混乱してる。
電話だ。
誰? ・・・ぴいちゃん?!
さっき、メールを送ったから?!
どうしよう?!
まさか、電話が来るとは思ってなかった!
だって、彼女から電話をかけてきたことはなかったし、メールだって返事だけだった。
今日も、ただ返信がくるだけだと思っていたのに。
決定的なことを言われたらどうしよう?
でも、出ないわけにはいかないし。
「・・・もしもし。」
『どうしよう?! 違うの!』
・・・あ。
違うんだ。
かなり取り乱した様子で否定されて、一気に緊張が解けた。
「あの・・・。」
『全然、迷惑とか、そういうことじゃないから! 違うんだよ!』
よくわかったよ。
こうやって、あわてて電話をくれたっていう事実で十分に。
『藤野くん? 聞いてる?』
「あ、うん。聞いてる。ぴいちゃんが言いたいことはわかった。」
それに、そのあわてぶりがちょっと嬉しい。
『そうか。よかった。じゃあ、』
あれ? もう切っちゃうの?
「だけど、どうして?」
『え?』
「みんなに黙っておきたいのは、どうしてかな、と思って。」
咄嗟に思い付いた質問だけど、本当に知りたい。
自分が人前では呼べない理由は棚に上げて、ぴいちゃんの答えを期待してしまう。
『それは・・・。』
うん。
『自分の身を守るため、みたいな・・・。』
は?
俺が人前で「ぴいちゃん」って呼ぶと、彼女の身に危険が及ぶのか?
因果関係が、全然わからない。
「ごめん。よく意味がわからないんだけど。」
『ええと、それは藤野くんが・・・、』
俺が?
“間抜けだからわからないんだ” とか言わないでほしいな。
『いい人だから。』
うーん。
「ほめてくれるのは嬉しいけど、やっぱり、よくわからないよ。」
少しの間があって、ぴいちゃんのあきらめたような『そうか・・・。』という声がした。
『あのね、藤野くんが、女の子に人気があるからだよ。』
「はあ?!」
あんまり思いがけない答で、ばかばかしさに、笑いがこみ上げてきた。
電話口で遠慮なく笑う俺に向かって、ぴいちゃんが半分怒りながら話している。
『もう! 本当なんだから! あたしがどれだけ気を遣ってることか!』
「ご、ごめん。でも、篠田のことは別に・・・。」
なんか、これって、浮気した男が弁解してるみたいなんだけど・・・。
『舞ちゃんだけじゃないの! ほかにもいろいろあるんだもん!』
ほかにもって言ったって、ぴいちゃん得意の想像力で、勝手に想像してるだけじゃないのか?
人気があるって言われても、俺には何も心当たりがないし。
でも、ぴいちゃんはそう信じてるわけで。
だから、今までも、俺と2人でいるところを他人に見られるのを嫌がっていたんだ。
「わかったよ。だから、ほかの人の前で、俺がぴいちゃんって呼ぶのはダメってこと?」
『・・・そう。』
「ぴいちゃんが何かされるから?」
『何かされるっていうか・・・、まあ、それもあるし、その人が誤解して傷ついちゃうこともあるし・・・。』
・・・“誤解” ね。
そうやって俺は、いるのかいないのかわからない相手に譲られてしまうのか・・・。
ぴいちゃんは、俺を他人に譲っても平気なんだ。
なんだかがっくりきて、どうでもいいような気分。
「そんなに困るなら、もう呼ばないよ。」
『え?』
「もう、ぴいちゃんって呼ばなければ、問題ないだろう?」
『え? あの、でも・・・。』
「じゃあな、吉野。」
予想以上に冷たく響いた自分の声にはっとする。
あわてて謝ろうと思ったときには、すでに電話が切れていた。
急いでかけ直した電話は、自動音声が『ただ今、電話に出・・・』と聞こえてすぐに切れた。
メールで「ぴいちゃん、ごめん。」と送ったら、
『ぴいちゃんて呼ぶな!』
と、返って来た。
当たり前だ・・・。
俺、なんて馬鹿なんだろう。
そもそも、勘違いして勝手に落ち込んでたのは俺だ。
その勘違いを訂正するために、彼女が電話をくれたのに。
普段は電話なんてかけてくるような子じゃないのに、あんなに大急ぎで。
それを、自分が望んでない方向に、自分で話を持って行くなんて、本当に馬鹿だ。
しかも、あんな冷たい言葉を投げつけたりして。
本当に、救いようのないほどの大馬鹿だ。
家が近ければ、彼女の家まで自転車を飛ばして行って、謝ることもできるのに。
こんなに離れていたら、それもできない。
カーテンを開けて外を見たら、暗い空の真ん中に白い月が光っていた。
翌朝、朝練が終わって教室の前の入り口から入ると、ぴいちゃんが自分の席で和久井と話していた。
「おはよう。」
びくびくしながら声をかけると、2人ともいつもと同じようにあいさつを返してくれる。
もしかしたら、一晩明けて、機嫌を直してくれたのかも?
そんな考えは甘かった。
みんなで一緒にいるときは、いつものようにぴいちゃんも笑ったり話したりしている。
でも、俺には・・・俺の言葉には、鋭い一瞥を投げてくるか、礼儀正しい微笑みを向けてくるだけ。
さらに、偶然にでも、俺と1対1にならないようにしてるのがはっきりとわかる。
まずい。
このまま長引くと、もう戻れない気がする。
放課後につかまえようと思ったら、今日はHRが終わったとたんに帰ってしまった・・・。