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乱世を駆けた風雲児  作者: 黄色と緑の革命を駆る一人恐竜戦隊
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名家よりの使者

 ゲルマニアの盟主は偉大なるフランツ王国な直系であるアールナ公でありそれは古今普遍である。


 多くのゲルマニア人が先頃までその様に認識していたが、アールナ公の臣ヨアヒムは、以前も、そして現在もそのように認識していた。


 それだけに今回の、アウグリッヒ侯への使者となり交渉を纏めよ、との主命は彼にとって屈辱的でしかなかったのだ。


 アウグリッヒ侯などゲルマニア諸侯の中でも田舎者でしかないではないか。アールナ公旗下でも指折りの重臣たる自分が何故その様な田舎にわざわざ出向かねばならぬのか?誰ぞ小者でも走らせて向こうの使者を呼びつければ良いではないか?







 フランツ王国の分裂より数百年、ゲルマニアのみならずエウロペ全域で諸侯が割拠する時代が続いている。

 ここゲルマニアでも、近年漸くにして民族の悲願とも言える統一国家構想が立ち上がったが、性急に事を進めた結果、結局は先年の諸公会盟で物別れに終わった。 要はフランツ王国直系であり生粋のゲルマニア民族ではないアールナ公アルトゥールを、ゲルマニア随一の実力者であっても盟主とする訳にはいかないという事なのだ。



 会盟で最後まで強固に反対したエーリル伯マクシミリアンを中心とした反アールナ派とアールナ派との対立は僅か3ヶ月後には大規模な武力衝突へと発展した。


 ゲルマニア諸侯の殆どが参戦したドルファンでの稀にみる大規模会戦は、当初は兵力・装備に勝るアールナ公側が圧倒的に優位だと思われていた。


 アールナ公領はガリア・ロマリア方面とゲルマニア領内からの街道が交差する地域にある。往来する者は高い通行税を支払わねばならず、また行き来する荷にはこれまた高い関税を払う事となっていた。それらの徴収によってアールナ公の金蔵は常に潤っていた。


 その豊かな経済力を背景にし、ゲルマニア随一の優れた武装を持ったゲルマニア唯一の傭兵騎士団を抱えており、その存在は広く他国へも名が知られていた。



 だが、数と武装に勝るアールナ傭兵騎士団は、その知名度故に交戦を忌避され、実戦での経験に乏しかった。


 更には集団での訓練は行われておらず、軍の規律も曖昧であった。

 もっともこの点だけは西エウロペ全域に共通する事であったのだが。



 このゲルマニア史に登場した初めての大規模会戦は、僅か3日で決着する。



 この時代においてはまだ、ゲルマニアに限らずエウロペ全域において、食料の生産量は現代とは比較できぬ程に少量であった。


 故に古来より内地海周辺の戦いは、規模の大小を問わず、短期決戦が常であったのだ。



 また、古来よりの伝統を色濃く残すこの時代においては、戦争とは野戦の事であり、籠城は卑怯者のする事と定義されていた。




 初日は反アールナ公側の足並みが揃わず、昼過ぎには後方に配置されていたアウグリッヒ侯軍とプロシア侯軍が戦線から離脱する。そこへバイアラン公軍が突撃し、結局はアールナ公側が5哩も押し進んだ。



 2日目も午前中はボッタリ公軍が奮戦してアールナ公側が1哩進撃したが、午後になるとエーリル公軍が決死の防戦を行い膠着したまま陽が暮れた。



 3日目の早朝には離脱したと思われたアウグリッヒ侯軍とプロシア侯軍が軽騎兵の機動力を生かして遠く迂回し、左右からアールナ公側を挟み撃ちにした為に戦局は一変した。

 昼前にはに父侯アルフレッドの代理としてアウグリッヒ侯軍を率いていたフリードリヒが自らバイアラン公を討ち取ると、プロシア侯テオドールの軍もボッタリ公を討ち取ってアールナ公側は激しく動揺した。

 フリードリヒは一気にアールナ公の本陣に迫ると、これを阻止せんと迎え撃ったハンゲルク侯軍をあっさりと撃破して遂には不利を覚り退却しようとしたアールナ公を執拗に追撃してのその捕縛に成功したのである。



 既にプロシア侯テオドールは名将として知られており、この戦いでもボッタリ公を討ち取ったのだが、その彼をも上回りバイアラン公・ハンゲルク候を次々と討ち取った挙げ句、アールナ公アルトゥールまでも捕虜としたフリードリヒの勇名は、僅か一戦にしてゲルマニア中に轟いた。




 国庫の7割にも及ぶ莫大な身代金を支払う事でアルトゥールの身柄は解放されたものの、アールナ公の名声は地に墜ちた。 それでも今なおその権威は健在であり諸侯はその下でゲルマニア統一への道を模索すべきだ。

 多くのアールナ公派貴族はいまだにそのような考えを持っていたのである。


 況してやアールナの守備隊に回され先の会戦には参戦していなかったヨアヒムにとっては尚更だ。




 軍の再編成までの時間稼ぎとしてアールナ公アルトゥールがヨアヒムに命じたのはアウグリッヒ侯の懐柔策である。



 それ故に憤懣たる思いは胸に秘め、今は雌伏の時。国力の回復を待ちいつの日か捲土重来を期して、必ず主君をゲルマニア諸侯連合の盟主の座に据えるのだと自らに言い聞かせ、ヨアヒムはアウグリッヒへの途に着いた。 アウグリッヒ侯領はゲルマニア最南端に位置する山間の地域にある。侯領の南、アルヴァンの山々を越えればそこはもうロマリア地方だ。


