修学旅行 5日目
修学旅行5日目。最終日。
3時半までユニバーサル・スタジオ・ジャパンで自由時間。
そして、新幹線で帰る。
朝、USJに着くと、すでに大勢の人!
遠足や修学旅行も多いらしく、制服姿もたくさん目に着く。
俺も岡田も、今日の行動については、ぴいちゃんには何も言わないまま。
改まって言い出しにくいってこともあったけど、実のところ、人見知りなぴいちゃんと小暮の組み合わせだったら、俺たち以外のどんな男の申し出も断ってしまうだろうと安心していたのだ。
だから、彼女たちの周りをウロウロしていればいい。
・・・ところが。
「じゃあね。行ってらっしゃい!」
ゲートを入ったところで、ぴいちゃんにいきなり送り出されてしまった。
あわてて振り向くと、ぴいちゃんと小暮はデジカメを取り出して言った。
「あたしたちは、今日はキャラクターとの写真がメインなの。だから、この辺からゆっくりと。ね!」
そう言って、2人でニコニコとうなずいている。
そんなふうに言われると、「自分たちも」とは言えなくて、仕方なく、ほかの生徒の波に混じって奥へと進むしかなかった。
だけど、岡田と2人で一日過ごすのか?!
いや、ありえないだろう!
ぴいちゃんがまた変な想像をしているんじゃないかと不安になる。
「お! お前たちも余り者か! 一緒にまわろうぜ!」
うしろから野球部のメンバーが追いついてきた。
そのとおり、余り者だよ・・・。
結局、いつも見慣れた顔ばかり7人で歩き始める。
こういうところでは、デートじゃなければ大勢の方が楽しい。
ぴいちゃんのことはあきらめて、せっかくだから楽しもう!
2つばかりアトラクションをまわって、何か食べようと探していると、一緒にいた林に腕をつかまれた。
「藤野。お前、小暮里緒ちゃんと同じクラスだよな?」
「・・・そうだけど。」
ちゃん付けか。
林はきれいな子が好きだからな。
そういえば、K高の野球部も、ぴいちゃんのことを「吉野ちゃん」とか呼んでたな。
「じゃあ、紹介してくれよ。」
紹介?
・・・・・いや。
だめだ。
小暮はぴいちゃんよりも人見知りで、しかも、俺や岡田ともそれほど話せない。
一緒にいて笑うことはあるし、落ち着いてなら会話はできるけど、こんな男の集団の中では無理だろう。
なのに、俺や岡田があいだに入ったら、遠慮して断れなくて、困るに違いない。
それに。
今日、小暮を紹介することにしたら、必然的にぴいちゃんも一緒にってことになるじゃないか!
絶対ダメだ!
「無理だな。」
「なんで?!」
「小暮はおとなしくて、俺たちだってそれほど話したことないし・・・。」
そう答えている少し先の店から、当の小暮が出てきた。
うわ。
なんて間の悪い・・・。
と、思ったとたん、小暮は必死な顔で急ぎ足でこっちへやって来て、ささっと俺の後ろに身を寄せる。
どうした?!
何かあったのか?
それに、ぴいちゃんは?!
あわてて見回すと、やっぱり急いで来たらしいぴいちゃんが、岡田の前にたどり着いたところだった。
「よかった!」
ぴいちゃんのほっとした声に、俺もほっとする。
会えて嬉しいけど・・・この小暮は、どうしたらいいんだろう?
林に、仲良くないから紹介できないって説明したばっかりなんだけど。
こんなふうに背中にくっつかれていたら、紹介できない理由が違うと思われるじゃないか。
ほら、林が疑わしそうに見てるよ・・・。
それに・・・納得いかないのは、ぴいちゃんと小暮が、俺と岡田をどういう根拠で割り振ったのかってことだ。
なんで、ぴいちゃんが岡田の方に行くんだよ?!
俺の頭の中を駆け巡る想いには気付かない様子で、ぴいちゃんは岡田の学ランの袖をつかんだまま(!)、出てきた店の方を振り返っている。
彼女の視線を追って目を向けると、紺のブレザーの制服を着た男子高校生3人組が店から出て来たところだった。
彼らの一人が俺たちを見つけ、ほかの2人に何か話しかけると、そのまま向こうへ行ってしまった。
「どうした?」
岡田がぴいちゃんに尋ねる。
・・・こんなに優しい声が出るのかと、ちょっと驚いた。
「あ、ごめんなさい。」
ぴいちゃんが、あわてて岡田の袖から手を放しながら説明を始めた。
小暮は俺から離れて、ぴいちゃんの横に移動する。
俺もぴいちゃんの方へ。
「あたしたちが2人しかいないせいか、声をかけてくる人が多くて、断る口実に『連れがいる』とか『約束がある』って言ってたの。そうしたら、さっき、一度断った人たちと会っちゃって、『さっき言ったことはウソだろう』ってしつこくて。」
断る口実としては、ありがちだよな。でも、何時間も同じ敷地内にいるからなあ。
だけど、そいつらも、ウソをつかれたってわかった時点で、自分たちが嫌がられてるってわからないのか?
