初めてのお買いもの
テストが終わって、普通の毎日に戻ったと思ったら、あっという間に冬休み。
今年は23日の祝日が金曜日だから、その前日で授業は終わった。
部活で学校には行くけど、ぴいちゃんには会えない。
夏休みには、そんなことは全然気にならなかったのに、今ではこんなにさびしくて、学校での重要度が、部活とぴいちゃんが同じくらいになっていたことに気付いた。
毎日、部活のために学校に通いながら、門を入るときに、自分の教室を見上げてみる。
校庭から、彼女が散歩していないかと、校舎の窓を見てしまう。
もちろん、いるはずがない。
家が遠いから、どこかでばったり会う、なんてこともない。
メールは、何回か送ってる。
その度に、きちんと返事は来るけど、ぴいちゃんから先に送って来ることはない。
いろんなことがあって、今では “一番仲良しの友達” なんて言ってるのに。
ぴいちゃんに対する俺の気持ちは、クラスや野球部の中でも知られてきている。
教室でアメを大量にあげたり、一緒に帰ったり(岡田もだけど)していたから当然だ。
ときどきからかわれることもあるけど、そんなことは全然なんでもない。
彼女に対する気持ちには、やましいところなんてないから。
ただ、ぴいちゃんのことは心配だった。
今のところぴいちゃんは、俺の「運命の女性」の話を信じていて、それで安心して俺の近くにいる。
自分が特別じゃないから安心なんだ。
じゃあ、自分が特別だってわかったら?
今までに彼女が言ったことや態度を思い出すと、自分が特別だと気付いたら、俺から離れようとする可能性が高い。誰かに俺を譲るために。
そうしながら、俺に対して罪悪感を感じてしまうだろう。
もっと早く気付けばよかった、とか、自分が近付き過ぎたとか、自分を責めて。
そうじゃないにしても、誰かが自分を傷つけようとしているかもしれないと思って、不安になってしまうかも。もしかしたら本当に、そういう心当たりがあるのかもしれない。
そういうときでも、ぴいちゃんは一人で我慢してしまうだろう。
俺を心配させないように何も言わずに、自分一人で。
そんなことはダメだ。
俺が彼女を想うことで、彼女が傷つくのは悲しい。
彼女を守りたいのに、俺の気持ちがそれとは逆の結果を招くなんていやだ。
どうか、まだしばらくは、ぴいちゃんが俺の気持ちを知らないままでいられますように。
俺じゃなくても(俺でありたいけど)、彼女が頼ったり、甘えたりしてもいい誰かがいるんだと、信じられるようになるまで。
『初詣に行きませんか。』
今年の部活が終わった12月28日の夜、ぴいちゃんからメールが来た。
タイトルを見て、気持ちが舞い上がる。
デートの誘いか?! ・・・と思ったら、本文の出だしには
『みなさま、お元気ですか?』
と書いてあって、がっかりした。
それにしても、ぴいちゃんらしい、礼儀正しい書き出しだ。
岡田も同じような反応をしてるんだろうかと思って、一人で笑ってしまう。
和久井と相談して、鎌倉に行くことに決めたらしい。
メンバーはいつもの6人。(最近は小暮も “いつもの” の1人だ。)
ぴいちゃんは途中の駅で合流する、という内容だった。
OKの返事を送ってから、あと何日あるのかとカレンダーを見る。
よく考えたら、着て行く服がないような気がする。
今まで遊びに行ったときは、男ばっかりだし、適当に選んだ服を着ていた。
そもそも、自分で服を買いに行く暇がなくて(興味もなかったし)、俺の服は、見かねた母親が買って来たものが多い。あらためて気付くと、マザコンっぽいな・・・。
仕方ない。
明日、買いに行ってみるか。
翌朝、朝食のときに服を買いに行くと言うと、父親は読んでいた新聞越しにちらりを俺を見ただけだったけど、母親と茜がものすごく驚いた。
・・・だけじゃなく、母親は大喜びで洋服代をくれた。
「ようやく、そういうことに気を遣えるようになったのねぇ♪」
服装に気を遣わないのはお子様の証拠だと思って、心配していたらしい。
茜は、俺が趣味の悪い服を買わないようにと、“ここなら間違いない” という店を何軒か教えてくれた。
「本当は一緒についていきたいけど、塾があるから。」
よかった。
妹と一緒に服を選びに行くなんて恥ずかしい。
でも、こんなに喜ばれたり心配されたりすること自体、子ども扱いなんじゃないのか?
家族の愛情を微妙な気分で背負いながら、電車でいくつか行ったところにある大きな街に出かける。
ここには友達と何度も遊びに来ているから、道に迷ったりすることはない。
だけど。
いつもと違う目的で、一人で歩いていると、なんとなく勝手が違う。
とりあえず、茜に教わった店を回ってみよう。
一軒目。
・・・これか?!
