外交交渉
結局のところ、ヨアヒムがウィンデル城へ辿り着いた頃にはもうとうに陽が落ちて、辺りは暗闇に包まれていた。
おそらくあの若者の言葉は、あの傑物たる悍馬を疾駆させ3時間の道程である、という意味であったのだろう。
城門にてアールナ公アルトゥールの使者である旨を告げたところ、ややあってから跳ね橋が降ろされヨアヒムは城内へと迎え入れられた。
驚いたのは応対に出てきたのはアウグリッヒ侯領の政務を司るセバスチャンであった事だ。
話は明日伺うので今日はゆっくり休む様に告げられ客室へ案内されたヨアヒムは、その態度に少々安心した。
それほどの重臣が丁寧に応対するという事は、アウグリッヒ侯はアールナ公に一定以上の敬意を払っているという事だ。
アールナ公アルトゥールが捕虜となった際も賓客としての扱いを受けており、エーリル公からの引き渡し要請にアウグリッヒ侯アルフレッドは頑として首を縦に振らなかったというのだ。
身柄解放の交渉はエーリル公との間で行われ、身代金もエーリル公に支払われアウグリッヒ侯へは1マリクも入らなかったと言う。
それでいて支払いを確認すると、わざわざ旗下の将ゲオルクの一軍を護衛として付けた上で、国境までアールナ公を送り届けたのだ。
先の会戦で勇名を上げたアウグリッヒ侯は、この行為で更に信望をも加えていた。
ヨアヒムは明日からの交渉に希望を膨らませて、久しぶりの心地好い感覚に心身を委ねた。
翌朝になってセバスチャンから告げられた事実に
ヨアヒムは愕然とする。
アウグリッヒ侯アルフレッドは病床にあり、現在の軍事・外交は世子フリードリヒが取り仕切っているというのだ。
更にはそのフリードリヒ本人が昨日より行く先を告げずに外出中である為、重要な事柄は当人が帰還してから判断を仰ぐ事となる。挙げ句にはこのような事は屡々あり、10日を過ぎても戻らぬ事も往々にして有り得るとまで言われてしまった。
この外交交渉は、その成否によってエーリル公の次なる戦略に大いに関わる問題である。
「とりあえず用件は伺います。内容によっては私が決定して構わないとフリードリヒ様から承っておりますので。」
さすがに落胆の色を隠せなかったヨアヒムに対し、セバスチャンが声を掛ける。
「しかしこれは双方にとって大変に重大な案件なのです。臣たる貴卿が決定できる事柄とは思えませんが…」
「そのような事は重々承知の上です。しかし場合によってはアウグリッヒ侯に判断頂く事もできです。他国の使者のお相手は出来かねますが、私は居室への立ち入りを許可されております故。」
ヨアヒムは暫し逡巡し、得た結論に従ってセバスチャンと問題を共有してそのの判断に委ねる事にした。