○リュレイナ神殿:4
「わ……」
「もうお手を引いて頂いて大丈夫です」
お母さんの言葉通りに右手を引っ込めて自分の胸に当て、左手でその手を包んだ。不思議と手は濡れておらず、少し冷たくなっているだけだった。
藍色に変わった水には、やがてポツポツとそれこそ星のような点が幾つも、私が手をつけた場所を中心にして浮かび上がって来る。
さっきは底に沈んだビーズが星のようだと思ったけれど、今はまさに夜空に浮かぶ星そのものだ。
肩から背中へと流された長い銀の髪から覗くお母さんの横顔は穏やかながらに張りつめた空気を漂わせていて、浮かんで来るその星達をじっと見つめている。
そうか、今まさしく『星見中』なんですね。
これで『私の魔力の特性』とかが、分かるかもしれない。
束の間の沈黙の後、ライアンのお母さんは淑やかに身体を反転させ、私へと向き直った。
「――凛音様」
「はいっ」
「残念ながら、まだ見えませんでした」
……え、今なんと? とっても凄い感じだったのに?
「もしかしたら、まだ確定していないのかもしれません」
「まだ確定してない……」
「『指針が見えることもある』と言ったろ。見えないこともある」
私の態度に対してやや不服そうな顔をしたライアンが横から口を挟んで来た。
ですね。確かにそう言ってました。
「ただ、凛音様には間違いなく強力なお力があります。次期魔王にふわさしいほどの魔力が」
お母さんが光を湛えた瞳で私を見つめる。か弱そうなこの人から、圧倒的な熱を感じた。
そう……なんだ。
巫女と敬われている彼女からはっきりとそう告げられて、自分でも予想外の大きな衝撃を受けた。
心のどこかで、私が魔族だとしても大した能力はないと思っていたのだ。
だから、旭先輩と直接敵対せずに済むはずだと。
私は当然、魔王になんて選ばれず、もしかしたら魔王補佐にすらなれずに、すぐにでも自分の世界に帰れるんだと。
旭先輩も一緒に――
『ダメの烙印』を押して欲しかったのかもしれない。結果的には、反対だったけれど。
「どうぞ、ご自身のお力を信じて下さい。凛音様」
星見の後、お母さんが少し遅めのランチを振る舞ってくれることになった。
案内された階上のバルコニー席は、ディオンとランチをしたリンデグレン城のバルコニーにも勝るとも劣らない絶景だった。
なにせ、この神殿を囲む湖を階下に一望出来るのだから。
湖の水はとても澄んでいて、ここからだとくっきりとした青緑色に見える。
旅行のパンフレットなんかでよく見る南国リゾート地の海の写真みたいな色だ。
神殿よりも高くそびえる崖の上から岩肌を伝って流れ落ちる水が滴を空気中にまき散らして、このバルコニーもマイナスイオンで一杯だ。
ほど良く湿った清々しい空気に、かすかな水の香りが心地良い。
陽光が水面にはね返りキラキラと辺り一面を照らしている様子を眺めながらの食事はさぞおいしいだろう。
さっきの『星見』では一瞬落ち込んだけれど、あっという間に気分は持ち直した。
どんなに強い魔力があろうとも、今の私には使いこなせてはいない。
宝の持ち腐れ。豚に真珠。猫に小判。のれんに腕押し――は、ちょっと違うか。
まぁ、とにかく。
誰かに烙印を押して貰うまでもなく、今の私ではダメに違いないのだ。
「ご遠慮なく、召し上がって下さいね」
向かいの席のお母さんが食事を勧めてくれたので、私は満面の笑顔で「はい」と頷いた。




