんか困ったら私に言って。こう見えてもいちおう、護身用に合気道習ってるんだ。あたしは水瀬ちづる。まあ、ただの筋肉バカだけどさ」

「変態紳士は、変態がクラスチェンジしたって意味なのかな……」

 私はポツリと独り言を言うも、あまりに小声すぎて誰にも聞こえていなかった。

 突然、教室の前側の引き戸が勢い良く開いた。担任の先生らしき人が入ってくる。すると同時に、それまでボリュームMAXの騒がしさだった教室は、一瞬で静かになった。

 先生は早歩きで教壇の前に立ち、出席簿らしきものを置く。顔は完全に無表情。すぐさま、くるりと黒板に向き、チョークを持って、なにか書き始めた。――テレビドラマの中でしか見たことがなかったけど、名前を黒板にでかでかと書いて自己紹介する先生って本当にいるんだ……!! 私は、変な所で感動した。

「……え~今日から1年1組このクラスの担任を務める羽沙羅慎之介(ばさらしんのすけ)だ」

 黒板にも大きく羽沙羅慎之介の文字が楷書体――っていうより汚文字なだけだけど――で書いてある。

 そして改めて、先生の口からもフルネームを紹介。そして、生徒の方をたっぷりと見回してから、

「……気軽にしんちゃんって呼んでね~~~!!」

 いきなり声のトーンが変わって、にかっと笑ってダブルピース。軽い男へ急変したことに、我々生徒一同は戸惑いを隠せない。

 羽沙羅先生は続けた。

「同じクラスになったと言っても、私達はお互いのことを当然だが全く知らない。初対面だからな。新年度最初の学活は自己紹介だ。だからこの時間はみんなの自己紹介をする。まずはじめに先生から」

 先生の仕切りで、まず先生の自己紹介が始まる。

「え~コホン。繰り返しになるが、僕は羽沙羅慎之介。実は僕は、教師として教壇に立つのは今日が初めてだ。歳は29歳。独身。絶賛彼女募集中!! そこんとこ夜露死苦!! ちなみに好みのタイプは女子高生なら何でもオッケー!あ、だれか僕の妻にならないか?」

 やだーーキモーイという声が教室を飛び交うが、当の女子たちはまんざらでもなさそうって感じだった。先生のカミングアウトによって、静かだった教室がざわつき始める。

「なーに嫌がってんだよ!高校生なんて人生の中でたったの3年間しかなれないんだぜえ!! さいっこうに楽しまなくちゃ絶対に後悔する!! ……今、俺いいこと言った?」

 いいこと言ったつもりなのだろうが、完全にやらしいオヤジ目線からの名言は、この場では最高にしらける名言でしかなかった。

静かになったところで先生は続けた。

「前は、誰もが羨む大手PCメーカーの役員フロアーで働いていた。本社ビルの最上階で、美人秘書に囲まれて、毎日幸せな時間を過ごしてた。高い給料もらって、高いボーナスもらって、そして楽な仕事。そこは、男にとって秘密の花園、いや、楽園……ユートピアそのものだった」

 そこで、ふうっとため息を付いて言う。

「だけどさー、そんな古い体質の会社、今の日本で続くはずもないんだよねえ。気がついたらPCの時代は終わって、スティーブ・ジョブズだかなんだかの個人端末の時代。毎日、昼間っからゴルフしてるような頭の固い高齢の役員たちが、時代の波についていくことなんて出来なくてさ。あっという間に、事業縮小、人知れず倒産。……で、僕は今こうして君たちの前に立っているわけ。以上、俺の自己紹介、おわり」

 テレビドラマだと、新任の教師って、22歳とかそこらだけど、やっぱり現実の教師っていろんな人生を歩んでいるんだなぁと私は思った。そこは、そこだけは、ドラマとは違うところだった。家に帰って、教師になる方法を調べてみようかな?

 自己紹介を終えて、先生はまだ教壇に不服そうな表情をして立っていた。

「何黙ってんのよ、自己紹介が終わったら拍手拍手!」

 そう言って、パンパンと手を叩くと、後に続いてみんなが拍手をした。私も申し訳程度に拍手をした。

 先生は満足したのか、教室の端に移動。手近にある椅子に座って名簿を取り出した。

「それじゃあ名前呼ぶから、呼ばれた人はさっき先生がしたみたいに自己紹介をするように。順番は出席番号順な。えーーと、では、出席番号1番。赤月弥子くん」

 わっわたしッ!? 私が最初なの!?

