○薔薇風呂と水の人:1
お腹は空いたがどうにも身体はまだ重く、ネリーに頼んで部屋で簡単に食事を取らせて貰い、私はまた眠った。
そうして次に目覚めると、もう深夜近くだった。
「えええ、もうこんな時間なの? いやー、一杯寝たなー」
ベッド脇のチェストに乗せてあった金細工時計の針を見て、大きな独りごとを零す。
沢山寝たお蔭か、身体も随分すっきりしていた。
あの後は夢見も悪くなく、熟睡出来たのが効果的だったのだろう。
「お風呂、入りたいな」
『お風呂に入る時は呼んでくれ』とネリーに言われているものの、時間も時間だし面倒なので、ネリーには言わずに自分で着替えを持ってお風呂へ行こうと決める。
元々この部屋のクローゼットには、恐らく私がここへ来る前から、私の為の服が取り揃えられていたようだ。
デュクリアスの鏡には私の映像が映っていたので、サイズもある程度予想できたのだろう。
とはいえ、クローゼットを開ける度に、まだまだ服が増え続けている。
ウォークインクローゼットの右ハンガーの端に掛かったドレスをピラリと引っ張って眺めてみる。この黒いマーメイドドレスは、今朝見た時にはなかったと思う。
また、ネリーが作ったんだろうなー。
彼女がせっせと作ってくれていると思うと有難くもあるし、その熱意には色んな意味で恐れ入る。
そういえば、私の制服はどこいったんだろ?
最初の知らない間に着替えさせられて以降、めっきり見掛けない。
まぁ、制服があっても、どうしようもないんだけども。
それより、今はパジャマ代わりの何かが必要だ。
出来ればTシャツと綿パンツで寝たいのだが、当たり前のようにそんなものはない。
言えばネリーが作ってくれるのかもしれないけど、張り切ってドレスを作っている今の彼女にこれ以上負担を掛けるのも気が引けるので、まぁ当面はヨシとして。
昨晩はシルクのネグリジェを使ったのだが、生地が軽すぎて落ち着かなかった。
なので今夜は、肌触りの良さそうなコットン生地の白くてシンプルな膝下丈ネグリジェを選んだ。
例の薔薇風呂は地階にある。時間が遅いのもあって、廊下は静まり返っていた。
足を踏み入れた白亜のサロンは相変わらず眩い。
夜だろうと地下だろうと、室内は大きなシャンデリアや幾つもの燭台とカンテラなどで煌々と照らされている。
そこに置かれた白いクローゼットは色も映えて見えて綺麗で可愛い。
私用にと丸々一個与えられたクローゼットの中には、お化粧度具一色が入った大きな白い陶製のメイクボックスや、香水セット、ボディケアセット、ヘアケアセット、ネイルケアセット、予備用の着替えや新しいタオル、バスローブにガウンなどが入っている。
まぁとにかく、これ以上なにがいるの? というほどに様々な物が準備万端だ。
「凄いよね。お姫様みたい」
いや、私は魔王候補なんだけど。
深く考えるとさっきの夢を思い出してブルーになりそうなので、さっさとお風呂へ入ってしまおうと身支度を始める。
頭につけられていたオーガンジーの黒薔薇は、二回目に寝る前に取ってあったので、早々にドレスの背中のファスナーへ手を掛けた。が――
不意にガラリと浴室へ繋がるスライドドアの開く音がした。




