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ぴいちゃん日記  作者: 虹色
平穏な日々?
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呼んでみる?


部活でもめたあと2、3日は、なんとなくみんなが気を遣い合っていた。

でも、いつの間にかそれも消えて、もとの雰囲気が戻った。

俺は、自分の弱いところをみんなに見せたせいか、前よりも気が楽になった。


そして。


ぴいちゃんとは、あのあとも何も変わりなく、友達のまま。

あんなふうになぐさめてもらったから、ちょっと期待しちゃってもいいのかと思ったのに。


彼女は相変わらず自分から話しかけてくることはないし、腕や肩が触れそうなときはさりげなく下がってしまう。

この前は少しは距離が縮まったかな、と思ったんだけど、結局は何も変わってない。

あれは偶然のめぐりあわせで、今の状態が普通?

2人きりだったら、またあんなふうに優しくしてくれるんだろうか?


そんなことを思いながら、俺は部活で忙しくて、毎日がどんどん過ぎて行く。

ぴいちゃんも、バイトと遠距離通学で忙しい・・・。



ある日の休み時間、ふと、和久井が言いだした。


「そういえば、藤野くんは『ぴいちゃん』って呼ばないよね?」


その場にいた全員の視線が俺に集まる。


困った!

どうしよう?!


ほかに人がいないときには呼んでるけど、みんなの前では、今でも名字で呼んでいる。

自分が照れくさいから始めたことで、それ以外の理由はなかった。

だけど、ほかから見たら、みんなの前とそうじゃないときの呼び方が違うって、なんかちょっと・・・。


「あ、あれ? そう・・・だな。」


ぴいちゃんは気付いてたのか?

どっちって答えればいい?

“ 呼んでる ” って答えれば、みんな聞いたことないって言うだろう。

“ 呼んでない ” って答えれば、ぴいちゃんが、どうしてウソをつくのかと思うだろう。


どうしよう?!


ぴいちゃんをチラッと見たら、目が合った。

「言わないで」と言われたような気がした。


「なんとなく、呼びにくくて。」


俺の言葉に、ぴいちゃんがほっと表情を弛める。正解だったみたいだ。


「友達なんだから、呼べばいいのに。最近は、岡田くん以外の野球部でも『ぴいちゃん』って呼んでる人がいるよね?」


そのとおり。修学旅行のあとから。


「いっ、いいんだよ、なっちゃん。里緒だって友達だけど、名字だもん。ねえ?」


ぴいちゃんが、最近はいつも一緒にいる小暮に同意を求めている。

和久井は俺をからかって、面白がってるんだな。


「そうそう。里緒のことだって、野球部には『里緒ちゃん』って呼んでる人がいるじゃん。」


それも修学旅行のあとから。


小暮はぴいちゃんや和久井と一緒にいるようになってから、ずいぶん元気になった。

岡田や俺と話すときは、前よりも声が出るようになったし、綺麗な声でよく笑う。

相変わらず人見知りだけど、廊下で野球部の知り合いに声をかけられて、あいさつができるくらいにはなった。


「岡田くんは、ぴいちゃんのことは呼ぶのに、里緒のことは名字なんだね。」


今度は岡田に矛先が。

よかった。


「えっ? だって、小暮は小暮で慣れちゃったもん。」


「でも、ぴいちゃんは同じクラスになって2年目で変えたじゃん。」


「その前は、ぴいちゃんと話さなかったし。」


岡田、回答が早すぎる!

もっと引きのばしてくれないと、また俺に・・・。


「そうか。ねえ、藤野くんも、一回呼んでみたら?」


ほら来た。


「いや、いいよ。」


「なんで?」


照れくさいからに決まってるじゃないか!

わかってて訊いてるんだろう!


それ以上、いたぶられないうちに退散しようと決めて、廊下に出た。

うしろから、和久井の笑い声と、ぴいちゃんが和久井を咎める声が聞こえた。





ぴいちゃんは、どうして俺が「ぴいちゃん」って呼んでることを言ってほしくなかったんだろう?

俺と同じように、恥ずかしかっただけか?


