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ぴいちゃん日記  作者: 虹色
平穏な日々?
63/99

落ち込んだときは・・・。



高2の大きなイベントが終わって、毎日の生活が落ち着いてきたと思ったら、野球部でごたごたが持ち上がった。

練習方法やレギュラーの選出方法で意見が対立してしまったのだ。


普段から小さい不満は出ていて、その度に、俺と映司は話を聞いたり、相談したりしながらやってきた。

けれど、昨日の部活終了時のミーティングでは、一部の1年生と2年生が言い争いになり、売り言葉に買い言葉の末に、その1年生たちが「退部する」と言い出した。

仲裁に入った俺は、2年生には「1年を甘やかしている」と言われ、1年生には「リーダーシップが足りない」と言われ、思わずカッとなって、


「じゃあ、自分たちで勝手にやれよ!」


と言い残して、さっさと帰って来てしまった。

今日の朝練も出たくなくて、いつもより少し遅めに家を出てきた。

こんなことで朝練を休むなんて、すごく意気地のない男だと思うけど・・・。




学校に着いて、今度は、教室に行くべきか迷う。

前に、早く教室に行ったときには、ぴいちゃんが一人でいた。

今日もそうかもしれない。

彼女と話したら落ち着くかもしれないけど、こんなみっともない自分を見せたくない。


結局、上履きに履き替えたあと、教室には行かずに、校舎の中をゆっくりと歩きまわってみる。

クラスの教室がある校舎の反対側、校庭に面した校舎へ渡って4階へ。

この棟は美術室や書道室などの特別教室が並んでいて、普段はあんまり人気がない。

廊下からは校庭が見えて、うちの部やほかの運動部が朝練をやっているのが見える。

ちょっとのぞいて、向こうからも見えるんだと気付いて、やめた。

そのまま、屋上に続く階段に座って、ぼんやりと考える。


昨日、みんなに言われたことは本当だと思う。

1年生に甘いことも(っていうか、部員全体に厳しいことが言えない)、リーダーシップが足りないことも、当たってる。

うちの部が強くなれないのは、そのせいなのかもしれない。

俺は、部員みんなが “それでも野球が楽しい” って思えればいいと思っていた。

チームワークが大切だと思って、争いごとが起きないようにしていた。


けど、本当は誰だって試合に勝ちたい。

それはみんな同じだ。


・・・みんなの目標は同じなのに、どうしてうまく行かないんだろう。


昨日、1年生と2年生が対立したのも、俺がうまくまとめられないせいだ。

1年生の意見も、2年生の意見も、あいつらがそう主張する理由がよくわかる。

両方の気持ちがわかるから、簡単には片方に肩入れすることができないし、できることなら両方がお互いに理解し合ってほしい。

だけど、それを俺はきちんと話せなくて、途中で放り出して帰ってしまった。

本当に情けない・・・。


どうして俺を部長に選んだのか、先輩の人選は意図不明だ。


ため息をついて、膝に乗せた手に額を当てて目をつぶる。




「うわっ!」


すぐ前で大きな声がして、驚いて顔をあげたらぴいちゃんだった。


なんで、こんなところにいるんだよ・・・。


「あ・・・あのっ、ごめんなさい。暇だったから、ちょっとぶらぶらしようと思って・・・。」


まずいところを見てしまったと思ったんだろう。

あたふたと弁解しながら、そろそろと足を動かして立ち去ろうとしている。


その様子が可笑しくて、気持ちが和んだ。


「ちょっと座らない?」


少し気持ちが軽くなって、声をかけてみる。

ぴいちゃんは少し迷ったようだったけど、トトッとこっちに来て、俺が左横に置いていた野球部の濃紺のエナメルバッグの向こうに腰掛けた。

そのまま下を向いてもじもじしている彼女を、膝に頬杖をついて、ただなんとなくながめてしまう。

なぜかわからないけど、何も話さなくてもいいような気がする・・・。


「ええと、め、珍しいね。藤野くんがこんなところにいるなんて。」


会話がなくて落ち着かないらしく、ぴいちゃんが話し出す。

途中でこっちを向いたけど、俺と目が合うと、あわててまた下を向いてしまった。


あんまり見てたら、また困られちゃうな。


視線を前に戻す。


「昨日、野球部でちょっと言い争いがあって。」


不思議なことに、彼女から目をそらしたら、自然と言葉が出てきた。

ぴいちゃんがちらりと俺の方を見る。


「俺が仲裁に入ったんだけど、うまくいかなくて。」


「そう。」


彼女の合の手に促されるように、次の言葉が出てくる。


「俺には両方の気持ちがわかるし、どっちがいいとか言えなくて、それを責められて、」


「うん。」


「『勝手にしろ』って言って、投げ出して帰った。」


「あら。」


・・・笑われてるのか?


俺がぴいちゃんの方を向くと、今度は彼女はちゃんと俺の方を見てくれた。

別に笑われてるわけではないみたいだ。


ため息をついて、視線を前に戻してから、また続ける。


「なんで、俺が部長に選ばれたのかわからない・・・。」


ぴいちゃんはしばらく無言で、俺と同じように、ぼんやりと前を見ていた。

それから。


「藤野くんがそういう人だから、選ばれたんだよ。」


え?


「藤野くんが、みんなの気持ちをわかってあげられる人だから。」


そうなのか?

