○リンデグレン城と厄介な事実:6
浴室に足を踏み入れてみれば、これまた凄い。
やはり白亜仕様の広い空間の真ん中に大きな丸い浴槽があり、その周辺には彫飾りのある丸い支柱がらせん状に配置されている。
窓がない代わりに天井には、薄青色をした大判のやはり丸い飾りガラスが嵌めこまれており、その縁にある段差には小さなカンテラが周りをグルリと囲むように幾つも置かれていて、青ガラスはそのカンテラの光を反射して浴室全体を薄青く神秘的に染めていた。
簡単に言ってしまえば、古代ローマとかギリシャ風とかなのだろうけれど、なんというか演出が凄い。
その上、なみなみとお湯を湛えている湯船には、その一面を埋め尽くすほどに赤い薔薇の花びらが浮かべられている。
その為に薔薇の芳香で部屋は満たされていて、お湯に浸かるだけでも身体が薔薇の香りになりそうだ。
うーん……凄すぎる。落ち着くような、落ち着かないような……。
とにかく桶にお湯を汲んで隅へと移動し、ネリーから貰った石鹸的な物で身体や髪を洗い始めた。
いきなりザバリと浴槽に浸からず、先に身体や髪を洗う。これ、マナーです。
想像通りお湯からは薔薇の良い香りがして、ほぅっと気持ちも解れる。
そうして身ぎれいになり、ようやく浴槽へと身体を沈めた。
「う゛~~~~~~~~~」
うっかりおじさんみたいに唸ってしまったが、それくらい身体が緊張で張っていて、声でも出さないと力が抜けない。
ぴちゃり、と音を立てて浴槽の縁に両腕を乗せて、そこに右頬を寝かせる。
湯面でゆらゆら揺れる薔薇の花びらをぼんやり眺めながら、頭の中に散乱した言葉や思考をかき集めて並べてみた。
――魔王になる気なんてない。
なんの魔法も使えないんだから、なれないと思うし。
『魂の欠片』ってなに? なんで『欠片』なの?
私の魂の一部は初代魔王の転生したものって……なんでそんなことが分かるの?
もしかして、人違いじゃないのかな?
こんな異世界で魔王なんてやりたくないよ。
家に帰りたいし、友達にも会いたい。お父さんもお母さんも、きっと心配してる。
今の人間界では、私や先輩は行方不明という事になってるんだろうか?
早く元の生活に戻って普通の生活を続けて、普通に恋をして――
旭先輩の敵になるなんて嫌だもん。だって、好きな人なのに……。
よしっ! まず、その旨をジェイクさんへしっかり伝えよう!
それから、人間界への帰り方を訊いて、先輩と一緒に帰れれば――
でもその前には、先輩の記憶をなんとか取り戻さないと……。
記憶が戻ったら旭先輩も返りたいって思うよね、きっと。
それとも、もう記憶は戻っていて、先輩もどうにかして帰ろうって思ってるかも……。
ああでも……先輩の魂は初代勇者そのものなんだった。
だったらもう先輩は、元の世界に戻りたいなんて思わなくなっちゃうのかな……?
――旭先輩に会いたい。
会って色々話したい。どうやったら、先輩に会えるんだろう?




