ぴいちゃん争奪戦?
月曜日。
今日こそはぴいちゃんとゆっくり話そうと、学校へ着く時間を考えながら家を出る。
金曜の朝に見た光景は、土日でどうにか封印した。
あのあと、ぴいちゃんの様子はいつもと変わりなかったし、帰りも一緒に帰ったからきっと大丈夫。
あの日、小暮たちが到着する時間と、ぴいちゃんが到着する時間はそれほど離れていなかったから、ぴいちゃんのすぐあとに教室に着けばいい。
そうだ!
同じ道を通るんだから、途中で待ってればいいじゃないか。
・・・でも、いつも別れる場所だと、人通りが多くて難しいか。それに、なんとなくわざとらしいし。
待つなら、もう少し先のコンビニだな。
コンビニの手前でスピードを落としかけたとき、そこから出てきた自転車の女子高生。
やった!
あの姿はぴいちゃんだ!
ピッタリのタイミング。
「吉野!」
なんて呼ぼうかとちょっと迷って、学校用の名前で呼びかける。
「あ、おはよう。」
自転車に乗ったまま振り向いたぴいちゃんが、軽く手を振りながら、あいさつを返してくれる。
彼女の声が、凛とした朝の空気に気持ちいい。
ぴいちゃんと一緒に学校に向かいながら、夏休みに初めて2人で帰ったときのことを思い出した。
今思うと、あのときは俺もぴいちゃんも、ずいぶん緊張してた。
あの2日前には、「2人でっていうのは困る」って言われたんだっけ。
でも今日は、2人で一緒に登校してる。
なんか、感動するなあ・・・。
教室には、今日は誰もいなかった。
ぴいちゃんが、小暮たちはもう少し早く来て、いつもほかのクラスの友達のところに行っているのだと教えてくれた。
「今日は歩き回らないの?」
「先週、あんなことがあったから、しばらくは止めておこうと思って。試験前だから勉強する。」
あーー!
せっかく記憶の奥に押し込めた映像が!
思い出しただけで速くなる鼓動にあわてながらも、何か彼女との接点がないかと探す。
「そうだ! 日本史と生物のノート、見る?」
いつもぴいちゃんが寝ている授業。
「あ。すごくありがたいけど、いいのかな。」
ぴいちゃんの嬉しそうな顔を見て、今日は何をやってもうまくいくな、と自己満足。
彼女に日本史と生物のノートを渡して、俺は彼女に英語のノートを見せてもらうために岡田の席に陣取った。
岡田はもっとギリギリにならないと来ないはず。
静かな教室で、ときどき言葉を交わしながら、2人でお互いのノートを写す。
落ち着いて、やさしい時間が過ぎて行く。
しばらくすると、廊下を行き交う足音が増えてきて、うちのクラスにもそろそろ誰か・・・。
と、思って顔を上げたのと、映司が前の入り口から入って来たのが同時だった。
映司のうしろから和久井も一緒に。
「あれ?」
何も言わずにニヤリと笑った映司の横で、驚いた顔の和久井が声を上げた。
「あ、なっちゃん、梶山くん、おはよう。」
恥ずかしがりもせずに朝のあいさつをするぴいちゃんに、ますます驚いた顔をする和久井。
でも、すぐに立ち直ったらしい。
「おはよう。早朝デートなの?」
その問いに、ぴいちゃんが吹き出した。
「それはなっちゃんたちでしょう? あたしたちは試験勉強だよ。」
「ふうん。」
そのあとは、パラパラとやってくる生徒が増えて、そろそろ勉強は無理かと思ったところに岡田が到着。
「あ! 藤野、そこは俺の席だぞ!」
はいはい。わかってるよ。
「あ、おはよう、岡田くん。」
足音荒くやってくる岡田に席を明け渡すため、立ち上がりながら、机の上のノートと筆箱を片付ける。
ぴいちゃんに英語のノートを返して、彼女から日本史と生物のノートを受け取る。
そのやりとりに気付いた岡田が嬉しそうに言う。
「朝勉? 俺も参加する! 何時頃、来てるんだ?」
あ、もしかして・・・。
「8時くらいかな? わざわざ勉強のために早く来てるんじゃないけど・・・。」
「ってことは、普段から早いってこと?」
あーあ。
これで俺の特権がなくなった。
朝のひとときは、今日でおしまいか・・・。
3度目になった3人での帰り際、廊下を歩きながら、ぴいちゃんが俺たちにチョコレートを分けてくれた。
1つずつ包装された、袋入りのチョコレート。
「家に帰るまでにお腹が空いちゃうから。」
そう言ってニコニコとチョコレートを食べている彼女を見て、思い付く。
「テストのときは、昼飯は?」
ぴいちゃんの家までは、学校から1時間以上かかる。
テスト中は2時間か3時間の午前授業だから、みんな弁当は持って来ない。
「家に帰って食べるよ。」
当たり前だよ、って顔をして答える彼女。
それから、
「お腹が空くけどね。」
と笑って付け加えた。
「じゃあ、俺たちと一緒に食べて帰れば?」
一応、“俺たち” と言ってみて、ぴいちゃんの頭越しに、岡田に視線を向けると目が合った。
了解したか?