っていうか、俺が、呼び方を変えてることに気付いていたのか?

だとしたら、どう思っていたんだろう?


もしかしたら、人前で呼ばれるのは困るとか。

・・・そんなはずないか。

岡田とか、ほかにも「ぴいちゃん」って呼んでる男はいる。

それとも、俺だとダメなのか?

でも、今まで俺が「ぴいちゃん」て呼んでも、困った様子はなかったけど。


・・・俺とぴいちゃんだけの秘密にしたいとか。


さすがに都合よく考え過ぎか。


これからは、みんなの前でも呼んだ方がいいかな。

今なら、和久井に言われて呼ぶことにしたって、言い訳ができる。

ときどき、うっかり呼びそうになって、言い直す必要もないし。

ぴいちゃんは嫌がるかな・・・?




次の休み時間、教室の移動の途中で、思い切って呼んでみようかなと思った。

ふざけて呼んだようにすれば、案外、平気かもしれない。


俺の前を和久井と小暮と一緒に歩いている彼女に向かって・・・。


「ぴ」


と言ったところで、あわてて口をつぐむ。


無理だ!

絶対!


このたった一言に、自分の気持ちがどれほど入り込んでしまうのかと思ってびっくりした。

俺が彼女を「ぴいちゃん」と呼ぶのを聞いた人は、俺が彼女のことをどう思っているのかわかってしまうに違いない!


きっと、いつも2人だけのときに使っていたせいだ。

彼女のことを、かわいい、とか、大事にしたい、とか、とにかくそういう気持ちが全部、その中に入り込んでしまうような気がする。

そういう想いを切り離して声に出すことは、絶対に不可能!

ぴいちゃんが、俺の気持ちに気付いていないのが不思議なくらいだ。


自分で驚いてドキドキしていたら、ぴいちゃんが振り返った。

俺に気付いて、目で微笑むと、すぐに前を向く。


その後ろ姿に、心の中で呼びかけてみる。


(ぴいちゃん。)


やさしい心地よさが胸の中に広がる。


でも・・・どうして、彼女は、みんなには知られたくないんだろう?

俺が「ぴいちゃん」と呼んでいると、都合が悪いんだろうか?

それとも?


もしかしたら、あのことと同じかも。


あのこと。

俺と2人でいるところをほかの人に見られたくない、ということ。

要するに、俺と仲がいいとは思われたくないんだ。


どうしてだ?

前は、誰かに遠慮しているんじゃないかと思ったけど・・・。


・・・もしかして!


ぴいちゃんには、誰か好きな相手がいるんじゃないのか?!

その男に、俺と親しげにしているところを見られたくないとか。

見られなくても、ウワサになると困るとか。


そう考えると、なんとなくつじつまが合うような気がする。


彼女は自分から男に話しかけたりはできないから、そういう相手がいても伝えることができないでいる可能性は高い。

そうだとしたら、誰・・・?


・・・まさか、岡田とか?!


岡田は一時期、ぴいちゃんへの態度を控え目にしていたけど、最近はまたもとどおりだ。

頭や肩をたたいたりするし、隣に立つときなんて、肩がぶつかるくらい近い。

きわどい冗談を言うこともある。

でも、ぴいちゃんは平気な顔をして笑ってる。

・・・本当は嬉しいのかも。

岡田は鈍感だから、それに気づいてなくて・・・。



授業中も岡田とぴいちゃんのことが気になって、先生の話がちっとも頭に入らない。


どうしよう?

そんなに嫌なら、もう「ぴいちゃん」とは呼ばない方がいいよな?

だけど、それはすごくさびしい。

でも、困らせてるなら・・・。




夜。


直接、ぴいちゃんに訊いてみようと決心した。

本当は顔を見て話したいけど、学校ではなかなかそういうチャンスがない。

だから・・・メールで。

本当は、電話で訊いてみる勇気が出ないのかもしれない。


『俺がぴいちゃんって呼ぶのは迷惑?』


この一言だけを送信する。

もしかしたら、これが最後のメールになるかも・・・。








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