○リュレイナ神殿:1
馬でゆっくりと二時間ほど掛けて進み人里離れた森を抜けると、周りが白い断崖に囲まれた雄大な湖へと行き着いた。
高い崖の上からはどこからか流れてくる湧水が岩肌を伝い、湖へサラサラと流れ込んで来る。
透き通った水を湛える湖はまた新しい水を受け入れ、水面に波紋を幾重にも描き続けて止むことはない。
水が枯れない限り、それは永遠に続くのだろう。
隔離された特別な場所にも思える湖の真ん中には小島が浮かんでいて、そこに荘厳な佇まいのリュレイナ神殿があった。
高くそびえる細身の三つの塔は、真ん中が最も大きく、両隣に小さめの塔が並んでいる。
外壁には精密な飾り彫りが成されてあり、各階に存在する幾つもに区切られたバルコニーの出入り口はアーチ型だ。
全体の雰囲気としては、『ピサの斜塔古代風』といった感じだろうか。
壁色は白なのだろうけれど、湖の青を映して神秘的な薄青色に染まっていた。
「ここ、俺の前の家」
「あ、はい……」
馬上でライアンがそう言うので、頷いて短く応じた。
『ここ、俺の家』って、まるで学校帰りで友達に言うみたいに……。
確かに『彼の実家』なんだろうけども。
「このまま入口傍まで行く」
岸辺から神殿の建つ離れ小島へ続く白い石畳の道を、ライアンがゆっくりとリスダルくんの脚を進ませる。
あ、ちなみに。
『リスダル』というのはこの馬の名前で毛色は鹿毛なのだと、ライアンがここへ来る道のりで教えてくれた。
リスダルくんを馬房に預けた後、神殿の中へ足を踏み入れてみれば更に凄かった。
少しだけ灯りが落とされた神殿の内装は外観と同じ古代風なのだが、その全てがうっすらと青く輝いていたのだ。
広く静かなホールの天井は高く、床から伸びる大きな丸い支柱が奥へと何本も連なっていて、私はライアンとその真ん中を抜けながらキョロキョロと辺りを見渡していた。
空気がひんやりとしていて身体も心も研ぎ澄まされる感覚に、もうなんだかそれだけでも厳かな気分にさせられ有難味すら感じる。
我ながら、単純だよ……。
「どうして、こんなに光ってるんですか?」
「青水晶の粉が壁に混ざってる」
ライアンは行く先へ目を向けたまま、さらりと答えた。
「青水晶……?」
「そういう種類の鉱石で、邪気を払う神聖なものとされてるから」
「へー、なるほどー」
調子良く相槌を打ってみたが、実は良く分かっていなかった。
でもきちんと説明されたとしても、多分分からないだろうから、もういい。
奥へ奥へと進んで行くと、前方から白くて平べったい杯に似た大きな器を両手で恭しく掲げた女の人がやって来た。
城働きの人のようだけれど、ネリーよりやや年上くらいの彼女はメイド服ではなく、『露出の少ないふんわりアラビアン』といった雰囲気の紫色の衣装を身に着けていた。
「ライアン様! お戻りでしたか?」
彼女はライアンを見つけると、ぱぁっと明るい笑顔になり、それを受けたライアンもにこりと微笑んだ。
「うん、母上は『祈りの間』?」
そう訊かれたメイドさん(ひとまずそう呼ぶ)は、ライアンの傍まで急ぎ足で寄って来て、私へと丁寧に一礼してから、またライアンへと目線を合わせた。
「はい、たった今、本日のお祈りを終えられたところです」
「なら、ちょうどいいね」
「さようでございますね。ところでライアン様は、本日こちらへお泊りになるのですか?」
「いや、帰る。連れがいるし」
ライアンが隣に立つ私を親指でクイクイと示すとメイドさんが改めて会釈したので、私も慌ててぴょこんと頭を下げた。
「そちらのお方は?」
「最後の魔王候補。弓月凛音」
「まぁ、このお方が!」
「この前やっと、とっ捕まえた」
「それはようございました」
いやいや、またライアンが微妙な発言してるんですけど。
「私、女官をしております、イシェスと申します」
そう名乗ったこの女性は、両手に持つ杯の縁ギリギリまで、またもや丁寧に頭を下げる。
ひゃー、さすがに神殿努めの人は丁寧さが違うね。
肝心の王子様はちょっと毒舌で無愛想なんだけど。
「母上、まだいるよね?」
「はい、いつものように神玉を眺めておいででした」
「わかった。ありがと」
ライアンが歩き出すと、女官さんは「どうぞ、ごゆるりと」とまたまた深々と頭を下げる。
頭を下げている彼女には見えないだろうけど、私も釣られて再度会釈してからライアンの後へと続いた。




