○契約魔法と召喚魔法:5
「おおー! なんだ、出来るじゃんか!?」
カランカランと乾いた音を立てて板の的がゆるく回ると、的当ての定位置に立つ私の斜め後方で、ディオンが感嘆の声を上げた。
空気弾の強さ調整は心配などほぼ無用で、三連続ディオンの指定通りに撃てたからだ。
「凛音にしては、上出来だな」
「はい、素晴らしいです」
「ま、使ってる魔法が、ただの空気弾だけどね」
いつもの花壇の前に左からライアン、ジェイク、ルディと並んで見学していた彼らも、口々に彼らしく褒めてくれる。
いや、最後の約一名が褒めていたかどうかは微妙だけれど。
とはいえ、まさかこんなに簡単にいくとは自分でもビックリしていた。
ディオンが『気の持ちよう』だと言ったけれど、まさにその通りで、心に念じるだけで強弱のコントロールが付けられたのだ。
「上々だ、凛音」
ディオンが私の前までやって来て、笑顔でポンと私の頭に掌を乗せる。がっしりとした硬い手の感触と温かさが伝わって来た。
子供にするような態度な気もするけど、ディオンの褒め方は分かり易くて素直に嬉しい。
「次は、契約魔法陣だな」
私の頭から手を下ろしたディオンが数歩後ろに下がり、その場へ靴の踵で地面に×印を作る。
「この印辺りに契約相手がいると想定して、地面に契約魔法陣を呼び出せ」
「……契約魔法陣を呼び出す……って、どうやって?」
「単に念じればいい。『この相手と契約したい』ってな。その欲求を形にするだけだ」
また簡単に言うなー、この人は。
でもまぁ、空気弾の威力調整もディオンの言う通り難しくはなかったんだけど。
最初の頃とは大違いだ。魔法陣の出し入れさえままならなかったのに。
もしかして、だんだん魔力が強くなってるんだろうか……。
「ホラ、こうだ」
私が諸々頭の中で考えている内に、ディオンがパチンと右手の指を鳴らす。
瞬時にヴォンと低音の弦が弾かれたような音が響き、ディオンの描いた印を中心にして、赤い魔法陣が地表に花を咲かせるように円を広げた。
赤く染められた金粉とも、はたまた赤いレーザー光線ともいえるような輝きを持った魔法陣が柔らかく光りながらゆっくりと回転し始める。緻密に描かれた古代文字は相変わらず読めないけど、美しいデザインだといつも思う。
そしてディオンがスイと片手を払うと、魔法陣はシュンと縮んで消えた。
「じゃ、やってみろ」
やってみろ……って……。ま、じゃあ、やってみますけども。
戸惑いつつも見よう見まねで挑戦するしかない。
でもディオンのように指を鳴らすなんて器用なことは出来ないので、空気弾を出す時と同じ要領でごくシンプルに精神統一だ。
足を肩幅に軽く開いて手は身体の横できゅっと握る。
やったことはないけれど、空手やら合気道やらをやる時ってこんな風かもしれないという感じだ。
やがて、お腹の底が熱くなる。
違うのは気持ちだけ。そう、気持ちだけ――
『この相手と契約したい』と心に思い描いて、ディオンがつけた×印を睨み付ける。
――ヴィン
弓鳴りに似た音がした後、金色の魔法陣が開き掛かかった。
が、すぐに閉じて消えてしまった。
「えぇ~~~~~~~~~~~~」
「惜しかったなー。もうちょっとだ。もう一回やってみ?」
私は思わず声を上げてしまったけれど、ディオンはニコニコしている。
そうだ。成功はしなかったけど、これはあくまで一回目なのだ。
最初のチャレンジでなかなか惜しいところまで出来たのだから、案外凄い。
そうだよ! この分だとイケるかも!
気を良くして、意気揚々と再挑戦。
なのに敢え無く、結果は一回目と同じだった。
「う~~~~~ん」
今度はディオンも小さく唸る。
いや、やっぱり。これは一筋縄ではいかないかも……。
「×印が相手だから、気持ちが盛り上がんないんじゃないの? 凛音は単純なんだからさ」
不意にルディが花壇前から離れて、こちらへと歩いて来た。ジェイクとライアンはその場でルディを見送っている。
しかしなぜいつも、イチイチ腹の立つ言い方をするかな。
「この前も僕が板の的をエルクフェンの彫刻に変えてやったら、上手く行ったじゃない」
それはそうだった気もするし、そんなに関係なかった気もするけど。
ルディは私の前に立つと、陽の光を受けて金色に光る柔らかい巻き毛をちょっと掻き上げ、はすかいに私を見つめる。
「だからさ、もっとちゃんとした『契約相手』を想定したら?」




