○リュレイナ神殿:2
ホールの最奥に当たる部屋には、青い大きな両開きの扉があった。
なんとも緻密な彫飾りが施されたドアで、『これ彫った人は大変だったろうなぁ』などと思いつつ、守衛の騎士が扉を開けてくれるのを待つ。
そこが開かれるとホールよりも一層青が美しい、全てが青い水晶で出来たような一画が広がっていた。
外から水を引いているらしく、部屋の端には小ぶりな滝とその水を蓄える青い岩で出来たため池があり、サラサラサラと心地良い水音が響いている。
部屋の中央には大きな青いフロアラグが敷かれていて、中心には大きな丸い噴水のようなものが直に置いてあった。
硬質な何かで出来たそれは深い藍色で、素材そのものの奥から神聖さを漂わせた仄かな輝きが溢れ出ていた。
もしかしたら材質は、ライアンが話していた青水晶そのものなのかもしれない。
そんな特別な神々しいものに対してこう言ってはなんだけれど、リンデグレン城の薔薇風呂の小型版といった趣でもあった。
違うのは囲いが二層になっているのと、その縁や側面には大扉に似た緻密な飾り彫りがこれでもかと施されていることだ。
そしてその前に、長い銀髪を持つとびきり綺麗な女の人が座っていた。
彼女は人が入って来たのを察していたらしく、潤んでキラキラした深い青色の大きな瞳でこちらをじっと見つめている。
「ライアン、来ていたの?」
白い肌を際立たせるピンク色の唇が嬉しさを表すように動く。
「はい、母上」
満面の笑顔になったライアンは足早にその女性の傍まで行き、まるで恋人にするようにぎゅっと彼女を抱き締めた。
おお、外国の人の挨拶みたいだよー。ま、ここはある意味『外国』なんだけど。
いわずもがな、彼女こそがライアンの母親だろう。
「元気だった?」
「はい、とても。母上はいかがですか?」
「変わりないわ」
「よかったです」
ハグの後、ライアンは母親の両手を取り、柔和な微笑みで大層紳士的に話している。
えええ。私とは対応が全然違うんですけど……。
いつもはクールというか無愛想なライアンが、母親にはあんな態度なの?
確かに、彼のお母さんはびっくりするほど綺麗だけど。
いやいや、まず、びっくりするほど若い。
童顔だとしても、どうみても二十代前半、下手すると十代にも見えそうだよ。
「あちらのお方は?」
ライアンのお母さんが私の方へ大きな宝石のような瞳を向ける。銀糸の髪が肩からサラリと流れて揺れ、柔らかい光を反射した。
わー、なんて煌びやかな!
こんなに綺麗な人なら、そりゃ、魔王も好きになっちゃうよねー。
「前に話していた、もう一人の魔王候補です。人間界から来た弓月凛音さん」
『弓月凛音さん』!? なぜ、今更『さん』づけなの?
さっきは『とっ捕まえた』とか言ってたのに……。
「あのお方が、初代魔王の魂の欠片を持つという――」
私が会釈するのと同時に、ライアンのお母さんは立ち上がり、こちらへと歩いてくる。
さっきの女官さんと似た『露出の少ないふんわりアラビアン風』の衣装だけれど、身ごろの前合わせが着物っぽくなっている。
足首まで隠れるドレスの色は水色で、一体どういう生地なのか星屑が散りばめられたように動きに合わせてキラキラと光を放つ。
ライアンは忠誠を誓った従者のように母親の斜め後方に付き、彼女の歩みを温かい微笑みで見守っていた。
「凛音様。お会い出来て光栄です」
女官さんと同じく、ライアンのお母さんまで至極丁寧に私へ頭を下げる。
「いえいえ! 私こそ!」
こちらも慌てて頭を下げたけれど優雅な仕草の彼女とは大いに違い、さっきとそう違わない『ぺこりん』といったカジュアルな感じになってしまった。
「このリュレイナ神殿の巫女を務めております、フィミア・エスレルートと申します」
透き通った美しい声色に思わずうっとりと聴き入る。鈴を転がすような声とは、きっとこういう声だろう。
お母さん、なにからなにまで素敵です。そうそう、お名前はフィミア様でしたね。もう忘れませんよ。
「本日は、母上に彼女の星見をお願いしたくて参りました」
ライアンが私とお母さんが向き合う真ん中辺りの位置まで来て、彼女の顔を覗き込む。
「凛音様の星見を?」
「はい。彼女の魔力の特性を見て頂きたいのです」




