○先輩と異世界に来たけど拉致られました:2
――ザシッ!
私と旭先輩の手前で馬達が芝生を踏みしめて止まった。
芝へ座ったままで見上げれば、馬はとても大きく見える。
先頭に立った黒っぽい毛の馬上には、背が高く凛々しい雰囲気の騎士が乗っていて、旭先輩をじっと見据えた。
赤地ベースのかっちりした上着は長めで、胸には金のダブルボタンがずらずらと腰まで並んでいる。縦襟は折り返しで金糸の縁取り。トラウザーズは濃いグレー、足には黒ブーツ。
脇腹からにょきっと突き出ている黒いものは、剣の柄だと思う。
……なんか……凄いよ。
颯爽とそれを着こなしている騎士らしき男性は二十代半ばで、短めの緑色の髪に琥珀色の瞳の色をしている。
大人っぽくてクラスには絶対いないタイプだ。当たり前だけど。
とにかくこの騎士は真面目そうだし、イケメン度からして悪人っぽくない気がする。
後方にいる三人の騎士達も、みな若く爽やかさみなぎっていた。
敢えて例えるなら、宅配便のお兄さん風といえるだろう。
そうして、宅配便お兄さん達のリーダー的な緑髪の騎士が口を開いた。
「失礼ながら、駿馬様とお見受けいたします」
よし、良い人達だ! 決定! 言葉使いも丁寧だし、イケメンは正義だし!
「……あの……俺は、自分がだれだか……」
私が騎士達を分析している間に、隣の先輩がおずおずと答える。
そうだった。今の旭先輩は記憶喪失っぽいんだった。
なので、とっさに代理で返事をする。
「この人は確かに、旭駿馬さんです!」
「……貴殿は?」
騎士はみるみる怪訝な表情へ変わり、私をいぶかしげに見る。
えー、なぜ私にはそんな顔ですかー?
彼のその態度から察するに、旭先輩の存在は認知していたけれど、私の存在は想定外といった風だ。
えええ。じゃあ、私の立場って?
「キミ、俺を知っているの?」
旭先輩まで『意外』といった顔で私を見る。
う~、そんな~~、せ~ん~ぱ~い~~~~。
どうやら、先輩の記憶喪失は本物らしい。
「私は先輩の後輩なんです。それで先輩は生徒会長をやっていて――」
「セイトカイチョウって?」
「え……ほら、高校の……」
「……コウコウ?」
きょとんとした可愛い顔で、私の言葉のひとつひとつをオウム返しで訊いてくる。
これはちょっと……いかがなものか。根本的な所から通じないよ……。
「記憶を、失くしておられるのか?」
馬上の騎士が不安げな面持ちで、先輩を目配せする。
「ああ、えーと、はい……。そうみたいです」
すると緑髪の騎士は後方にいた三人の騎士達へと振り返り、全員がわらわらと馬を寄せ合って円陣を組むと、なにやらボソボソと相談を始めた。
私と先輩は芝生の上に座ったまま、ぽかんとその様子を見ているしかない。
そういえば、彼らと普通に言葉が通じていることに今更ながら気づく。
異世界に飛ばされたから、その時点で語学も習得出来たってこと?
これが、異世界補正ってやつなの?
なんにしても言葉が通じないケースでないのは有り難い。
尚も騎士達の馬上会議は続いている。
「記憶がないというのは……?」
「こちらへ召喚された際に、覚醒されたからだろう」
「詳しくお調べしてみる必要はあるでしょうけれど、問題ないはずです」
「それにしても、やはり転生されたというのは本当なのだな。駿馬様は伝説の勇者様の肖像画と非常によく似ておられる」
彼ら全員が一斉にグルリと首を回し、旭先輩へ熱っぽい視線を向けた。