第5話 子猫とお嬢様
さて今日から行動開始だ。
そう意気込んで教室に入った。
「ヒロくん、おっはよー」
「おはよう、恵。今日も早いな」
「姉さんが生徒会の関係で早めに来るんだ。だから必然的にボクも早く来ることになってるんだ」
「そうか、色々大変そうだな」
「うん、今は来週から始まる部活勧誘の準備に忙しいんだって」
「ほー、この学園でもそういうのがあるんだ。てっきりお嬢様ばっかりだから部活動なんてないのかと思ってたよ」
「あはは、確かにお嬢様が多いけど結構バラエティーに富んだ部活があるみたいだよ」
「なるほど、まあ俺には関係ないか」
「えー、ヒロくんは何も入らないの?」
「男の異物が混ざるわけにはいかないだろう」
「そうかな? 大丈夫そうな所もあるよ」
「う~ん、じゃあ色々見てみるよ」
まあいつ未来の指令が入るかも分からないから、部活動なんてする暇なんてないだろうけどな。
「恵はどこかに入るつもりなのか?」
「実はボクも迷い中なんだ。あと姉さんから生徒会にも誘われてるし」
まあ、あの変態シスコン姉ならば手元に置きたがるだろうな。
「そうか、良さそうなところがあったら教えてくれ」
「まかせて~、来週から体験入部できるから色々回ってくるよ」
キーンコーンカーンコーン
さて今日もまじめに授業を受けますか。
ふぃ~、間に合った。やっぱトイレが1ヵ所にしかないのは不便だな。問題点として上げておこう。
とそこで竜泉寺がトイレに入ってきた。
「よう、やっぱりトイレが遠いここにしかないのは不便だな」
「うむ、確かに不便だな。だが現状5人のために増設するというのは難しかろう」
「そりゃそうだな」
「そういえばだが、軽井健二を覚えているか」
「うん、そりゃもちろん覚えているよ。そういや昨日カフェテリアでお前達がいるのは見たけど、あいつだけ居なかったな?」
「実は今日になって遠い離島の学校に転入することになったらしい」
はあ? なんで入学から3日しか経ってないのに。
「おい、一体何があったんだ?」
「いや、この情報もさっき知ったばかりでな」
「そうなのか、じゃあ何か分かったら教えてくれ」
「ああ、そっちも何か分かったら頼むよ」
そういって情報を交換してトイレを出た。
一体何が起こったんだ? 自主的なら辺鄙な離島なんて行かないだろうし。これはちょっと情報を集めてみるか。
えーと確か同じクラスは・・・・・・
1組:黒田ヒロ・白石恵
2組:竜泉寺兼嗣・山県忠志
3組:鞍馬義昭・軽井健二
の組み合わせだったよな。よし鞍馬に話を聞きに行くか。
待てよ、確か鞍馬って会話するのが難しそうなタイプだったよな。まずメールで聞いてみるか。
さっそくスマホを取り出しメールを送信っと。
「よし、これでよし」
ピロンっとメール着信を知らせる音が。
「はやっ、送ってまだ1分も経ってないのに!」
どれどれとメールを読んでみた。
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情報が早いな。こちらも詳細を調べている。
ただ昨日まではごく普通に登校していた。
やつは唯一の男のクラスメイトということで、最初はよくオレに話しかけていたが、オレの会話のペースに合わないためか、次第に会話をしなくなった。
その最初の会話の内容だが、くだらないことにあの女は可愛いやどうにかしてお近づきになりたいとかいう会話が9割だった。恐らくその関係でなにかをやらかしたんだろうと睨んでいる。全く三次元の女のどこがいいのだか。
ちなみに、やつの携帯に掛けてもすでに解約されているらしく繋がらない。
今学園のサーバーにハッキングをしかけて調査している。
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すっげえ。いつもは単語単位でしか喋らないのに。しかしハッキングって大丈夫なのかよ。
意外と頼りになりそうだし、これからもメールで情報交換しよう。
さて教室に戻って恵に聞いてみてが、やはり初めて聞いたらしく新しい情報は得られなかった。
恵も何か分かったら教えてくれることになっているので、協力者が増えただけよしとしよう。
その後も普通に授業が進んでいき帰宅の時間になってしまった。
何も情報が集まらずか。いっそのこと学園長に聞いてみるかな。あっさり教えてくれるか分からないが。
明日配るためにプリントをコピーしながらそんなことを考えていた。
学級委員のみずきが他の用事を承っていたので、結果的に副委員である俺にコピーをする仕事が回ってきたのである。
よし、後はホッチキスで留めて終わりっと。さて帰るか。
そう思い自転車を止めている駐輪所に向かった。
その途中子猫のにゃーと鳴く声と、どこかで聞き覚えのある女子の声が聞こえてきた。
「ま、待っていなさい。今、私があなたを助けてあげるわ!」
あの声、もしかして東別院香織なんじゃ?