 アルヴァンの麓スウィンバンの諸侯領を経てアウグリッヒ侯領に入ったヨアヒムは、そこで農民が働く姿を見て驚愕した。


 山間とは言え豊かな地である事は聞いていた。 アウグリッヒ侯アルフレッドの温厚で人望厚い人柄も承知している。


 しかし他のゲルマニア諸侯領では紛争が絶えぬ故に、貴族を見れば農民はまた徴兵かと怯えた顔を見せるものだ。

 それがここアウグリッヒ侯領ではヨアヒムを見ても顔色一つ変えず鼻歌交じりで農作業を続けるのだ。


『これは国内はよほど巧く纏まっているな』


 ヨアヒムはまずそう感じた。



 この時代はまだ間諜の類いは然程に重視されておらず、故に整備は全くされてはいなかった。


 他国がどうこうである以前に自国の軍が精強であるか否かが西部エウロペ全域で偏重されていたのだ。

 侯なら精々千程度、公であっても万を数える軍を単独では揃えられない。

 東部エウロペのコンダジア帝なら十万を越えるの大軍を常備しているが西部エウロペでは聖ガリア王の数万が最大動員であろう。


 当方が強ければ争い弱ければ争わない。

 これが西部エウロペにおける常識であった。


 とはいえ情報の取得手段が限られている時代である。

 商人や数少ない旅人からの風聞では信頼性に乏しい。

 他国へ使者として赴く者が間諜の役目も兼ねるのは、公然たる秘密であった。



 明るく働く農民から、アウグリッヒ侯の居城ウィンデルへの道を尋ねつつやがて農村地帯を抜けると、街道脇に林が見えてきた。


 5月とは言え晴れ渡った日の昼過ぎでは汗ばむほどの陽気だ。


 林から流れ出る小川を見つけたヨアヒムは、従者に命じ馬を繋がせると、木陰で一息入れる事とした。



「御主人様、朝から駆け通しでお疲れでしょう。少し陽が傾くまでここで休まれてはいかがでしょうか?」

「うむ。ぐっ。しかし事の成否を公は待ちわびておられる。私はなるべく早く吉報を持ち帰りたいのだ。もう少し休んだら先を急ぐぞ。」

 携帯食を葡萄酒で流し込みヨアヒムは従者の労いに答えた。


 旅の途上では野営もやむを得ないが出来うるなら相応の街で宿を探したかった。


何しろもう5日も農家の軒下か大木の陰でしか就寝していないのでヨアヒムもそろそろ寝台が恋しい。


 と、唐突に一頭の小さな角鹿が、遠くの木陰から此方へを駆けて来るのが見えた。


 お、と思う間もなく次の瞬間には何処からともなく放たれた矢が角鹿の首筋を捉え、憐れ角鹿はバタとその場に倒れ伏した。

 それとほぼ時を同じくして角鹿が駆けてきた方角から単騎悍馬を駆け巡らす者がいるではないか。


 林の中で角鹿を追う操馬術と見事な騎射の腕前はただ者とは思えない。しかも跨がる悍馬はそうそうお目にかかる事は無さげな傑物だ。



 此方を一瞥しただけで仕留めた獲物を早々に持ち帰らんとする若者にヨアヒムは慌てて声をかけた。



「おーいそこの若者よ暫し待たれい。」


 従者に馬を連れてくるように命じるとヨアヒムは急ぎ若者の元へ駆け寄った。

「いや馬も弓も実に見事な腕前だな」

「大したことではなかろう。東のフンギリサに住むというゲミル族とやらでは子供でもこれくらいはやってのけると言うぞ?」


 近くで見ると背丈は大柄なヨアヒムと然程変わりはない。顔を見れば髭も満足に生え揃っておらず、遠目よりも若く見える。しかし年長者に向かって随分と横柄な態度だ。一瞥しただけで以後は目も合わせず粛々と獲物を持ち帰る作業を進めている。全くもって不遜な態度に思わず斬り捨ててしまいたくなる。

 そのような沸き上がる憤然たる思いを全く顔色に出さずヨアヒムは言葉を返す。


「すまないが私は西のアールナから来たのだ。ゲミル族と言うのは今初めて耳にする。このエウロペにもそのような者達が居るのだな。それにしても見事な馬に乗っておるようだな?」


 この辺りは流石にアールナ公が重大な使者に指名するだけの事はある。が、次の若者の言動にはヨアヒムも少々気色ばんだ。


「アールナ公の使者であるのは見れば分かる。アウグリッヒ侯の住まうウィンデル城は東へ3時間も進めば辿り着くぞ。」


 何故アールナ公からアウグリッヒ侯への使者である事が知れたのか?

 ヨアヒムが面食らっている間に器用に獲物を鞍へと繋ぎ止めた若者は、もう用は無いとばかりに悍馬に跨がるとアッという間に一鞭繰れて、今度は引き止める間も無く風のように走り去ってしまった。



 結局ヨアヒムは、馬を連れてきた従者に声を掛けられてから初めて、もう50近くなった己が、息子よりも年下と思える若者に、まるで相手にされていなかった事に気付かされるのであった。

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