いきなり?! の朝。
朝練のない2日目。
ぴいちゃんとの朝のひとときを確保すべく、早めに家を出る。
彼女が何時に学校に着いているのかわからないから、朝練より少しだけ遅めくらいにした。
教室に着いてみると・・・一番乗り? 早すぎたか・・・。
さすがにほかのクラスにも生徒はいない。
まるで、小学生が一番乗りを競ってものすごく早く来たみたいで、ちょっと恥ずかしい気がする。
なんとなく教室を見回していたら、床の隅のほこりが目に付く。
・・・ちょっと掃除でもするか。
あんまり暇すぎて(試験前なんだから、勉強すればいいんだろうけど)、普段なら思い付かないようなことをやる気になった。
掃除用具入れからほうきを出して、床の隅のほこりを集める。
こういう単純作業は意外に集中してしまい、机の間の通路を通って黒板の下へ。チョークの粉で真っ白だ。
ぼんやりとほうきを使いながら、女子の声がするなあ、と思っていたら、いきなり小暮や青木たちが入って来たからびっくりした。
向こうも驚いたらしい。・・・当たり前だ。
目を丸くした小暮が、「おはよう」と言いながら入り口のそばの自分の席に荷物を置き、尋ねる。
「罰当番?」
「別にそういうわけじゃ・・・。」
早朝に男子が掃除してるって、そういう解釈になるのか。
小暮と一緒に来た青木とほかの女子は、荷物を置いて、教室を出て行こうとしている。
いつも決まったことらしく、「先に行ってるよ」と小暮に声をかけている。
小暮はそれに合図して、こっちを向いてにっこりした。
「じゃあ、手伝うね。」
そう言って、小暮はちり取りを持って来た。俺が、そこへ集めたごみを掃き込む。
実を言えば、その間ずっと、こんなところをぴいちゃんに見られて誤解されたらどうしようと気が気じゃない。
心の中で、「俺は別に、小暮と一緒だからって、喜んでるわけじゃないんだ!」と、ずっと言い訳している。
ぴいちゃんが “誤解されたら” って言ってた気持ちが、ものすごくよくわかった。
と、思ってるうちに、やっぱりというか、ぴいちゃんの到着。
あと1分遅ければ、ほうきとちり取りを片付けるところだったのに!
彼女は前の入り口のところで、はたと立ち止まっている。
“しまった!” という気持ちが、顔いっぱいに表れてる。やっぱり誤解してるよな・・・。
「おはよう。」
無理に作った笑顔で俺たちにあいさつすると、ささっと自分の席に荷物を置いて、教室を出ていく。
「あ、小暮、サンキュー。もういいよ。」
大急ぎで小暮からちり取りを受け取り、道具を片付けてあとを追う。
小暮にどう思われてもかまうもんか!
廊下に出ると、右側にぴいちゃんの後ろ姿が見えた。
両手を後ろに組んで、まだ人影が少ない廊下を、のんびりと歩いている。
特に目的があるわけじゃないらしい。
この前みたいに、校内をぶらぶらしてるだけみたいだ。
ちょっと走ってあとを追い、「吉野。」と声をかけると、ぴいちゃんがギョッとしたように振り向いた。
「なんでっ?」
なんでって言われても・・・。
まあ、ぴいちゃんは気を利かせたつもりだったんだろうけど。
「えーと、どこに行くのかと思って。」
これ以外、説明のしようがない。
「里緒は?」
「掃除が終わったから、お礼言ってきた。」
ものすごく困った顔をするぴいちゃん。
でも、しょうがないよ。もう来ちゃったんだから。
彼女の困惑する様子が可笑しくて笑ったら、ぴいちゃんもあきらめた顔をして緊張を解いた。
「ときどき、校舎の中を散歩してるんだ。本読むのに飽きたときとか。」
今日みたいに、教室に居づらいときとか?