絶対、俺が着るような服じゃないだろう?!
黒い革ジャンに細い皮パンツ姿のマネキンが、店の入り口を飾っている。
店の中から大きな音でロックが流れてくる。
あり得ない!
茜のヤツ、こういう服を着ろって言ってるのか?
絶対に、俺には似合わない!
店の様子に恐れをなして、急いで通り過ぎる。
とにかく次の店へ。
今度の店は少しは落ち着いた雰囲気でほっとする。
俺でも着やすそうな商品が並んでいるし、これならなんとか・・・。
店に入ってから、何を買ったらいいのか考えていなかったことに気が付いた。
コートか? シャツか? セーターか? 靴か?
いったい、いくらかかるんだ?!
「どんなものをお探しですかー?」
棚の前で考え込んでいたら、若い女の店員に声をかけられてびっくりした。
「こちらの商品は人気があってぇ、もうこれで最後なんですよー。」
甲高い声でそう言いながら、俺の前の棚からポロシャツを出して広げてくれる。
「こんなふうに合わせていただくとー・・・。」
そう言って、隣の棚に積んであったセーターを1枚とって、重ねて見せてくれた。
「いかがですかー?」
・・・悪くはないけど、この店員さんが苦手だ。
こんな調子ですすめられたら、欲しいかどうかわからないまま買うことになりそう。
早く出よう。
もごもごと言い訳をして、なんとか店を出る。
たった2軒で疲れた気分になって、のろのろとショッピングモールを歩く。
茜に教えられた店はあと1軒あるけど、もしかしたら、このまま何も買わずに帰る羽目になるかも・・・。
と。
いつもはいているジーパンのブランドの看板が目に入った。
ジーンズ屋には何度か行ってるけど、普通の服には気付いたことがなかった。
軽く驚きながら店に入ってみると、上着から靴やバッグまで、どれもジーパンに合いそうなものがそろっている。
ここなら大丈夫かも。
そうは言っても、やっぱり何を買ったらいいか困って、ハンガーに掛けられた服の間をぼんやりと歩くだけ。
「高校生?」
男の声で尋ねられて顔をあげると、ハンガーの服の向こう側から、無精ひげの似合う男の人が親しげな様子でこっちを見ていた。
20代後半くらい? 名札をしているので、店員だとわかる。
ジーパンに前ボタンのシャツの袖をめくって無造作に着ているだけなのに、なんだかかっこいい。
「はい。」
なんとなく、素直に返事をしたくなった。
「何か探してるものはあるの? 上着とか?」
「あ、はい。」
うん。
とりあえずは上着だ。
その人(名札に「前田」と書いてあった。)は俺をざっと眺めると、壁際のハンガーの列から、紺色のコートを出してきてくれた。
学校用のコートみたいな生地で、ちょっと重そうかなと思って持ってみると、意外に軽い。
フードもベルトもなくて襟があるだけの単純なデザインで、お尻が隠れる長さ。
肩のあたりがゆったりしてて着やすかったし、ジーンズ屋だけあって、ジーパンとも相性がよさそうだった。
値段は・・・? これなら大丈夫そうだ。
「これにします。」
ほっとしながらそう言うと、前田さんは確認するように、そのコートを着た俺を見て、
「うん。似合うよ。」
と、にこやかに保障してくれた。
よかった!
コートを受け取りながら、前田さんが、中に着る物や靴は必要かと訊いてくれる。
前田さんのセンスと頼みやすい雰囲気がありがたくて、思い切って予算を言って、その範囲で選んでもらうことにした。ほかの店で、こんな幸運に出会える可能性は低い。
前田さんは、落ち着いたペースで俺がどういう服を持っているか訊いてくれながら、暖かそうなチェックのシャツと、茶色の靴を選んでくれた。ジーパンはいつもので間に合う。
これでどうにか出かける用意ができた!
レジでお金を払うとき、前田さんが少し声をおとして尋ねた。
「デートかな?」
「えっ? いえ、あの。」
慌てふためいてどもる俺を見ないようにして、クスリと笑いながら服を紙の手提げ袋に入れる。
それから、
「頑張ってね。」
と言って、袋を渡してくれた。
・・・はい。
頑張れるといいと思ってます。
家に帰ると、待ち構えていた母親が「ちょっと見せなさいよ〜。」とか言いながら寄って来た。
無視すると部屋まで来そうだし、お金を出してもらった手前もあって、仕方なくリビングで服を広げる。
「へえ。初めてにしては、けっこう上手に選んできたわね。似合いそうだし。」
母親にもOKを出されてほっとする。
と同時に、ハッとした。
考えたくないけど、俺って、やっぱりマザコンか?