そう思って近付いてみるとやはり本人だった。よく見ると木の枝の所に子猫が乗っており、どうやら降りられなくなっているようだった。
「東別院なにやってるんだ?」
「くっ、よりにもよって庶民とは。仕方ありませんわ。今すぐ消防隊を呼びなさい!」
・・・・・・どうやらこのお嬢様は子猫の救出に消防隊を呼び出すようだ。まあお嬢様なら呼び出しても問題にはならないんだろうな。
さすがに消防隊の人に悪いので自分で何とかすることにした。幸いそんなに高い位置でもないし。
「いいよ、俺が助けるから」
「なっ、庶民のあなたにそんなこと出来るはずがありませんわ」
「いや、消防隊の人も庶民には変わりないだろ」
「何を言います、あの方達は専門の訓練を積んだプロフェッショナルですわ」
「いや、そりゃそうだけどさ。たいした高さじゃないし俺がやってみるよ。ダメだったら呼べばいいだろ」
「ふん、精々頑張ってみなさい」
「へいへい、お嬢様」
とりあえず手に持っていた鞄を地面に下ろしブレザーの上着を脱いだ。目標の木はそこまで大きくなく程よく枝が生えていた。それらを手がかりに俺は木を上り始めた。
ほっほっほっとよじ登っていき子猫のいる枝にたどり着いた。手を枝に付きながら移動して子猫に近付く。
「よーし、迎えにきたぞ。こっちにこーい」
出来る限り優しく語りかけたのだが、なぜか子猫が枝の先端の方に後退してしまった。
「ちょっと何をしてるんですの。子猫を怖がらせてはダメですわ」
「いや、俺精一杯優しく語りかけたんだけど」
「顔がダメなんですわ!」
「うるせえ」
「もう、大きな声を上げないでくださいまし。子猫が余計怖がりますわ」
「くそう、ならお前が誘導してくれよ」
「わかりましたわ。さあ子猫ちゃん、あちらのモブな庶民が助けに来ましたから、どうか安心なさいまし」
おい、誰がモブな庶民だよ! と心の中でツッコミを入れながら子猫が近付いてくるのを待ち構えた。
所が、子猫はますます先の細い先端の方に移動してしまい、説得は失敗に終わってしまった。
「おい、さっきより遠くなってるぞ」
「うるさいですわ庶民。やはりあなたの顔がダメなんですわ! 今すぐ顔を変えなさい」
「無茶言うなよ。愛と勇気だけが友達のやつと同じにするなよ」
とその時、強めの風が吹いた。
その風に煽られ子猫が枝からずり落ちる。俺は咄嗟に子猫に向かって手を伸ばし、枝を蹴った
幸い高さ的にそこまで高くなく、さらには下が土ということでなんとか尻餅をついた程度で済んだ。
助けられたためか、その猫は俺の腕の中で大人しくしていた。
「だ、大丈夫ですの?!」
「ああ、子猫はこの通り無事だよ」
と腕の中の猫を見えるようにした。
「いえ、子猫もですけどあなたは大丈夫ですの?」
「ん、俺の心配をしてくれるのか?」
「なっ、だ、誰があなたなんかの心配をしますか」
まあいいか。
「ほい、お嬢様。ご所望の子猫です」
とワザと大業に子猫を引き渡した。その大げさな仕草に少し顔を顰めながらも子猫を受け取った。
「ふふっ、無事でよかったですわ」
「猫が好きなのか?」
「ええ、家にもいっぱい飼ってきますわ」
そういや昨日猫好きで5匹飼っているって情報があったな。
「そいつ首輪をしていないな。迷い猫かな」
「そうですわね。いいですわ、私がこのまま責任を持って家に連れて行きますから」
「そうか、意外と優しいんだな」
「意外は余計ですわ、全く!」
「あとこの子を助けていただいてお礼を言いますわ。あなたは昨日のような庶民とは違うみたいですわね」
ん、昨日?
