初詣
1月2日。みんなで初詣。
朝8時に、ぴいちゃん以外の5人で駅で待ち合わせ。
初めて自分で買ってきた服が一人だけ浮いてたらと心配で、映司と岡田がどんな服装で来るのか気になる。
今まで、こんなふうに気にしたことがなかったのに。
駅に着くと、小暮と和久井が先に来ていた。
和久井は水色の短めのコートに細身のジーンズで普通な感じだったけど、小暮が大人っぽくて驚いた。
襟と袖口にぬいぐるみみたいな毛がついた、ウエストがほっそりした白いコートに、黒いブーツを履いている。目が大きくて小さい顔によく似合って、ハンドバッグを持った姿はお嬢様っぽい。
あとから来た岡田に
「大人っぽいな。」
と感心されて、
「お姉ちゃんから借りたんだけど・・・。」
と恥ずかしそうに答えた。
それを聞いた岡田が嬉しそうに、
「俺も兄貴に借りてきたんだぜ!」
と笑った。
そういえば岡田には、去年社会人になったお兄さんがいたんだっけ。
濃いグレーのダッフルコートに、黒いパンツを合わせている。
映司は黒のダウンにジーパン。
・・・とりあえず、浮いてなさそうか?
いつも俺をからかう和久井が何も言わないので、ちょっと安心した。
ぴいちゃんが合流する駅に電車が入ると、窓から彼女を見つけた和久井が手を振った。
ゆっくりになった電車の窓から、ぴいちゃんが笑顔で手を振り返すのが見える。
赤いコートにグレーの毛糸の帽子をかぶっている。
なんていうか・・・あらら、だ。
全体の雰囲気が、あまりにもかわいくて。
ホームをちょっと走って、俺たちのそばのドアから入って来たぴいちゃんは、“これこそぴいちゃんだ!” っていう感じにかわいらしかった。
大きめの赤いコート。
手袋とおそろいのグレーの毛糸の帽子には、赤い毛糸玉のかざりがついている。
コートの下からのぞくチェックのスカートと、足首までの暖かそうなブーツ。
そして今日は、髪を左右2本の三つ編みにしていた。
いつまでも見ていたいくらいかわいい。
何も言葉が出てこない。
「あけましておめでとうございます。」
ぴいちゃんに丁寧に新年のあいさつを言われて、我に返ってあわててあいさつをする。
下げた頭をあげると、またぴいちゃんに視線が戻ってしまい、何も言えなくなってしまう。
もしかしたら、俺、すごくニヤケた顔になってるかも・・・。
「ねえ。ぴいちゃんと藤野くんのコートっておそろい?」
「えっ?!」
「なっ?!」
ここで来たか!
和久井お得意のいきなりな指摘。
あわてて、お互いに自分のコートと相手のコートを見比べる。
ほかのメンバーも。
「ち、違うみたいだよ! ほら! あたしのはボタンがダブルだし!」
ぴいちゃんの大急ぎの反論。
確かにそうだ。
でも、生地とか、シルエットとか、飾りがないデザインとか、色以外はよく似ている。
(前田さん、ナイス〜!!)
・・・と思う一方で、ぴいちゃんの反応が気になる。
「ああ、ホントだ。よく見ると違うね。でも、並んでると、色違いのおそろいみたいだよ。」
和久井はあきらめない。
おそるおそるぴいちゃんを見ると、彼女も俺を見返した。
彼女が困っているのがわかる。
「もし、気になるなら脱いでおくけど・・・。」
ちょっと寒いけど仕方ない。
「え?! いいよ、そんなことしなくても! 似てるけど、違うんだから。」
そう言われても、ぴいちゃんは確かに困っているみたいだし、和久井は人が悪そうな笑いを浮かべている。
なんとなく、落ち着かない。
「それに、並ばなければわからないし。」
え?
それはそうだけど・・・。
ぴいちゃんがさっさと小暮の向こう側に移動する。
「ほら。里緒と並ぶと、紅白で縁起がよさそう。」
その言葉に、みんなが笑う。
まあ、いいか。
今日のぴいちゃんは、見てるだけでも楽しい気分になる。
鎌倉に着くと、駅からすでに参拝客で混みあっていた。
これならきっと、目的地まで迷うことなく行けるだろう。
人の波に乗って、話したり、笑ったりしながら、のんびりと歩く。
境内に着くと、だんだんと周りが人でいっぱいになり、6人で固まっているのが難しくなってきた。
「お参りをしたら、左の方で集合ってことにしよう。」
和久井が俺たちに言う。
そういう約束をしておかないと、いくら携帯を持っていても、バラバラになったらなかなか会えないだろう。
まあ、和久井には映司がついているから、いざというときでも大丈夫だろうけど。
ぴいちゃんと小暮は、岡田と俺の間に・・・いるはずだったのに?!
小暮の白いコートは冬の黒っぽい服装の集団の中で、右の少し前に、すぐに目に付いた。その隣に背の高い岡田の姿が見える。
ぴいちゃんは?
彼女のグレーの帽子を思い出して見回しても、小暮と岡田の周囲には見えない。
はぐれた?!