でも、それだけじゃ、何も解決できない。


「たぶん、みんなも藤野くんがそういう人だってわかってると思う。だって、今まで一緒にやってきたんでしょう?」


そうだけど・・・。


「俺は役に立たないよ。」


ぴいちゃんがこっちを向いて、にこっと笑った。


「そうかもね。」


「ほら、ぴいちゃんだって、そう思うじゃないか。」


慰めてくれないぴいちゃんに対して、ちょっと拗ねてしまう。

ため息をついて、組んだ手に額をつけて下を向く。


どうせ、俺なんて。



・・・・・?



ぐりぐりと頭をなでられて、驚いて顔を上げたら、ぴいちゃんが機嫌をとるような顔でのぞき込んでいた。


子ども扱いされて恥ずかしい一方で、甘やかされたことが心地よくて、戸惑う。

どんな顔をしたらいいのかわからなくて、プイと反対側を向いた。


少しの間があって、ぴいちゃんのひとこと。


「ハンカチいる?」


「泣いてないよ!」


くるりと振り向くと、ぴいちゃんがからかうような顔をしてこっちを見ていた。


・・・・ふん。

今度は顔を伏せる。


「困ったなあ。」


俺に聞こえるくらいの独り言。

そんなに機嫌を直してほしいなら・・・。




「・・・・・もう一回。」


「え?」


「なんでもない。」


いいよ、もう。


くくく・・・っと彼女が笑ったのがわかった。


「やだ。」


聞こえてたんじゃないか。


「ケチ。」


「だって、そんなタワシみたいな頭じゃ、手の皮がすりむけちゃう。」


そう言いながら、くすくすと笑い続けている。


ふん。

そうやって、笑い物にすればいいんだ。


ひそやかに笑い続ける彼女に猫のようにすり寄りたい気がして、彼女との間にあるバッグの大きさに気付く。

そこにあってよかったような、残念なような・・・。


「ねえ。うまくいかないときは、みんなが手伝ってくれるよ。」


話がもどった?

そういえば、それで落ち込んでたんだっけ。


「・・・そうかな?」


「そうだよ。今まで、藤野くんがみんなの気持ちを考えてきた分、みんなが藤野くんを手伝ってくれると思うよ。それでよくない?」


「うん・・・。」


それなら大丈夫かも・・・と思えてくる。


ぴいちゃんはぴょこりと立ち上がって、スカートのポケットを探っている。


「はい。あげる。」


そう言って、目の前に差し出されたのはレモン味のキャンディ。


「ほら、あたし、お腹が空くでしょう? だから、いつも飴を持って来てるの。」


そういえば、そうだった。

ぴいちゃんの腹が鳴ったのが、初めて話をしたきっかけだったっけ。


あのときのことを思い出して、ふっと楽しい気分になる。

ぴいちゃんの困り切った顔が可笑しかった。


「じゃあ、あたし、先に戻るね。」


そう言って、ぴいちゃんは階段を走り下りて行く。

踊り場のところで何段か飛び降りた音がした。

・・・転ばないといいけど。


それに、俺たちの教室へは、このまま廊下を渡って行けばいいのに・・・。





ぴいちゃんと話して(からかわれて、か?)、落ち込んでいた気持ちがだいぶ軽くなった。

第三者に話を聞いてもらったこともよかったんだろうし、ぴいちゃんの言葉も俺を勇気づけてくれた。

でも、一番大きかったのは、彼女が俺の気持ちをわかってくれたことだ。

彼女は「わかるよ。」とは言わなかったけど、不思議と、彼女が俺の気持ちに寄り添ってくれていると感じた。

本当は、甘やかされたことが嬉しいだけかもしれないけど。


映司と岡田がいると思うと、教室に行くのは少し決意が必要だった。でも、次の一歩を踏み出さないと、このまま何も解決しない。

失敗するかもしれない。

だけど、そのときには、また次の方法を考えればいいんだ。

それに、ぴいちゃんが言ったとおり、みんなに手伝ってもらうこともできるかもしれない。


それでも、ちょっとびくびくしながら教室に向かう。

ちょうど野球部の朝練の終了時間と重なってしまったようで、クラスの教室が並ぶ廊下で、反対側から部員たちがやってくるのが見えた。

さすがに笑顔であいさつするのは無理。だけど、下を向くのはいやだ。

硬い表情のまま、前を向いて歩く。


5メートルくらいの距離になったとき、片手を挙げて「よお。」と言ってみた。

3人でまとまって歩いてきた部員たちは、俺に気付いた様子を見せない。

昨日、一番もめた相手だし、無視されても仕方ないか。


でも。

すれ違う直前、3人がにやりと笑って襲いかかって来た!


「なに気取ってんだよ! 朝練、サボりやがって!」


3人にさんざん叩かれて、ようやく抜け出すと、


「部長は練習サボっちゃいけないんだぞ!」


と後ろから叱られた。


痛かったけど、嬉しかった。




教室に着いて席に向かう途中で、映司がさりげなく寄って来て、肩をたたいて行った。

岡田は2つ向こうの席から俺を見て、声を出さずに「バーカ」と言った。

俺よりあとから教室に戻って来たぴいちゃんは(いったいどこに行ってたんだ?)、俺の方は見なかった。


みんながそれぞれのやり方で、俺を気遣ってくれていることがわかる。

自分は一人じゃないんだと思ったら、ちょっと泣きたいような気分になった。



放課後に部活に行ったら、逃げてしまったことを謝って、俺の気持ちをきちんと伝えよう。








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