「どこか、気に入ってる場所があるの?」
「うん、あるよ。この前、藤野くんに会ったあたり。」
そう言って、くくく・・・と思い出し笑いをする彼女。
「この前は、本当にびっくりしちゃった。あんなところに誰かいるなんて思ってなかったから。あの辺から、よく校庭をながめてるんだよ。」
静かな校舎の中では大きな声は出さない。
声をひそめて話しながら、その校舎への角を曲がる。
あれ?
今日は誰かいる・・・?
「「!!」」
驚きの声を上げそうになって、あわてて飲みこむ。
ぴいちゃんは片手で口を押さえている。
大急ぎで彼女の腕をひっぱって、すぐ前の階段を3階まで駆け降りて、廊下に出た。
ここなら上からのぞかれても見えないはず。
この階も特別教室が並んでいるだけで、生徒の気配はない。
どきどきして、廊下に座り込んでしまった。
ぴいちゃんもすぐ横に、壁に寄りかかりながらずるずると崩れるように座り込む。
―― キスしてた。
誰かはわからないけど、生徒同士。
あんなところで! 朝っぱらから!
2人がいたのはだいぶ向こうの方だったけど、あんまり驚いたせいか、その光景が頭から離れない。
どうしよう!
隣にいるぴいちゃんが気になっちゃうよ!
ぴいちゃんはペタンと廊下に座ったまま、両手で顔を覆ってうつむいている。
ダメだ!
何か言わないと、気まず過ぎる!
「び、びっくりしたよな。」
俺の声に反応して、ぴいちゃんがゆっくりと頭を起こす。
「うん・・・。」
うなずいて、目を開けると、両手を頬にあてて深呼吸をしている。
ぱちぱちとまばたきを繰り返すのは、今、目の前にある景色をしっかりと頭に入れようとしているのかも。
「大丈夫か?」
自分だってドキドキがおさまらなくて、頭がくらくらしてるけど。
ぴいちゃんは無言でうなずいた。
俺も深呼吸を何度か繰り返して、ようやく落ち着いてくる。
高校生ならキスくらい当たり前なのかもしれないけど、予想外の場所で見てしまった(見せられた?)俺たちには、刺激が強すぎる。
それにしても、すぐ目の前じゃなくてよかった・・・。
あー! だけど!
ぴいちゃんに触れたくなっちゃうじゃないか!
ちょっと手を握るくらい・・・。
いや、だめだ。
ぴいちゃんは俺のことを友達だと信じて、安心してるのに!
このタイミングでそんなことしたら、一時的な衝動に流される危ない男だと思われてしまう!
とにかく、このままここにじっとしてちゃダメだ。
制服のほこりを払いながら、どうにか立ち上がる。
腕時計を見ると、8時10分。
みんながやって来る時間には、まだ少し早い。
でも、このまま彼女と2人でここにいるのは・・・。
「立てるか?」
そう言いながら右手を差し出してから、下心を疑われるんじゃないかと気付いて焦った。
でも、今さら引っ込めるのも変だし!
ぴいちゃんが顔を上げて俺の顔を見る。
何を思ってるんだろう?
いつもは瞳に引き寄せられる自分の視線が、今は彼女の唇に・・・。
ぴいちゃんは一瞬ためらってから、両手で俺の手につかまった。
小さい手だな。
急いで余計な考えを振り払い、彼女を引っぱり上げる。
立ち上がったあと、ふらついて俺の手にしがみついた彼女の背中に手を添えて支えると、さっと身をすくませて、驚いたように俺を見た。
いつもより近くで視線がぶつかって、思わず息を飲む。
「あっ、ありがとう! ごめんね!」
離すのが一瞬遅れた俺の手を逃れて、ぴいちゃんがぴょんと一歩飛び下がる。
何度か足踏みと屈伸をして、歩けそうだと確認すると、
「あの、ちょっと、図書室に寄ってから戻るから。」
と言って、小走りに階段を降りて行ってしまった。
まるで、小鳥が飛び去るように。
怖がらせてしまったんだろうか。
俺は一人で、魔法にかかったような気分で取り残された。