あせって右、左、と見回していると、右腕をがしっとつかまれた。
その赤い袖とグレーの手袋を見てほっとする。
右側の人波の中から、俺の腕を頼りに、ぴいちゃんが抜けだしてきた。
だいぶ頑張ったらしくて、赤い顔をしている。
「暑い!」
そう言いながら、帽子を脱ぐと、くるくると丸めている。
両手を使うために俺から手を離して、そのまま腕を組むように自分の腕をくぐらせたのは・・・無意識か?
この際、そんなことに構っていられないってこと?
でも、俺を頼ってくれてるってことは間違いない。
俺の腕にくっつくような態勢で、ぴいちゃんがいる。
「大丈夫か?」
帽子をコートのポケットに詰め込んだぴいちゃんに尋ねると、彼女が帽子で乱れた髪を整えながら、顔をあげてうなずいた。
いつもより距離が近いことにあらためて気付いて、ドキドキしてしまう。
ぴいちゃんが、俺の鼓動に気がつかないといいけど。
「すごい人数だね。前の人について行ったら、誰も見えなくなっててあせちゃった。」
そこで、自分が俺と腕を組んでいることに気付いたらしい。「ごめんなさい!」とあわてて腕をほどいた。
残念。
2人で横に並んで進む。
冬休み中のできごとを話しながら階段にさしかかったとき、ぴいちゃんを俺の前に入れてあげた。これなら、俺が盾になって、彼女が楽なんじゃないかと思って。
ぽつぽつと話しながら3分の1くらいまで上ったとき、彼女が困った顔をして振り向いた。なんとなく顔が赤い。
何か言いかけて、また前を向き、もう一度振り向く。
トイレでも行きたいのかな?
けっこう時間がかかっちゃったし。
でも、俺から言うのもなんか・・・。
「あの。」
ようやく小さな声が出たぴいちゃんに、耳を近付けると・・・。
「この位置関係って、ちょっと恥ずかしい・・・。」
え?!
「ごっ、ごめん!!」
たしかに話すときに顔が近いけど。
そんなこと言われたら、俺まで恥ずかしくなってきた!
また心臓がドキドキしてきたよ・・・。
でも、どうすればいいんだ!!
「あのう・・・。横に並んでもらってもいい?」
半分パニックで声が出ない俺はこくこくとうなずいて、人波のタイミングを見計らって、ぴいちゃんの右側へと一段上る。
ぴいちゃんがほっとした様子で小さくため息をついたのがわかった。
あんなに言いにくそうにして、それでも言ったってことは、よっぽど恥ずかしかったんだろう。
「気がつかなくて、ごめん。」
ゆっくりと深呼吸をして、やっとひとこと言えた。
「あ、違うよ。あたしがあんまり慣れてないから。」
いや、慣れなくていいんだよ!
・・・俺以外には。
混んでいる階段をゆっくりと上るのはけっこう根気がいる。
目の前でバランスをくずした男の人に驚いて、ぴいちゃんもバランスをくずしかけ、あわてて俺の腕にしがみついた。
「ええと・・・。つかまっててもいいよ。」
俺から言い出してもいいかどうか迷ったけど、この状況を考えて口に出してみる。
ぴいちゃんはちょっと俺の腕を見てから、にっこりして言った。
「ありがとう。そうする。」
それから俺のコートの左袖の肘あたりをギュッと握る。腕じゃなく、袖の布だけ。・・・ぴいちゃんだもんな。
彼女の行動をちょっと残念に思いながら、今度はその腕をどうすればいいのかと悩む。
手をブラブラさせておくのも不自然に思えて、ポケットに突っ込んだら、ちょっと落ち着いた。
という暇もなく、今度は左側から押されて、ぴいちゃんが俺の腕に押しつけられる。
胸とか、あたってるんじゃないだろうか?!
冬でよかったー!
これくらい着込んでると、刺激は少ない。
そうは言っても、心臓の音が、自分で聞こえるような気がする。
彼女にとっては、棒につかまってるのと同じだと、自分に言い聞かせてみる。
いや、棒じゃなくて、せめて手すりかな。
いやいや、自分の腕が棒とか手すりとか、くだらないことを考えてる場合じゃない。
こんなチャンス、二度とないかもしれないのに。
いや、チャンスって言っても変な意味じゃなくて・・・。
“変な意味” って、何考えてんだ、俺は?!
「藤野くん。」
「あっ、は、はい。」
ぴいちゃんに名前を呼ばれて、あせって横を見て・・・近くて、またあせる。
「あたし、嫌な顔してた?」
「え? いつ?」
俺、なにか変なことやったか?
セクハラみたいなこと?
態度には出さなかったつもりだけど・・・。
「なっちゃんに、おそろいじゃないかって言われたとき。」
ああ。あのとき。
よかった・・・。
「してなかったよ。」
「それならいいけど。藤野くん、『脱いでおこうか』って言ったから。」
「ああ、うん。」
「気を遣ってくれて、ありがとう。」
そう言って恥ずかしそうに笑って下を向いた彼女を、今は自分が一人占めしているんだと思ったら、すごく満足な気分。
今日はもうこれ以上、何も起こらなくてもいいや。