○リンデグレン城と厄介な事実:8
「凛音様、お待ちしておりました~! こちらへどうぞっ!」
浴室内の荷物置き場的な籐籠へ持ち込んでおいた白いバスローブを着てからサロンへ戻ると、ネリーが萌えっ子ボイスと満面の笑顔で迎えてくれた。
バスローブ……持って行っといて良かったよ。
ネリーに促されるままに、大きな白いドレッサー前へと腰掛ける。
台座にはローションやお化粧道具などがビッシリと準備万端に揃えられていた。
「まずは、お飲み物をどうぞ」
銀のお盆に乗せられた薄水色のグラスを差し出される。至れり尽くせり。
喉はカラカラなので有難いのだけれど、異世界の物を安易に口にしても大丈夫なのだろうか?
「なに……これ?」
念の為に訊いてみる。
さっきネリーのボケにツッコんだせいか、彼女の人懐っこさがそうさせるのか、言葉もだんだん砕けて来た。
「普通のレモン水ですよ。他の物がよろしければ、お持ちしますが?」
「レモン……。人間界と同じの?」
「はい、品種は少し違うかもしれませんが。こちらの世界と人間界では共通する生物や食べ物も沢山存在してるんですよ。こちらの世界が凛音様の世界に影響を受けている部分も多いですし。それと言葉そのものや擦り合わせなどは、凛音様の脳内で自然と変換されているのかと」
ああ、なるほど! と、今更ながらに納得だ。
道理で違和感なく過ごせているわけだ。
「それらは全て、凛音様の魂の一部が初代魔王のものであるからこそです。普通の者では、そうは参りません」
ネリーはまた笑顔で、ちょこんと首を傾げる。
……便利なような、ショックなような……。
今は深く考えるのはよそう。どちらにしても、魔王になる気はないんだし。
私はひとまず黙ったままレモン水を受け取り、ストローに口を付ける。やはり味も人間界のものとまったく同じだ。
水を口に含みながら真正面の鏡に映った自分を見てドキリとした。
――瞳が、ピンクっぽくなってる。
一般的な薄茶色だったはずなのに、今はピンクトルマリンのような透き通ったピンク色なのだ。
確かに子供の頃から光の加減で、赤っぽく見えるなと思うことはあった。
でもここへ来てからこんなにもはっきり色が変わるのは、『私が普通ではない』という証に他ならない。
思い返せば、先輩の瞳も青色に変わっていたのだ。
あれは先輩が勇者として覚醒したのが理由なのだとしたら、私の瞳がピンクに変わったのは、やはり魔王の魂の欠片を持っているから?
「この後、晩餐会が開かれます」
「――え?」
背後に立つネリーが私の濡れた髪をタオルでパンパンと優しく叩きながら、ごく当たり前のように告げる。
晩餐会とか、そんなセレブっぽい響きの夕食、初めてなんですけど。
「皆様、ご参加されますので~」
「えーと……皆様って、だれ?」
「三人の王子様方とジェイク様です」
……王子様……。
えー、まさか。そんな凄い人達と晩御飯を一緒に食べることになるとは……。
そうか、ここはお城だもんね。王子様くらいいるよね。
とはいえ、三人もいるのかぁ……気疲れしそうだなぁ。
ああでも、確かジェイクさんが『魔王候補者は私の他に三人いる』と話していたのだ。
「もしかして、その王子様方が……魔王候補?」
「はい、そうです!」
――やっぱり。でもなら、ちょうどいいかも。
チャンスがあれば、彼らの誰かに魔王になって貰えるようエールを送ろう!
「凛音様の御髪はとっても綺麗ですねぇ。うっとりしちゃいます~」
ネリーが髪を丁寧にブラッシングしてくれる。
肌の白さと黒髪だけは私が少しだけ自慢出来るポイントなので、褒められて素直に嬉しい。
「このままでも充分に素敵ですが、少しだけカールさせましょうね。ドレスに似合う様に」
「……ドレス?」
「晩餐会用にドレスをご準備しております。今、お見せいたしますね」
ネリーはぴょんと弾むように後方へとタタタと駆けて行き、クローゼットの中に掛けてあったらしいドレスを手にしてまたタタタと戻って来た。
「はい! こちらでございますっ!」
そうしてバサリと広げられた豪華なドレスは、闇を塗り込めたような漆黒だった。




