やっと、つかまえた。
広場のベンチで将太くんを真ん中に、3人でベンチに座ってお茶を飲む。
初めは将太くんが元気に話していたけど、ちょっと話題が途切れたときに、真悟くんが口を開いた。
「あんた、陽菜子を守れるのか?」
その口調の真剣さにハッとして真悟くんを見ると、さびしそうな顔をしていた。
「陽菜子は・・・いつも一人で我慢しようとするんだ。」
ああ。
それは俺も前から感じてる。
いつも、もっと俺を頼ってほしいって思ってた。
真悟くんはゆっくりと話し始めた。
「うちの親の離婚話が出たとき、母さんは高校生の陽菜子には愚痴を言いやすかったらしくて、夜によく陽菜子に愚痴ってたんだ。俺は台所に行こうとして、何度も聞いた。将太も。でも、陽菜子は俺たちが親のことで不安にならないように、俺たちには何も言わなかったし、俺たちの前では元気にしてた。だけど、一人でいるときは、ため息ばっかりついてた。」
将太くんもその頃のことを思い出したのか、下を向いて静かにしている。
2人とも、見ていることしかできなくて、つらかったんだな・・・。
「陽菜子が中学生のとき、いじめに遭ったこともあったんだ。」
ああ。
そういえば、前に前川が言ってた。
靴を隠されたって。
「俺がまだ6年で、陽菜子が中2のときだ。学校から、泣きそうな顔をして帰ってきたことが何度もあった。でも、俺たちにも親にも、何も言わなかった。」
なんだか・・・悲しい。
「次の年、中学に入学してびっくりした。学校での陽菜子が、小学校のときとか、家での陽菜子と、全然違ってたから。ひっそりして、いつも友達のうしろに隠れてるみたいな。前は・・・家でも、よく笑っていて楽しそうだったのに。」
ああ・・・、そのころからだったのか。
いつか、前川が話していたっけ。
「響希が偶然、誰が何をしたかを聞いてきて、2人で仕返しをした。でも、陽菜子はもとには戻らなかった。・・・ああ、響希には会ったんだよね?」
「うん。」
「結婚するって言ってただろう?」
「うん。」
「あれは、あのときに決めたんだ。響希と俺で、陽菜子を守ろうって決めたとき。響希は俺と双子みたいに育ったから、陽菜子のことが大事なのも同じなんだ。結婚するっていうのは、あいつにとっては本気だよ。」
この2人も、あの響希って子も、みんな、ぴいちゃんのことが大切なんだ。
一人でがんばっているぴいちゃんを見ると、守ってあげなくちゃって、誰でも思ってしまう。
俺も。
「守りたいと思ってるよ。いつも。」
真悟くんがまっすぐに俺を見た。
まだ信じ切ってくれてはいない目をしてるけど。
将太くんが心配そうな顔をして、真悟くんと俺の顔を見比べている。
こんな話、どうしたらいいかわからないのは当然だよな。
将太くんの肩をたたいて笑いかけると、ほっとした顔をした。
そうだよ。
きみはまだ、そんな心配しなくていいよ。
とりあえず今は、これで終了。
たぶん、真悟くんとは、あらためて話さなくちゃならないとは思うけど。
キャッチボールを再開して、また笑いが戻ったところに、ぴいちゃんが迎えに来た。
真悟くんが一緒にいるのを見て、彼女が警戒する。
「真悟が失礼なこと言わなかった?」
「いや。別に何も。」
「それならいいけど・・・。」
そう言いながら、疑わしそうに真悟くんを見ている。
4人で歩き始めたとき、元気を取り戻した将太くんが大きな声で言った。
「俺、響希兄ちゃんや直くんより、藤野くんがいいな!」
ん? 「直くん」って初耳だけど・・・?
「し・・・将太!」
ぴいちゃんが慌ててる。
怪しい・・・。
「直くんって?」
ぴいちゃんには気付かないふりをして、将太くんに尋ねてみる。
「ずっと前に近所に住んでた人で、お正月に遊びに来たんだ。すっごくかっこいいんだぜ。姉ちゃんのこと・・・」
「将太っ!!」
ぴいちゃんが普段は出さないような声で将太くんを止めた。
真悟くんがクスクス笑ってる。
なんとなく察しはつくけど・・・あとで訊いてみよう。
ぴいちゃんの家に着いてダイニングキッチンに案内されると、お母さんとお祖母さんが笑顔で迎えてくれた。
お祖母さんはほんわかした優しそうな人で、ぴいちゃんと雰囲気が似ている。
あいさつをすると、楽しそうにうなずいた。
「陽菜子の周りに集まる男の子は、みんな二枚目だねえ。フフフフ。」
二枚目って・・・俺の外見をほめてるのか?
そんなこと言われたの、初めてだけど?
お年だし(申し訳ないけど)、あんまりよく見えてないのかも。
褒められることには全然慣れていないから、どうしたらいいのかわからなくて落ち着かない。
ぴいちゃんが2人分のケーキと紅茶をお盆に載せて、部屋へと案内してくれた。
さっきは部屋に行くのが不安だったけど、やっぱりお母さんたちと一緒にいるよりは気が休まる。
それに、今は訊きたいこともあるし。
ぴいちゃんの部屋は和室で、机と本棚とタンス、ピンクのホットカーペットの上に小さい丸いテーブル、それと大きな赤いビーズクッションが置いてあった。
すっきりと片付いていて、俺の部屋よりもだいぶ広く感じる。
「どうぞ。」
と言いながらテーブルにケーキと紅茶を並べるぴいちゃん。
それを見ながらまた落ち着かない気分になって、立ったまま、ぴいちゃんに背を向けて本棚をながめる。
けど、目の前の背表紙には何の意味もない。
・・・最初に訊いちゃおう。
「直くんって、誰?」
ぴいちゃんの方を向かないまま、質問。
「・・・・・気になる?」
笑いを含んだ声に振り向くと、ぴいちゃんが楽しげな表情を浮かべて俺を見ていた。
なんとなく自分が子ども扱いされているような気がする。
彼女の近くに座るのに抵抗したくなって、隣にあった机の椅子をくるりと回して腰かけた。
「・・・別に。」
ぴいちゃんから目をそらして、彼女のうしろにある窓から外を見る。
彼女が俺の様子をうかがいながら話し始めた。
「小さいころ、お向かいに住んでた男の子。1つ年上の。」
1つ年上!
