陽菜子’s Diary 11月9日(水)
<陽菜子’s Diary>
11月9日(水)
さっき、藤野くんから電話があった。今日の朝のお礼。
最初のひとことが、「今、話しても大丈夫?」だった。この前、真悟たちが騒いだから、気になったみたい。
今日の朝、最近始めた朝の校舎散歩の途中で、藤野くんに会った。
校舎散歩では、人のいないコースをのんびりと歩く。そうしたら、けっこうお気に入りの、校庭が見える棟の4階に藤野くんがいた。藤野くんは屋上へ向かう階段に座っていて、階段は引っ込んでいて廊下から見えないから、誰もいないと思って歩いていた私はものすごく驚いた。だって、いきなり黒いかたまりがいたんだから。
何かがあって、一人になりたかったってことはすぐにわかったけど、あんまり驚いたから大きな声が出てしまって、藤野くんが気付いた。もし、知らない人だったら、「すみません!」って謝って、走って逃げて来ちゃう。でも、相手が藤野くんではそうもできなくて、弁解しているうちに、藤野くんが「座らない?」って言った。その様子がさびしそうで、悲しそうだったから、一人で置き去りにすることができなくて、隣に座ったら、部活でトラブルがあったと話してくれた。
いつも、いろんな人のことを気遣ったり、心配したりしている藤野くんが、一人で悲しい顔をしているのは、見るのがつらい。
藤野くんは野球部の部長さんで、よく、休み時間に野球部の人が来て、何か話して行く。頼まれごとをしているときもある。廊下で顧問の先生と話していることもある。
そういうとき、藤野くんがいやな顔をしているのは見たことがない。いつも、相手を安心させるような表情でうなずいたり、元気づけるように背中をたたいたりしている。(もちろん、先生には違う。)そういうところを見ると、本当に尊敬してしまう。
梶山くんのところにも、ときどきそういうお客さんが来てる。2人で難しい顔をして相談しているときもある。
前に、部長さんとキャプテンはどう違うのか、訊いたことがある。「キャプテンはチームの心の支えみたいなもので、部長は雑用係」なんて言ってた。でも、藤野くんを見ていると、それだけじゃないと思う。みんな、藤野くんを信頼して、頼ってる。そういう藤野くんを、野球部の人たちが簡単に突き放したりするわけがない。
だけど、本人はそういうことには気付いていなくて、自信をなくしてた。
話を聞いているうちに、真悟や将太のことを思い出した。2人とも、友達とケンカしたとか、お母さんに怒られたとか、そういうことですねていることがよくある。藤野くんの悩みはもっと大変なことだけど。
そういうとき、真悟たちには、頭をなでてあげると、けっこう効果がある。で、藤野くんにもやってみた。高校生の男の子にはどうかな、と思ったけど。
効果はあったみたい。
でも、すねてる藤野くんも、ちょっとおもしろかった。
前に岡田くんが、「泣いている相手はなぐさめずにいられない」って言ってたけど、その気持ちがよくわかった。まあ、藤野くんは泣いてなかったけどね。
さっきの電話では、部活でみんなに謝って、ちゃんと話をしたって言ってた。みんなの前で謝るのは、けっこう勇気が必要だったと思う。
藤野くんは、私が話を聞いてくれたからだって言ってくれた。本当は、頭をなでてあげたのが一番よかったんじゃないかと思うけど。とにかく、お役に立ててよかった。
そうだ。
今は、まだ藤野くんには彼女がいないからいいけど、そうじゃなくなったら、私は必要なくなるね。必要ないっていうより、やっちゃいけないよね。ちょっと淋しいかも。




