○リンデグレン城と厄介な事実:2
「……そ、そうですか……」
一応頷いて、彼から目を逸らす。シミ一つない清潔な白いシーツを意味もなく見つめた。
移動魔法とか、城とか、リンデなんとかとか……わけわかんない……。
でも、『魔王城』とか言ってるんですけど~~~~~~~っ!
「弓月凛音様ですね」
そう声を掛けられ、またそろりと目を彼へ向ける。
下手を打てば速攻殺されるんじゃないかと心臓はバクバクだ。
「え……は、はい」
なんで私の名前知ってるの? とか、今訊けない! 怖くて訊けないから!
「私は、ジェイク・モランディ。今後、貴方様にお仕えする者です」
「……はぁ、そうなんですね」
またもや惰性で一旦素直に頷いたが、その内容の奇怪さに気づく。
「え? 『お仕えする』って……貴方が、私に?」
「ええ」
ジェイクという名の彼は、さっきから全く悪意を感じさせない朗らかな笑顔だ。
私に対する扱いも至極丁重っぽい。
決して現実逃避ではなく(と信じたい)、彼はとても好意的に見える。
なら、やっぱり、ちょっと訊いてみようか……?
それが分からないことには、いかんせんこちらも落ち着かない。
「あ、あの……私は殺されたりとか……しないんでしょうか?」
自然に上目使いで相手の顔色を伺ってしまうと、ジェイクさんは緑色の瞳を一度大きく見開いてから、ぷっと吹き出しクスクスと笑い出した。
その笑顔がなかなか可愛くて、大人っぽい雰囲気のジェイクさんを更に柔和に見せる。
ややあってジェイクさんは気を取り直すと、軽く握った拳を口元に当ててコホンと空咳を一つした。
「いえ、失礼致しました。そうですね、先ほどは驚かせしまいましたし。けれど、ご安心下さい。貴方は私共にとっては大切な御方ですので」
「ど、どうしてですか? だって、貴方達は魔族で――」
「確かに、私共は魔族。そして、貴方もね」
――そうだ。
さっき魔法陣へ引き込まれる前に、ニコラスさんも私のことを『多分、魔族だ』と言ったのだ。
でも仮に旭先輩が勇者の生まれ変わりだとしても、私は何も特別ではなく普通の人間のはずで――
「しかも、凛音様。貴方は魔王候補の一人です」
「………………え?」
突拍子もないことを言われて思考が停止する。
今、なんておっしゃいましたか?
「貴方の魂の一部は、初代魔王ゲールハルト・リンデグレンが転生したものです」
「え、えーと……それは……私が魔王の生まれ代わり……て、事ですか?」
「そうとも言えなくはありませんが、正確には違います。『初代魔王の魂の欠片』が貴方の魂に癒着して転生したので、完全な生まれ変わりとはいえないのかもしれません」
いやいやいやいや、酷くカオスな話になっちゃってるんですけど。
魂の欠片が初代魔王のもの? 欠片ってなに?
旭先輩は分かり易く『勇者の生まれ変わり』だったのに、私の場合、なんかとっても分かり辛いんですけど。
「でも……私、全く普通の人間ですよ」
「もっと色々詳しくお話しないとなりませんが……。では、まず先に証明の一つを。凛音様、ご自身の手首を見て下さい」
言われた通りに自分の手元へ視線を落とす。
ピンクのバスローブから伸びた両手首の内側に、今まではなかった痣が出来ていた。