たった1才でも、年上って聞くと、ものすごく大人みたいに感じる。
「12月に偶然バイト先に来てね、7年ぶりに会ったんだよ。K高に通ってたの。それがね・・・、」
話しながらぴいちゃんがちらっと俺を見た。
うしろめたいのか? 恥ずかしいのか? 面白がってるのか?
・・・全然わからない。
「ものすごくかっこよくなってて、思わず見とれちゃった!」
え?!
ぴいちゃんが見とれた?!
さっき将太くんも言ってたし、それなら相当・・・。
「お正月にうちに遊びに来て、冬休み中はあたしのバイト先に毎日パンを買いに来て、ときどきメールとか電話もして・・・、」
ちょっと待ってくれよ!
それって・・・?
なんとなく察しはついていたけど、そんなに詳しく聞くと不安になる。
目をそらしていられなくなって彼女を見た。
「2人で出かけた。」
そう言って、ぴいちゃんが無邪気そうな顔をしながら俺の顔を見て・・・吹き出した。
・・・あれ?
もしかしたら、
「うそ・・・じゃなくて、ホントです。」
そこまで言い切る?!
俺が知らないところでそんなことが!!!
学校ではあんなに人見知りなのに、幼馴染っていうだけで、そこまで平気なのか?!
ぴいちゃんはくすくす笑ってる。
なんで、この話で笑ってるのかわからないよ!
「あのねぇ、藤野くん。一緒に肉まん食べた日のこと、覚えてる?」
「・・・うん。」
「あのとき、藤野くんが誘ってくれたのって、あたしが元気がなかったからでしょう?」
「・・・うん、そうだよ。」
「どうしてだと思う?」
「何か、悩んでたって言ってたけど。」
「そうだよ。あの前の日曜日に、直くんから『好きだ』って言われてね。」
やっぱりそんなことが・・・。
かっこいい幼馴染と再会して、デートして、「好きだ」って言われて・・・なんで悩んでたんだ?
「・・・藤野くん、全然わかってないね。藤野くんのひとことで、全部解決したって言ったのに。あたしが今、どうして藤野くんと一緒にいるのか、考えてみてよ。」
・・・あ。
つまり、それって。
「覚えてない? “藤野くんじゃないから悩んでた” って言ったと思うけど?」
それって・・・、そいつに告白される前から、俺を選んでたってこと?
なんだ!
ぴいちゃんはまだ笑ってる。
からかわれたってわかって安心したけど、ちょっと悔しい。
「そうやって、すぐに俺を笑い物にするんだから。」
椅子を回転させて横を向き、机と椅子の背に肘をかけて不機嫌な顔をしてみせる。
「あれ? どうしよう? どうやったらご機嫌が直るのかな?」
もう!
子ども扱いして!
「・・・キスくらいしてくれないと。」
「えっ?!」
やった! 驚いたな。
「そんなこと、急に言われても・・・。」
困ってる困ってる。
「うまくできなかったらどうしよう?」
そっちの心配?!
彼女の様子を横眼で確認する。
テーブルの横に正座して、困ったように首をかしげている。
俺の方を見上げたので、あわててまた知らんぷりをする。
「ちょっと練習してからじゃないと・・・。」
れっ、練習って?!
困らせるつもりで言ったのに、逆になってしまってる。
ぴいちゃんがこんなに平気で俺をからかうなんて!
冗談で言ったとわかっていても、ぴいちゃんが鏡に向かってキスの練習をしているところが頭に浮かんでくる。
その色っぽい表情が・・・ダメダメダメ!
自分の想像を追いだそうと、頭を振ると。
「動いちゃダメ!」
とささやく声がして、フッと唇にやわらかい感触が重なった。
気が付くと、ぴいちゃんが目の前に立って、少し恥ずかしそうに笑ってた。
「藤野くんはときどきぼーっとしてるからね。」
な、な・・・、なんでいきなりこんな大胆なことを?!!
驚いて声が出ない俺をもう一度笑って、ぴいちゃんがさっとテーブルの方に向き直ろうとする。
その動きにつられるように立ち上がりながら手を伸ばしたら・・・届いた。
一瞬後、たった今まで余裕を見せて笑っていた彼女が、俺の腕の中で身を固くしていた。
俺、どうして急にこんなことをしてるんだ?
自分で混乱してる。
ぴいちゃんは・・・恐がってる?
「好きだよ。」
これ以外には、言うべき言葉が見つからない。
ただそれだけ。
だから安心して。
ぴいちゃんがゆっくりと緊張を解いて、俺の肩に頭をあずけてきた。
やっと、つかまえた。
臆病な小鳥。
それからそっと、彼女の手が背中にまわされて・・・。
「・・・思い出した。」
え?
「何を?」
「浴衣を着せてあげたときのこと。」
そう言いながら、俺の肩に額をつけたまま、くすくすと笑っている。
たしかに似てるけど・・・全然違うよ!