 みんなの前に出て、喋るなんて、と、と、と、とてもじゃないけど、ムリだって……!

「赤月くん?赤月くん?いないのか?」

 動揺している私をよそに、先生は私の名前を呼んで催促する。

 ど、ど、ど、ど、どうしようっ。

「どうしたの?みこちゃんの番だよ?」

 隣の二平くんが話しかけてきた。やばい、いま、すっごい全身が震えて緊張してる。こんな状態で人前にでるなんて……出来そうにないよ……。

「ん?大丈夫?緊張してるの?」

 尋常じゃないほどブルってる私を見て、さすがに気づかれちゃってるのかもしれない。もう後に引けなくなっていた。

「は、はひっ!!」

 勢い良く立ち上がり、声を張り上げて返事をする。そしたら周り全員が一斉に私を注目した。

 全てがぎこちない動作――自分の意志で動いているのではなく、誰かに遠隔操作で操られてるかのように――カチンコチンになりながら、教壇の前まで歩いて行った。

 たったそれだけのことなのに、偉業を成し遂げたかのような大変さや達成感みたいなものがあった。

 教壇に立つ。するとみんなが私の方を見ていることがわかる。怖い。とっても怖い。ここで私は何をすればいいの?何を話せばいいの?わかんないよ。

 どうしようか困っていた私。とりあえずさっき先生がやったことを真似しよう。

 黒板の方を向いて、チョークを握り自分の名前をこれでもかというほどでかでかと書いてやった。

「……赤月くん、黒板に名前を書かなくても……。それも、そんなに大きく書かなくても……」

 ふぇ? 私は先生の方を見た。そしたら、首を横に振っていた。なので黒板を見た。

……でかっ!! 必死に黒板に自分の名前を書いたんだけど、それは私から見ても大きすぎるぐらいだった。緊張のせいだ。緊張しすぎて、なにをやったらいいのか、なにをやっているのか、自分でもわからなくなっているんだ。

 もうその場にいることすら耐えられないいたたまれない気持ちになってきたので、さっさとやることだけやって帰ろうと思った。

「あ、あ、あ、あ……赤月、弥子といいます……よ、よ、よろ、よろろ、よ、よろしく……お願いします」

 勢い付けて挨拶して、思い切り頭を下げた。

 ドン。

 いて。おでこに衝撃が走った。

 そして、教室に響き渡るドッワハハという笑い声。どうやら目の前の教壇に思い切り頭を激突させていたようだった。

「みこちんってさあ、もっしかしてぇ……すっごい天然さん?」

 一番前の席にいる女の子――失礼ながら見た目はすごい馬鹿っぽい――が、唇に手を当てて首をひねりながら聞いてきた。言うことは言ったので、自分の席に帰ろうとした。

「ちょっと待って。自己紹介って、それだけ?これじゃあ自己紹介になってないなあ。もう一つなんか無いの?得意なこととか好きな人とか、例えば僕に惚れたとかでもいいからさあ。まだまだ物足りないよ~?」

 先生に呼び止められた。なんだこれ……なんなんだこれ……私は、私の自我が崩壊しそうだった。これは職権乱用か、はたまた新手のいじめか嫌がらせなのか?

 どうやらまだ、教壇からおろしてもらえそうになかった。私は困った顔をして先生を見た。そして次に正面を見た。私はみんなを見てる。みんなは私を見てる。みんなも、物足りないのか何かを期待している空気を醸し出している。

 そしたら唐突に先生が口火を切った。

「……赤月くんは、中学1年の夏休みを前に、卒業まで登校拒否をしてたよね?その話はしないのかなあ?」

 ――ッ……!!心臓に銃弾を打ち込まれたような感覚あまりのショックにカッと目を見開き、立っていることすらできず、その場に崩折れる。意識すら失いかけたが、ギリギリの所で、理性が私を助けてくれた。

