○薔薇風呂と水の人:2
――――――え。
予想外の出来事に、のろりとそちらへ顔を向ければ、ライアンが濡れた銀髪の水分を払い飛ばすように髪を片手でカシカシと掻きながら浴室から出て来た。
その彼と、ハタ、と目が合う。
ライアンはちょっと驚いた顔をしただけで、すぐ冷静な表情に戻った。
……え……えーと……。
こういう時、人って……。あ、違う。魔族であっても。
一瞬頭が真っ白になるからか、声が出ないというか、必死で状況判断しようと努力してしまうものなんですね。
しかし、ライアンと重なった視線を、うっかり徐々に下ろして行ってしまい――
……なんで……タオルとか……バスローブとか……なにも……持ってないかな……。
そこでようやく、カーン! と、頭の中の鐘を打たれたような衝撃が来た。
「きゃ――」
悲鳴を上げそうになった途端、ライアンがずんずんと猛スピードへこちらへと進んで来る。
「な、て、とっ――」
なんでこっちに来るの!? ていうか、来ないでっ!
とにかくなんか着て――――――っ!
どれも言葉の体をなさない内に裸のライアンが目前まで来て、私は再度大声を上げるべく大口を開く。
「き――っ!?」
けれどいきなり、ガバリとライアンの濡れた大きな右掌で口元を覆われた。
「~~~~~~~~っ!」
悲鳴はその圧力で抑え込まれ、もごもごと空しく漏れた吐息が彼の掌の肌を振るわせる。
ライアンが私の口を塞いだままにぐいっと押して来て、後ずさった私はドンとクローゼットの隣の壁に背中を付けた。
「大声、出すな」
冷静に響く低い声。
間近で見るライアンの綺麗な青緑色の瞳が、まっすぐに私を見据える。
濡れた銀色の髪は乱雑に彼の額を覆い、重量を持ったその毛先からは水の滴がポタポタと落ちて、大理石のフロアに小さな水たまりを作る。
肩や腕や胸の引き締まった筋肉が水を弾き、まるで水晶の欠片を全身に散らしているかの如く、頬や首筋を伝うその滴が彼の体躯のラインを浮き彫りにしていく。
は、はだかの男の人と……こんなに接近したの……初めてなんですけど……。
「見られてるのは、こっちだ。なんでお前が、悲鳴を上げる必要がある?」
……質問系ですか? でもね、口を塞がれているので返事は出来ないんですよ。
と言いますか、押さえ方が強くて、息苦しいほどなんですけど。
「お前がここで大声上げて、もし誰か来たら、俺が悪いみたいだろ。後から入って来たのはお前だぞ」
はい、わかってます。確かに私が勝手に後から入って来ました。
だって、知らなかったんだもん。ライアンがお風呂入ってるって。
まさか異世界のこんな広いお城で、定番の『お風呂でドッキリ』があるとは思わなかったんだもん~~~~。
「声あげるな、いいな? 大人しくしてろ」
こくこくこくと私が頷くと、ライアンはゆっくりと手を私の口元から引いて行く。
息苦しさから解放されて、肩で息を吸った。
しかし手を退けたライアンは、まだ私の前に立ったままだ。




