○デュクリアスの鏡とさまざまな事情:1
かっぽ~~~~~~ん。
などと風呂桶の音は鳴らないが、私はまたずぶ濡れになった身体を温めるべくお風呂に浸かっていた。
「ああ……やってしまった……」
さっきの騒ぎでジャルードの間は大破、晩餐会は急遽終了。
皆に大迷惑を掛けてしまった。
あの後ディオンは自分の魔法で火を起こし、器用に自身をさっと炎に巻いて適当に水分を飛ばしてしまった。良く燃えないもんだと感心する。
魔族、すげー。いや、私も魔族なんだろうけど……。
ディオンに『お前もやってやろうか?』などと言われたが、激しく丁重にお断りした。
ジェイクは『大広間は他にも沢山ありますので、大丈夫ですよ』なんて慰めてくれたけど。
ジェイクの使い魔の黒猫オーフェスは、エルクフェンというとても希少な種類のモンスターなのだそうだ。
本来はあの二本角のあるトラっぽい姿なのだが、普段は猫に擬態しているのだという。
ジェイクがそれを説明する前にオーフェスはサービス精神を発揮して、あの姿を私に見せてくれたようで、でも私がうっかり攻撃しちゃってオーフェスが戦闘モードに入ってしまった。
まぁ、そういった成り行きだった。
あの手の擬態をするモンスターは、本来の姿に戻ると本能が強くなるらしい。
いきなり攻撃されてオーフェスも、そりゃあ、ビックリしたんだと思う。
いや、私が一番ビックリしたし。
私が悪かったのに、オーフェスがジェイクに叱られていたので可哀想だった。
今度お詫びにお魚とかあげたい。あ、いや、肉食かな。だったら、なんか肉を。
でも勿論私自身、まさか自分が攻撃しちゃうとは夢にも思わず――
「あれが……魔力なんだ……」
湯船の縁に両腕を乗せ、その上に顎を乗せる。薔薇の花びらが何枚も腕に張り付いているが、もう慣れた。
身体の中から何か熱い塊が湧いて来て、それが膨張してせり上がってくる感覚。
今まで体感したことのない、心も身体も焦げるような熱だった。
あの経験とそのあと起こった事実は、自分が魔族であると自覚するには充分だった。
ああ、しょっく……。
今までは、なにか驚いたからって、あんなことになったりしなかった。
異世界にきちゃって、モンスターでパニックなったのがきっかけで、急に魔力が覚醒してしまったようだ。
そうだとしても、あれじゃあ、全く使えない。
自分の意志で魔法陣が出たのでもなく、引っ込めるのもままならない。
ジェイクや他の皆も言っていたけれど、私は魔力が制御出来ていないのだそうだ。
当面は魔力を制御する方法を学ぶ必要があるらしい。
やばいよ。なるべくビックリしないようにしないと……。
なんとか魔王にならずに済まそうとか、帰る方法を教えて貰おうとか、旭先輩に会いたいとか、とてもじゃないけどそんな話をする暇もなかった。
どうしよう……このままどんどん深みにはまっていきそうだよ……。
ふと気づけば、近くにあの彫刻がいて相変わらず呑気に口からザーッとお湯を吐き出している。
お湯の中をフラフラと泳ぐとも歩くともつかない感じで、その彫刻前まで移動した。
良く見れば愛嬌があるといえなくもない顔だが、先にこれを見て『悪いヤツ』などと思い込んでいなければ、大広間であんなに驚かなかったかもしれない。
なんていうのは、ただの屁理屈か。勝手に自分で勘違いしたんだよね……。
「むー、なに悠長にお湯なんか出してんの!」
一切悪くなく、ただ実直に職務を全うしているだけの『彼』なのに、理不尽な八つ当たり甚だしく、私はぺちんと平手で『彼』のおでこを打ってしまった。