 先生。何もその話を今しなくったって……。それは自分もレベルアップして、周りに馴染んできてからおいおい話せばいいこと。

いや、話そうと思っていた過去の汚点。何もそんな重大なことを、今話さなくてもいいじゃない……。

「せ、先生……それ言ってよかったんですか……」

 誰が言ったのかはわからない。危険な領域に足を踏み込んだのを悟った誰かがそんなことを言ったらしい。

「だって、今話さないと意味ないじゃーん!!」

 この声は先生。空気の読めない新任の最低の先生の声。その先生は、くずおれてぐったりしてる私のところに来て、無理やり立たせようとする。

「……俺も、気持ちはわかるよ。会社無くなって2年くらい引きこもってたからね」

 えっ、そうなんですか?私は先生の方を見た。先生も私を見た。『大丈夫。君のことは何も言わずとも全部わかるから』というような意味合いの深い相槌を2回私に向かってした。――相槌の部分は実は私の完全な妄想である。なので、本当のところはどうなのかわからない。アニメや漫画で似たようなシーンがあって憧れてたから、勝手にそう受け取っただけである。

「……引きこもって、何やってたんですか?」

 女子生徒の誰かがおずおずと手を挙げて質問する。それに対して先生が遠い目をして答える。

「色々やったよ。そうだなあ。何から話そうか。最初は、ラーメン屋で必ずラーメンと一緒にギョウザを頼んでたけど、それができなくなった。そしたらラーメンだけ食ってても物足りなくなったから行かなくなった。あとは家でしてたことと言ったらそうだな~、ネットの掲示板で一日中、いや、3日じゅう延々と口喧嘩したりとか。口喧嘩じゃないか、文字喧嘩ってとこか?ははっそんなことやってたり、あっそれから、アンアン言う動画見ながら下半身をエキサイトさせるのは基本だよな!!」

 ビシッとあさっての方向を指さしながら、ノリノリで言う。が、誰も反応しない。なんだそりゃ、とか、きもすぎるとかいう感想があちらこちらで飛び交う。

「近所のガキたちと交じり合って遊んだりもしたな~。子供じゃクリアできないゲームを頼まれてクリアしてやったり、そんな裸の大将みたいなこともやってたっけ」

「それがきっかけで教師になったんですか?」

 さっきの女子生徒がまた聞いた。

「うん。っていうとドラマチックになるんだけど、全く関係ない。うん全く! 俺子供苦手だし。あ、女子高生は好きだけどね。あははは」

 そういって、一番前の席にいる馬鹿っぽい女子生徒の前に行って、頭を撫で上げる。馬鹿っぽい女子はその行為に軽蔑するどころか、うれしそうにする。

 おい。おい。この人、ただの変態じゃないのか……。こんな人を先生にして大丈夫なんだろうか……。

「はい!先生!」

「なんだね、まだ僕のことについて質問があるのかね?これ以上の質問は有料にしちゃおうかな~!ぐへへへへ」

「いえ、先生のことじゃあありません」

 先生、壮大にズッコける。

「あの……赤月さんのことです。その、どうして登校拒否なんかに……。いじめられてたんですか?」

「それは……本人に聞いてみないとわからないな」

 先生は私を見る。私はみんなを見る。答えなくちゃ……行けないんだろうか……もう。ここで。

 みんなの視線が一斉に私に集まる。不思議とこれだけの人数に注目されても、なぜかさっきまでと違ってビクビクしたりしない。

 でもまだ照れが残ってるから下を向いたまま私は言う。

「……いじめとか、そういうんじゃないです。本当にちょっとしたことがあって、それで……。それ以上はまだ話せません」

 まだ全てを私の口から話すことは出来ない。他人からすれば些細な事かもしれないけど私にとっては大きな出来事。それを引き金に2年半に及ぶ登校拒否と引きこもり生活が始まったのだから。

 ピュンと、突然私のすぐ横を何かがかすめる。。それは後ろの黒板にガツン!と勢い良く当たって地面に落ちた。どうやら誰かが私に向かってチョークを投げたようだった。

「フン!!気に入らねえな!!」

「ちょっと辞めなよ。大人げないんだから」

 一番後ろの席でふんぞり返っている女の子。背が高く、腰まである髪。怖い顔をしていて近寄りがたいオーラを放っているその子は、まさに不良というか、姐御と言うにふさわしい感じ。チョークを私に向けて投げた犯人らしかった。その隣の席にいるツインテの子――入学式で隣の席にいた子――が、なだめていた。