「なあ、その庶民って一体誰だ?」
「ええ、確か見た目が軽そうな男でしたわ。今年入ってきた中の一人だったはずですわよ」
軽井健二だ、間違いない。
「そいつ、お前になにかやったのか?」
「私の前を遮り付き合ってくれないかと言ってきましたわ。その前から他の生徒達にも同様の行為を繰り返していたらしいので、家の力を使って離島に送りましたわ」
おまえが犯人だったのか!
「そ、そうか」
「あと、私をおまえなどと呼ばないでくださいまし。どうしても呼びたければ、香織様と呼びなさい」
なぜ様付けで。
「わかったよ、香織」
「ちょっと、なんで呼び捨てですの、ちゃんと様を付けなさい」
「じゃあ俺のことをヒロ様と呼ぶんならいいぞ」
「くっ、この男は。もういいわ、私帰りますわ」
「おう、また明日な」
「ふんっ」
そういって振り返らずに校門の方へ歩いて行ってしまった。まあお嬢様だし、校門の外に車を待たせているんだろうな。
おっと俺も我が愛車を出迎えに行かなければ。もっとも俺のはマウンテンバイクでもない、ごく一般的な自転車だが。
ふう、風呂は命の洗濯だね~。今日一日の疲れが落ちていくようだ。
ゆったりとリラックスした状態で、今日一日を振り返っていた。
一番の出来事はやはり軽井健二の消失だろう。よりにもよって庶民嫌いの東別院香織にちょっかいを掛けるとは。
流石に離島はちょっと可哀想な気もするが、遅かれ早かれ問題を起こしてた気がするな。
そういや後でみんなに今回の件の詳細メールを送っておかないと。風呂を出たら送るかと思いしばらく湯に浸かっていた。
風呂から上がり早速メールを送ろうとスマホを取り出した。
そこに例のアプリが起動した。
ちょうどいいや、今日あったことを報告しておこう。
「てわけで、なんとか普通に会話することができたよ」
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『それはスゴイ進歩だね。この分だと案外簡単に誘えそうじゃないか』
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「いやいや、さすがに簡単には無理だろ。やっとスタートラインに立ったところだと思うぞ」
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『なんにせよ、キミの元に遊園地の招待券をおくるからそれを有効活用してね。その券は四人まで無料で入ることが出来るから、他の人を誘いつつターゲットを誘うこと。一対一なら警戒されるけどグループなら誘いやすいでしょ』
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「おお、確かに。でかした未来」
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『うん、とにかくキミの行動に掛かってるから期待してるよ~』
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そういってアプリは終了した。
グループか。確かに他を巻き込んだ方が誘いやすいな。とりあえずは券が届くまでにもうちょっと関係を改善させなきゃならないな。
おっと消失の件のメールを出すのを忘れてた。・・・・・・よし送信っと。
ピロンっとメールの着信が。相変わらずはえーな、おい。
案の定、鞍馬義昭からだった。
内容は詳細な情報をありがとうとお礼の言葉だった。実際に対面したときはほとんど喋らないから、ギャップに驚いてしまうな。まあメールを通してコミュニケーションを取れてるからいいのか。
さーて課題を片づけて後は寝ますか。