「え? でも、お家の人が用意してくれてるんじゃないの?」
「いや。うちは母親も働いてるから、いつも自分でってことになってるし。」
岡田がさらっと言う。
「ああ、そうなの?」
ぴいちゃんが岡田を見上げながら、感心している。
「うちも、外で食べるって言えば、親がほっとするから。」
くるりとこっちを向いたぴいちゃんと目が合う。
ぱっちりしてて、かわいいよなぁ・・・。
と、思う間もなく目をそらされる。
やっぱり、一瞬以上は無理か。
「どうしようかな・・・。」
そう言って、考え込む彼女。
登下校に俺たちと一緒なのは、方向が同じだからっていう理由で納得しているんだろう。
でも、昼飯を食べに行くっていうのは、簡単には片付けられない問題か。
だけど、こんなに迷ってるってことは、五分五分ってこと?
じゃあ、もうひと押し。
「駅前のハンバーガー屋で、期間限定のデザートが出てたみたいだけど。」
昨日、通ったときに旗が出ていたのを思い出した。
「あ、そうだったね! 行きたかったけど、一人じゃ行けなくて。」
「よし! じゃあ、決まりな!」
岡田が勢いよく言い切った。
やったぜ!
翌朝は雨だった。
夜から降り始めた冷たい雨が、しっかりと降っている。
今日はバスで行かないと・・・。
雨の日のバスは、道が混んでいるせいで、時間どおりに来ない。
だから、ぴいちゃんがどのバスに乗ってくるのか、全然予想できない。
仕方なく、昨日と同じくらいの時間に家を出た。
バス停は、家から5分くらい。
バス通りに出て、左に20mくらいのところにある。
バス通りに出たところで、右からちょうどバスが来るのが見えた。
走れば乗れるか?
左を見ると、バス停に並んでいる人が見える。
これなら、走らなくても間に合うな。
すぐ横を追い越して行くバスが混んでいるのか見ようと見上げると・・・。
笑顔で手を振るぴいちゃんと、その横で “あかんべえ” をする岡田?!
・・・力が抜けた。
バスはそのまま、「満員でーす。次のバスが間もなく来ます。」という運転手の声を残して、バス停を通り越して行ってしまった。
やられた・・・。
岡田め、駅で待ってたな。
しかも、満員だなんて、ぴいちゃんと岡田の距離が!
俺は自転車で一緒に走っただけだぞ!
脱力感が消えないまま、次に来たバスに乗って学校へ。
教室に着くと、ぴいちゃんと岡田が和やかムードで勉強していた。
しかも!
昨日の俺と違って、岡田は後ろを向いて、ぴいちゃんの机で彼女と額を寄せ合ってるじゃないか!
「おはよう。」
あいさつの声も沈みがちになる。
「よお。」
「あ、おはよう。」
ぴいちゃん、俺が声をかけるまで、入って来たのに気付かなかった?
なんか・・・、俺って、こんなに嫉妬深いのか?
自分が器の小さい男のような気がして、ちょっと落ち込んだ。
まあ、そんな気分は帰りが近付くにつれて消えていく。
今日も彼女と一緒に帰れる。・・・岡田もいるけど。
カバンに荷物を詰めていると、いつもは岡田と話しながらのんびりしているぴいちゃんが、とことことやって来た。
「藤野くん。申し訳ないんだけど、日本史のノート、貸してもらえないかな?」
行儀よく前で手を組んで、ちょっと首を傾げる。
かわいいなあ、もう!
それに、彼女からこういう頼みごとをしてくるなんて、初めてじゃないだろうか。
「あ、ああ、いいよ。もちろん。」
何冊でもどうぞ!
こみ上げてくる嬉しさを隠して、平静さを装う・・・けど、うまくいったかどうか。
日本史は、あさってから始まる期末試験の2日目。今日、試験前最後の授業があった。
「俺のでいいの?」
「うん。藤野くんのノート、きれいにとってあるから。」
ノートを褒められるとは思ってなかった・・・。
「ええと、生物は?」
「生物は試験が初日だから、借りたら勉強できないでしょう?」
いいんだよ、そんなこと!
「大丈夫。明日、返してくれれば。」
「・・・そんな言葉、言ったような記憶がある。もっと不親切だった気がするけど。」
ああ、そうだ。
あのとき。
「不親切じゃなかったよ。ちょっと先輩みたいだったけど。」
そう言うと、ぴいちゃんがくくっと笑った。
「そんなに威張ってた? 失礼しました。」
笑いながら頭を下げて、自分の机に向かう彼女を目で追うと、自分の席でのんびりと待っている岡田が目に入る。
あいつ、邪魔しに来なかった。
余裕なのか?
そうじゃないな。
俺たち2人とも、競い合っているときもあるけど、お互いにいつも邪魔しているわけじゃない。
俺が遠慮することもあるし、今みたいに岡田が気を遣うときもある。
ぴいちゃんの前でお互いをからかうことはあっても、秘密を暴露したり、悪口を言ったりはしない。
もちろん、相手に秘密にしていることもあるし、ここは譲れない、というときもある。
重要なのは、ぴいちゃんを傷つけないこと。
ぴいちゃんが不安になるようなことはしないこと。
そうすれば。
いつか、彼女の心がどちらかに傾いても、後悔しないでいられると思う。