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ぴいちゃん日記  作者: 虹色
それぞれに、春は来る。
92/99

次は年下?



岡田が小暮にOKしたあと、一度、じっくり話をした。

岡田は、俺の方がぴいちゃんをちゃんと見ているって言った。


「藤野がぴいちゃんに気付いたのはいつだ?」


と、岡田が尋ねた。

なんでそんなことを訊くのかと不思議に思っていると、


「顔と名前が一致したのはいつごろだ?」


と重ねて訊かれて


「2年になって、3、4日過ぎたくらいかな。」


と答えると、岡田が驚いた。


「何もなかったのにか?」


「え? 本読んでたよ。一人で。」


「それだけ?」


「うん、まあ、特別なことは何も。」


そう。

目立たないことが彼女の特徴だった。


「そうか・・・。」


それから岡田はため息をついて、言った。


「俺は1年から一緒だったけど、ぴいちゃんをちゃんと見たのは去年のバスの事件からだ。それまでは、知っていたけど、いないと同じだった。」


「そうかもしれないけど。」


「藤野はずうっとぴいちゃんを見てるんだな。」


「うん。それしかできないけど。」


ずっと彼女を見てきた。


小鳥のヒナのように、周囲をおずおずと見まわしているところ。

一歩踏み出しては、すぐに逃げかえってしまうところ。

ようやく安心して、彼女の世界が広がっていくところ。

でも、うっかりすると、今でもたちまち飛び去ってしまいそうになる。


「俺もぴいちゃんを見ているつもりだったのに、気付いたら、目を離してたことがあって、ものすごく後悔した。」


「へえ。いつ?」


「初詣。あの人混みで小暮と話してたら、気付いたときにはぴいちゃんがいなかった。はぐれたと思って慌てて見回したら、お前のそばにいて、ほっとしたけど。」


なんだ。


「それって、小暮に見とれてたってことじゃないのか? 吉野を忘れるくらいに。」


岡田が驚いた顔をした。

そんなふうには考えてなかったのか。


それから笑った。


「ああ、そうか。じゃあ、あのときから、小暮のことを好きになったのかも。」


あー、はいはい。

向こうも岡田のことを好きでよかったな。


「小暮は俺がぴいちゃんを好きだって知ってて、断られても平気だって言ってくれた。俺のことも、ぴいちゃんのことも恨まないって。そんなふうに言ってくれたあいつのことを、すごいなって思った。」


小暮のことを “あいつ” なんて言うんだ・・・。


「話してるうちに、修学旅行のときのこととか、一緒に勉強したり、遊んだりしたことを思い出して、小暮と一緒に、いろんなことを考えながらやっていくのもいいなって思った。だけど、本当はその前から、あいつのことが好きだったのかもしれないな。」


そう言って嬉しそうに笑う岡田は、ちょっと大人になった感じがした。




それから、俺とぴいちゃんは、なんとなく2人でいることが増えた。

何日か前に最後の席替えがあって、彼女は最初の席替えのときみたいに男に囲まれた席になってしまい、休み時間には自分の席に居づらい。

以前にくらべると、男と話すことも少しはできるようになっているけど、遠慮なく話すのは、やっぱり無理。

今までどおり、休み時間は和久井や小暮と一緒にいることが多い。でも、たまに廊下でぼんやりと中庭を眺めていることがある。

そんなときは隣に行ってみる。

最初の1、2回は、ほかの生徒の目が気になるらしくて戸惑った顔をしたけど、今はあきらめたのか、慣れたのか、ちらっと目を上げて、俺だと確認するとかすかに微笑む。そして、ちょっと話をする。

放課後、部活に行く前に話をすることも増えた。前みたいに他愛ない話で笑ったりして。


俺とぴいちゃんは前と同じ・・・はずなのに、何か違う。


たまに、不思議そうな顔で首をかしげて、大きな目でじーっと俺を見ていることがある。

目が合うと、すぐにそらされてしまうのは相変わらずだけど。

彼女がそういう顔をしているときは、何かじっくり考えているときだ。

いったい何を考えているんだろう・・・?




