これでなんとか・・・!
水曜日。
今日は仲直りしないと!
あれこれ考えて、昨日の帰りにコンビニで仲直りの品を買った。
彼女はびっくりするだろうけど、ちょっと無理矢理にでも、俺が後悔している気持ちを伝えたい。
朝練が終わって、今日も前の入り口から教室に入る。
昨日と同じように、ぴいちゃんの席に和久井が来て話している。
「おはよう。」
と言うと、昨日と同じように2人もあいさつを返してくれた。
そのままぴいちゃんの机の横に立ち止まり、制服のポケットに詰め込んできた一個ずつ包装されたアメを一握り、彼女の机の上に置く。
ぴいちゃんが驚いて、アメと俺の顔を見比べている。和久井も。
「いつも迷惑かけてるお詫び。」
本当は「おとといのお詫び」って言いたいけど。
もう一回、さらにもう一回と、両方のポケットからバラバラのアメを掴み出して、ぴいちゃんの机に山盛りにする。
目を丸くしていたぴいちゃんが、大きくなっていくアメの山を見ながら「プッ」と吹き出した。
やったか?
「もういいよ! わかったから。」
くすくす笑いながら、楽しそうに俺を見る目には、昨日みたいな鋭さはなかった。
よかったーーーーー!!
ぴいちゃんから視線をはずすと、岡田がしかめっ面でこっちを見ていた。
でも、ぴいちゃんが怒ったときの目つきに比べたら、岡田なんてまだまだだ。
席に着きながら見回すと、ほかにも何人か、俺を見ている生徒がいる。
どうでも好きなように解釈してくれ。
でも、彼女に何かしたりするなよ。
ぴいちゃんがアメを何かに入れようとカバンの中を探しているうちに、担任が入って来て、アメの山に気付いた。
「なんだ吉野。授業に関係のないものは没収するぞ。」
「すみません!」
彼女は弁当の袋を出して、大急ぎでアメを片付けている。
あわてて落としたのを、隣の小谷が拾ってやっている。
またぴいちゃんに恥ずかしい思いをさせちゃったかな・・・。
休み時間に、岡田に朝のことを追及されたけど、「いつも世話になってるから」とだけ答えた。
あいつは疑っていたようだけど、それ以上は尋ねてこなかった。
午後から雨が降り出して、授業が終わるころには雷も鳴っていた。
みんながガヤガヤと帰り支度をする教室で、ぴいちゃんは窓から、雨の降り具合を見ている。
そこに岡田が近付いて、一緒に空を見上げながら、楽しそうに話しはじめた。
並んだ2人の後ろ姿はリラックスしていて、すごく自然に見える。
そういえば、体育祭の帰りに見たときもそうだった。
肩幅の広い大きな岡田が、小柄なぴいちゃんを守っているみたいだ。
ふと気が付くと、2人を見ている俺の前で、小暮も2人を見ていた。
俺の視線に気付いたのか、さっと振り返ると、柔らかそうな長めの髪が揺れる。
目が合うと、控え目に微笑みながら言った。
「岡田くんはまっすぐだなあ、と思って。」
「ああ。そうだな。それに、ガサツそうに見えるけど、優しいところもあるし、いいヤツだよ。」
だから、ぴいちゃんが安心していられるんだ。
「うん、知ってる。」
小暮が恥ずかしそうに下を向く。
そういえば、修学旅行でおぶわれてたっけ。
「でも、藤野くんも優しいよ。」
「そうかな。俺は岡田みたいにはできないよ。」
勝手にふて腐れて、ぴいちゃんを傷つけることもあるし。
「藤野くんには、岡田くんとは違う優しさがあると思うよ。」
そう言って、小暮はまっすぐに俺を見た。
本当にそうなんだろうか?
「里緒。部活行こう。」
廊下から呼ばれて、小暮が「さよなら。」と手を振って去って行った。
和久井と話していた映司が俺に声をかけ、ぴいちゃんと一緒にいる岡田を呼んだ。
ぴいちゃんは俺たちに手を振って、和久井と一緒にまた窓から空を見ていた。
夜。
ぴいちゃんに電話をかける。
ちゃんと、言葉であやまりたくて。
『はい。』
今日は出てくれた。
これだけのことに、ほっとする。
「おとといのこと、ごめん。」
『うん。もういいよ。』
「ほんとに、ひどい言い方して・・・。」
『いいよ。あたしも反省しないといけないことがあるし、お詫びももらったから。』
朝のことを思い出したのか、くすくすと笑う声がする。
あ、笑ってる、と思ったら、気持ちが軽くなった。
『ねえ、藤野くん、里緒とかなっちゃんのことも、名前で呼んでみたらどうかな?』
「無理! 絶対!」
『だめか。そうしたら、あたしも気にならなくなると思ったんだけど。』
「気になるって・・・?」
『だって、藤野くんがあだ名で呼ぶ女の子はほかにいないみたいだから。・・・あ。本当はいるけど、私が知らないだけ? 2人でいるときには違う呼び方をしている人が、ほかにもいるのかな?』
今度は何を言い出すのか・・・。
いったい、俺ってどういう男だと思われてるんだろう?
おとといのことを許してくれてほっとしたけど、なんだか悲しくなってくるよ。
「まあ、10人ほどね。」
ため息の代わりに冗談を言ってみる。
『あ、そうなんだ。』
本気にしたのか?
『それなら、別に大丈夫かな? うーん、でも、そんなにいるのに、私だけみんなの前で呼ばれたら、やっぱり大騒ぎに・・・。』
「ウソに決まってるだろ。」
『あ、なんだ。ウソか。』
もう!
純粋なんだか、天然なんだか、わかっててとぼけてるだけなのか、ぴいちゃんってよくわからない。
「ぴいちゃんだけだよ。」
あれ?
なんとなく告白っぽい?
言ってから、恥ずかしくなってきた!
『うーん。それじゃあ、特別ってことになっちゃう。』
そんな反応?!
しかも、“なっちゃう” って、なっちゃいけないのか?
・・・いけないんだったな。
だから、みんなの前では呼んでほしくないんだっけ。
「じゃあ、“特別” じゃなくて、“一番仲良しの友達” だったら?」
ちょっとこじつけっぽいけど、なんとかこれで納得してくれないかな。
『ああ! そうだね。それなら平気みたい。』
言葉が違うだけで平気な理由がよくわからないけど、OKってことか。
自分がどういう位置づけかってことがそんなに気になるなんて、どうしてなんだろう?
でも、どうにか落ち着いてよかった。
『確かに一番だよね。藤野くんが実は甘えん坊だって知ってるのは、あたしだけだもんね。』
うわ!
恥ずかしいことを思い出してくれたな!
ぴいちゃんらしい調子が出てきたといえば、そうなんだけど。
「まさか、それを誰かに話したりとか・・・?」
『しないよ!』
ぴいちゃんが電話の向こうで笑ってる。
その笑い声だけで、幸せな気分になる。
『そうだ。これからも、どうぞよろしくお願いします。』
よかった。
いつもの元気な彼女だ。
「こちらこそ、よろしく。」
『じゃあね、藤野くん。』
「うん。おやすみ、ぴいちゃん。」
“一番仲良しの友達” 効果で、電話を切ったあとも、満ち足りた気分はずっと続いた。