「入学式初日から悲劇のヒロイン爆誕かよ!!先生!!トイレ!!」

 先生の返事を待たずに、姐御は教室から出て行ってしまった。

「あの子、まだ反抗期終わってないのかな。何イライラしてるんだろうね。高校生だってのに大人気ないね。ははは」

 なんとか場の空気を元に戻そうと、ツインテ子は頑張ったところで、私の壮大な自己紹介は終了。

 自分の席に戻ってからも、隣の男子から

「みこちゃんって面白い子だな~」とか「なんだか守ってあげたくなるな」などと話しており、それを後ろの織田さんがたしなめる。

「赤月さん、こいつはこういうやつですから、失礼だと思ったらいつでも遠慮無く引っ叩いて構いません。というか今がまさに引っ叩くところです」

「オイオイそりゃないだろ~。みこちゃんこれから適当に何人か誘ってカラオケでもどう?」と二平くん。

 私は、対人恐怖症でコミュ症だ、と思う。中学3年間は、登校拒否してほとんど引きこもって過ごしてた。だから、私にとってその期間は、灰色の世界。空白の3年間。

 担任の先生言ってた。

『高校生なんて人生の中でたったの3年間しかなれないんだぜえ!!

さいっこうに楽しまなくちゃ絶対に後悔する!』って……。

 私は、中学生であることを放棄した。今思うと物凄くもったいなかったと思う。もう、どんなに頑張っても中学生にはなれない。私の中学生活というのは、学校ではなく大半を家の中で過ごした。それは後から思い返すと、とてつもなく退屈で鬱屈としたものだった。

 何もしない。だから、何も起こらない。平穏だけど、面白くない。

 だから、高校進学をきっかけに、悔いの残らない学生生活を送りたい。私の中学3年間の停滞した時間を、取り返すのは並大抵の努力で克服することは出来ないと思う。……けどッ!!

 今はまだ、人と話したり人前に出ることは苦手だし、ありえないほどキョドったりどもったりする。けど、辛いけど大変だけど、自分を変えるために、生まれ変わるために、なんとか頑張って行きたい。

 そう強く決意を固めたのだった。

 よ~し、……頑張るぞ!!

訳あって数年間引きこもっていた“コミュ症”と“対人恐怖”を自覚する女の子が、

高校入学を機に、それを克服するために頑張るというテーマです。


うぶで気が小さくて、すぐ挙動不審になって、人とまともに会話もできない、すぐ泣きそうになる、どうしようもない状態の女の子が、温かいクラスメイトに囲まれて奮闘する物語を目指しました。


これまで与えられた短文の課題では、登場人物が2人で、なおかつ、アドバイスいただいたことをうまくやろうとしてワンパターンになりがちでした。


そこで、前々から考えて、色んな所にチャレンジしていきました。


まずは、登場人物を大幅に増やすこと。

ただ出てくるだけではなく、1人1人に存在感があり、ある程度のキャラ立ちしていることを目指しました。

もう一つは、動きのある描写がなく、会話がメインであったので、なるべくキャラを動かすようにしました。


最後に最も重要ごととして、見てもらってアドバイスをもらうわけですが、

それを意識して、与えられた課題を無難にこなそうとしていたところがありました。

これではいけないと思い、毎回ここまで力を入れることは難しいでしょうが、短編課題を淡々とこなすのではなく、なにか新しい挑戦をやってみる。


また、楽しく書くというと語弊があるのですが、言われたことを実践しようとして重荷になっていたところがありました。

今回は勢いを重視して、やってみたいことを大胆にやっていったつもりです。

そのために、完成品はこれまでより荒いのではとか、無茶してるんじゃみたいなのは思っています。


丸4日かかって1万文字行ってしまいましたが、できればかけた時間を考えると、もっとクオリティ面、あるいは作成時間を早くなど反省点は多いです。


今回は構想とアイディアをふくらませて長編狙いでやるほど力を注いだものです。どうか感想をよろしくお願いします。

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