○いちごみるくと終わりのない宿敵:4
「え、これ?」
まだビニール袋に残っているハムチーズサンドの半分を、先輩が空いた方の手で掴み上げる。
「はい。それが、いいです」
「そっか……。なら、はい」
サンドイッチの半分を私の前に置いてくれた先輩の頬は、また恥ずかしそうにほんのり赤く染まっていた。
「先輩……もし、そのおかずが先輩の嫌いな味じゃなかったら……今度、ペンギンのソーセージ入りのお弁当を、差し入れしてもいいですか?」
ドキドキと高鳴る胸を右手で押さえながら、なんとか先輩にそう伝えると、先輩はじっと私を見つめる。
青みがかった先輩の瞳から目が離せなくなって、私もそのまま先輩を見つめ返した。
その後、旭先輩は『うん、楽しみにしてるね』と答えてくれる。
そして数日後には、私は先輩にペンギンソーセージ入りのお弁当を差し入れて、また二人きりでお昼ご飯を食べたのだ。
なのに――
「そうしたかったけど……もう無理みたいだ……」
本当の出来事とは違う言葉が、先輩の口から零れる。
先輩の瞳はみるみるくっきりとした藍の色に染まり、哀しげな表情へと変わる。
「せんぱい……どうして……?」
「俺とキミは……宿敵だから……おわりのない……すくわれない……」
突然、視界がぐにゃりと歪んで生徒会室が形のないふにゃふにゃの背景に変わる。
私の隣に座っていた、旭先輩の姿が幻影のように薄れて行く。
「まって! 先輩っ!」
椅子から立ち上がった私の足元はふわりと宙に浮き、どこからともなく湧き上がる白い靄が辺りに立ち込めて全身が包まれ、視界が真っ白になる。
「先輩……ちがう……先輩はそんなこと言わなかった……どこにいるの、先輩……どうして……どうしてそんなこと言うの……そんなこと言わないで……だって、私は先輩を……」
そうして、不意に辺りは明るくなり始める。
「せんぱいっ!」
ハッとして目を見開くと、ただの真っ白いシーツが視界に飛び込んで来た。
「…………あれ?」
うつ伏せになっていたらしく、息苦しい。
ベッドに手を突いて身体を起こすと、パタパタと瞳から涙が零れてシーツへと滴が落ちた。
自分が泣いていたのだと気づき、ベッドの上で正座してから、右手でゴシゴシと目を擦る。
改めて辺りを見渡せば、ここは白くて綺麗でゴージャスな『今の私』の部屋だった。
背中から滑り落ちた水色のブランケットが腰回りに絡んでいる。いつの間にか誰かが掛けてくれたらしい。
眠っている間に人が部屋を訪ねて来たのだろう。鍵も掛けずにいたし。
……多分、ジェイクかネリーか。
赤いビロードのカーテンが開けられたままの大きな窓からは、オレンジ色の光が差し込んでいて、もう夕暮れなのだと分かった。
ディオンとお昼ご飯を食べた後、陽が沈む直前まで眠ってしまったようだ。
あー……なんだ……やだなぁ……夢か……。
夢で泣いちゃうなんて、初めてだよ。
終わりの方までは過去の記憶だったのに……。
ディオンとサンドイッチを半分こにしたから、あんな夢を見たのかもしれない。
それに、ディオンからあんな話を聞いたから――
酷くリアリティのある夢に、もう一度サンドイッチを食べた気になっていた。
グ―――――――。
しかし、魔力を使い過ぎた身体はまだ食べ物を欲しているのか、正直に主張する。
私は再度、目をゴシゴシと擦って気合を入れ直した。
「あー、お腹すいたなー」




