○モンスターのサンドイッチ:3
「失礼致します。ご昼食をお持ち致しました」
夏の木の葉のような緑色の髪を肩に掛かる程度に切り揃えたキリリとした雰囲気のメイドさんが深々と頭を垂れる。
顔を上げた彼女は、子リスのようにくりんとしたオレンジ色の瞳を私へと向けた。
「ダイナと申します。よろしくお願い致します、凛音様」
「あ、はい。お願いします」
ピシリと挨拶されて、こちらも反射的にピンと背筋を伸ばして応じた。
メイドさんとか慣れてないんですよ~、庶民暮らしだったもので~。
「では、こちらをどうぞ」
ダイナは早速、テーブルにグラスを六つ置く。私とディオンの分だから、一人三つずつである。
一つはお水、一つはオレンジジュース、そしてもう一つはアップルジュース……多分。
いきなり飲み物が三つとか、ドリンクバーでもマナー違反でちょっとやれないですよ。
それから私の前に置かれた大きなお皿には、サンドイッチとカットフルーツにサラダ、ポテトフライなどが乗っていた。
「コースとか面倒だから簡単に食えるものにしたけど、良かったか?」
私もそのほうが気楽だ。
大きく頷いてディオンのお皿を見ると、彼も私と全く同じメニューらしい。
そうか……同じなんだね、ディオンと……。
今更なのだが、さっきディオンが昼食オーダーしていた時に、『モンスター抜きで』と言えば良かったと後悔している。
なんだか今の自分は居候的な立場な気がしていて、遠慮が先に立ってしまい言えなかったのだ。
さて、これには入っているんだろうか、モンスター。
「凛音様ぁ~~~~~~~~!」
そこへ舌足らずな萌えっ子ボイスが聞こえて来た。
ネリーが何かを乗せたお盆を持って、たったかとこちらへ急ぎ足でやって来る。
「ああ、ディオン様が凛音様とご一緒だったのですね! ご機嫌いかがですか!?」
「いいよ」
ダイナの隣に並んだネリーがお盆を抱えたままディオンへ挨拶し、ディオンは水のグラスに口をつけながら定例の言葉を返す。
「ですよねっ! こんなにもお美しい凛音様がご一緒なのですから!」
――が、ネリーの切り返しが普通じゃなかった。
ディオンは水にむせてゴホゴホと咳き込み、私としてはもう聞こえなかったフリでもするしかない。
この『異世界で私が美しく見える補正』は、きっとネリーに最も効果絶大なんだと思うんだー。
「それでですね、凛音様がこちらでご昼食を取られると聞きまして、凛音様用にこちらもお持ち致しました」
ネリーが私のサンドイッチのお皿の隣に、同じようなサンドイッチのお皿を置く。
「モンスター抜きの物です。昨日の晩餐会の後、ジェイク様からお食事は凛音様のご希望を伺う様にとご指示頂いておりましたが、ご昼食を王子様とご一緒にご注文されていたので気づくのが遅れてしまい申し訳ございませんでした。ですので、モンスター抜きの物もご用意させて頂きました。お好みの方をどうぞ」
ネリー、凄い。萌えっ子風でも、メイドさんとしてプロなんだね。
「そうなのでございますね! 申し訳ございません! でしたら、こちらはお下げ致しましょうか?」
しかし、ダイナが恐縮して慌てだした。
いやいや、貴方は何も悪くないよ!
「た、食べます! 置いといて下さい!」
とっさにそう言ってしまったけれど、ダイナがホッとした顔をしてくれた。
「……さようでございますか。わかりました。良かったです」
あー、やってしまったな……。
でも、食べ物粗末にするの嫌だし……ダイナも無駄に落ち込まずに済むし……。
視線を感じてふと前を見ると、ディオンが口元に軽く握った拳を当てて、私の心を見透かしているかのように笑いを堪えている風だ。
よし、彼に食べて貰おう!
などと勝手に内心で決意表明していると、ディオンが「もう下がっていいよ」とダイナとネリーに告げ、彼女達は「失礼いたします」とペコリと頭を下げて、一緒にカートを押しつつバルコニーから出て行った。