うちの学校の入試が終わって、1週間後の合格発表の日。

授業をやってる時間中に、中学生が結果を見に来る。

茜も来ているはず。

指定された時間は午後4時までだったけど、午前中に来るって言ってたから、もう帰っただろうな。


その日の放課後はぴいちゃんと一緒に教室を出て、のんびりと話しながら昇降口から中庭に出た。俺は部活、ぴいちゃんはバイトのために帰る。

正門側の校舎の1階は一部分がトンネル状になっていて、教職員玄関から事務室に入れる。トンネルの壁に合格発表の紙が貼り出されていて、中学生が何人か見ていた。

念のため、茜がいないか確認・・・。大丈夫だ。

すると、その中の一人がこっちを向いた。

ひょろりと背が高い男の子。制服が短くなってるところを見ると、最近、背が伸びたらしい。


「陽菜子〜〜〜〜! 俺、合格したよ〜〜〜!」


「陽菜子」って言ったし、俺たちに向かって手を振ってるけど・・・?


ぴいちゃんを見ると、驚いて目を丸くしている。

走って来るその子を見て、


響希(ひびき)?!」


と叫んだ。


“ヒビキ” って、聞き覚えがある・・・。

と思う間に。


え?!


響希は長い脚であっという間に走って来て、ガバッとぴいちゃんに抱きついた!

まるで恋人同士みたいに。

小柄なぴいちゃんが見えないくらい、ガッチリと抱きついている。・・・いや、抱き締めてるっていうのか?

それから・・・びっくりしている俺を見て、ニヤリと挑戦的に笑った?!

その彫りの深い端正な顔立ちに、一瞬ひるんだ自分がくやしい。


「響希、苦しいよ。」


ぴいちゃんが響希の腕をたたきながら言うと、響希はその腕をゆるめて、ぴいちゃんの両肩に手をかけた。

まさか、そのままキスしたりしないだろうな?!

なんで、ぴいちゃんは平気な顔をしてるんだ?!


いい加減に手を放せよ。


・・・と言いたいけど、ぴいちゃんとは親しい知り合いみたいだし、中学生相手にムキになるわけにもいかない。


「知り合い?」


波立つ心を隠して、おだやかにぴいちゃんに尋ねる。


「うん。そうなの。引っ越す前まで隣に住んでたの。まあ、もう一人の弟みたいな。」


「初めまして、先輩。早瀬響希です。」


うわ。いきなり優等生のふり?

でも、さっきの顔は絶対に忘れないからな。


「藤野くんだよ。野球部の部長さんなの。」


「4月から後輩です。よろしくお願いします。」


そう言って、響希はにこにこと右手を差し出す。


握手って、あんまりしないよな・・・? と思いながらも、差し出されたら仕方ない。

一歩近寄って響希の手を握る。

と。

響希はまっすぐに俺と目を合わせて、小声で言った。


「真悟から聞いてますよ。藤野先輩。」


思い出した!

あのときに聞いたんだ!

下の弟の名前じゃなかったのか・・・。


手を離すと、響希はまたぴいちゃんの肩に手をかける。

やたらと触るヤツだな!


そして。


「陽菜子は俺と結婚する予定なんです。軽々しく近付かないでください。」


「響希!」


あきれている俺の前で、ぴいちゃんが響希の頭をげんこつで殴った。

ぴいちゃんが小さいから、げんこつがこめかみのあたりに当たって、響希が頭を抱えてうずくまる。


ざまあみろ。

だいたい「結婚する」なんて、幼稚園児か、お前は!


「もう! 手続きが終わったんなら、さっさと帰りなさい!」


ぴいちゃんに厳しく一喝されても何でもないらしく、にこにこと手を振りながら、響希は待っていた友達と一緒に帰って行った。


4月からあいつが来るのか・・・。

ちょっと面倒なことになりそう。


「びっくりしたでしょう?」


ぴいちゃんの声に我に返る。


「あ、うん。ちょっと。」


「ああやって抱きついても、気にしないでね。響希の背が伸びちゃって、私とバランスが逆になっちゃってるけど、あれは子どもが親とかお姉ちゃんとかに抱きつくのと同じなんだから。」


うそだろ?!

あの表情は、絶対に違う!


「外ではやるなって言ってあるのに、ほんとに子どものままなんだから、困っちゃう。でも、まさかうちの学校を受けてたなんて。」


ぴいちゃん、寛大すぎるよ・・・。


岡田がぴいちゃんから遠ざかったと思ったら、今度はあいつ? なんで次々と・・・。








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