○魔力制御の特訓:1
翌日のお昼前、私はジェイクに連れられて城の中庭へとやって来ていた。
しかし中庭とはいえ、魔王城においてのそれの広さは半端なく、迷路かと思うほどに花壇がずーっと向こうまで続いている。
中央にはプール級の大きな丸い噴水があり、その中心にある塔のてっぺんからは水が爽やかに噴き出している。
そして陽光を浴びたその一帯の水しぶきには、くっきりとした七色の橋が掛かっていた。
すごいよ、自分の家の庭に虹……。
「よし、ここに立て」
傍にいたディオンに促され、ハッと我に返る。
ぼんやりしている場合ではない。今から魔力制御の特訓が始まるところだ。
土が剥き出しになった地面にディオンがブーツの踵でザシリと線を引いたので、その線の手前へ移動した。
「練習ですので、気負わず頑張ってください」
左横の少し離れた花壇を背にして立つジェイクが応援の声を掛けてくれたけど、私は緊張で顔が引き攣った苦笑いを彼に返した。
「あの的、今の凛音には小さすぎないか? まだあんなに正確には狙えないだろ」
ジェイクの右隣には腕組みをして立つライアンがいて辺りの様子を確認している。
「的が小さい方が早く上達する。意識を集中しやすいからな」
ディオンがライアンへと振り返って、彼の問いに答える。
「ま、そういうのはディオンのが詳しいか」
するとライアンは納得したように頷いた。
そうなのだ。なぜか特訓の先生役がディオンなのだ。
まぁ、教えて貰えるだけでも有難いんだけれども。
でないと危なくて、安心して暮らせないし……。
「魔王候補なのに、魔力の使い方から練習かぁ。こんなんで大丈夫なの? デュクリアスの鏡もあてになんないなぁ」
小憎たらしい感想を述べるのは、ジェイクの左隣にある木のベンチで脚を組んで座っているルディだ。
「力があると認められたから選ばれたのですよ。まだ魔力を使いこなせないのにも関わらず選ばれたということに、大きな意味があります。凛音様の魔力は未知数です」
ジェイクは相変わらず、『私推し』だ。
ルディは「ふーん」といつもの如く、気があるのかないのか分からない返事をしている。
『魔王の魂の欠片を持つ者』は、ジェイクにとって相当特別らしい。
でもね、そのご期待に応えられる自信がないんですよ、すみません。
貴方には申し訳ないないとは思うんですが、出来れば早く家に帰りたい気持ちで一杯なんですよー。
「ていうか、凛音。お前、なんでそんな格好なんだよ?」
隣に立つディオンが、私を見下ろす。その威圧感にはちょっと圧倒される。
ここの人は、ディオンもライアンもジェイクも背が高い。ルディが他に比べて少し低め(それでも私よりはもちろん高い)というくらいだ。
まぁ、ともあれ。言われるかなと思ってたけど、やはり言われてしまったか。
身に着けているのは、またもや黒のドレス。
ネリーは既に、『私には黒を着せる』と決めているようだ。
彼女は私が魔力制御の練習をすると知っていたらしく、動き易いようにと丈が短めのドレスを用意してくれていた。
そこまでは、良かったのだが――
縦襟には細かいレースがびっちりと縫い付けられ、胸元にもふんだんのヒラヒラレース。身ごろは体にフィットしながらも、腰からはぶわりと広がるスカートが幾重にも重ねられ、それぞれのレイヤーの縁にこれでもかとレース。中のペチコートも何重にもレイヤードされている。
袖はベルスリーブで、やはり縁にふんだんのレース。二―ハイソックスの上部もレースとリボン付き。靴は編上げのローヒールブーツ。
頭にはオーガンジーの薔薇飾りを斜めにちょこんと着けられていた。
その全部が、黒色である。
要はちょっとした暗黒ゴスロリ風だ。
私が『いや、これは』などと渋い顔をすると、ネリーが哀しげに瞳を潤ませたので、あっさりと負けた。
……初めて着たよ、ゴスロリ。