しつこくつきまとうなんて、断られた方のプライドみたいなものはないんだろうか?
「向こうの中に里緒のことをものすごく気に入っちゃった人がいて、里緒は腕をつかまれそうになったりして、ちょっと危なかったの。」
それで、さっきの行動か。
よっぽど恐かったんだな。
「里緒は足が痛くてあんまり走れないから、お店を抜ければ見失ってくれるかと思って向こう側から入ったら、窓から岡田くんと藤野くんが見えたの。巻き込んじゃって申し訳ないと思ったけど、あたしたちだけじゃ、無理そうで・・・。」
「そうか。役に立てたみたいでよかった。」
俺たちを頼ってくれて、嬉しいよ。
だけど。
「しばらくは俺たちと一緒にいる方がよくないか?」
岡田も、俺と同じ心配をしているらしい。
「・・・里緒はどう?」
ぴいちゃんが、小さい声で小暮に訊く。
この2人でいると、ぴいちゃんが小暮の面倒を見ている感じだ。
だからさっきも、ぴいちゃんより先に、小暮が店から出てきたんだろう。
小暮が小さくうなずいたのを見て、ぴいちゃんが俺たちの方を向く。
「あたしたちも、そうしてもらえるとありがたいんだけど・・・」
何か問題が?
「里緒があんまり歩きまわれないから・・・。」
「別にかまわないよ。」
「気にするなよ、そんなこと!」
俺と岡田の声が重なる。
あ。そうだ。
「こいつらも一緒だけど。」
そう言って、後ろで見ていた5人に視線を移す。
岡田をちらりと見ると、“しょうがないよ” と肩をすくめた。
5人は期待に満ちた目でぴいちゃんと小暮を見つめている。
ぴいちゃんがちょっと考えたあと、背筋を伸ばしてひとこと。
「お邪魔してもいいですか?」
こいつらにそんなに丁寧にする必要はないんだけど。
それに、俺が言いたかったのは、ぴいちゃんたちが構わないかってことで、こいつらが承諾するかどうかじゃないよ。
「どうぞどうぞ。」
「もちろん!」
「ご遠慮なく。」
「やった!」
林たちがそれぞれにOKの返事をすると、ぴいちゃんと小暮も顔を見合わせて笑った。
そして、東京駅。
夜の7時を過ぎたところ。
午後はぴいちゃんと小暮を加えて9人でにぎやかに過ごした。
小暮は、俺が心配したよりもずっと楽しそうにしていた。
みんなでたくさん笑ったし、写真もたくさん撮った。
ぴいちゃんは、岡田と俺が争うように、そばについていようと思っているのに、気が付くと、小暮やほかの誰かと話している。
ゆっくり話すチャンスがなくて残念。
でも、彼女が安心して笑っていられたんだからいいか。
帰りの新幹線の中では、みんなぐっすりと寝ていた。
4泊5日、みんなお疲れさま、だ。
駅構内の集合場所で、先生の話を聞いて解散。
この時間の東京駅は勤め帰りの人で混んでいて、大きな荷物を持って移動するのは気を遣う。
「じゃあね。気を付けて。」
ぴいちゃんの声に気付いてそちらを見ると、ぴいちゃんが和久井に手を振って歩き始めるところだった。
あれ?
一人で帰るのか?
そういえば、彼女の家は俺たちとは方向が違う。
出発の日も、一人で来たのか。
ちょっと、ホームまで送ってあげようかな。
・・・ん?
誰だ?
ぴいちゃんが親しげに手を振ってる相手は・・・。
ほっそりした体格の背の高い若い男。高校生?
ゆるやかにパーマをかけたような長めの髪。
Gパンにシャツを重ね着したラフな服装が、スーツ姿の多いこの場所で、すごく目立っている。
誰?!
ぴいちゃんが近付くと、そいつはさっさとバッグを受け取り、2人で話しながら歩いて行く。
冗談でも言っているのか、ぴいちゃんが手を伸ばして、そいつの頭を叩こうとしている。
「あれ?」
和久井がいつの間にか隣に来ていた。
「あれ誰?」
俺に訊くなよ!
いきなり、後ろから腕で首を絞めてきたのは岡田だ。
「おい! 藤野! 誰だよ、あれ?!」
だから、俺に訊くな!




