修学旅行 4日目
修学旅行4日目。
大阪城を中心に、市内観光。・・・と、お好み焼き。
朝食のとき、小暮に足の様子を尋ねると、まだ痛いけど、腫れはだいぶ引いたと言った。
彼女の班は、今日は吉本興業の劇場で公演を見るそうだから、休める時間もあるし、なんとかなりそうだ。
せっかくの修学旅行なのに、ホテルで留守番なんてことにならなくてよかった。
今日は一日中、篠田は近付いてこなかった。
さすがに、もう当分の間は俺も話したくない。
昨日は班行動が休みで接点がほとんどなかったから、もう篠田に対する腹立ちは治まったかなと思っていたけど、ちょっと無理みたいだ。
篠田が近くにいるだけで、なんとなく鬱々とした気分になってしまう。
岡田や映司と一緒になって、ぴいちゃんと和久井にふざけてみせたりしながら、その一方で虚しさを感じてもいる。
このイライラを、どうしたらいいのかわからない・・・。
宿に戻ってベッドにぐったりと横たわると、今日一日のことを思い出して、また落ち込んだ。
俺って、なんて心が狭いんだろう。
篠田だって、あのときは仕方なくあんなことを言ったんだし、自分がそれを了承したのに。
それに、篠田は反省してる。
なのに、俺は篠田のことがいやになって、近くにいるだけでイライラしてしまう。
じっとしていると、気持ちがどんどんマイナスの方向へ進んでしまいそうで、部屋を出た。
ホテルの中を歩き回ってみるけど、どこに行ってもうちの生徒がいっぱいいて落ち着かない。
売店でお土産を物色している生徒も多い。そういえば、今日は修学旅行最後の夜だ。
ゴン!
いて?!
頭をなぐられた?!
たぶん、ゲンコツで。
あわてて振り向くと、鳴海が不機嫌な顔で立っていた。
「なんだよ?」
鳴海のいきなりの行動に腹が立つ。
そういえば、篠田に断られたんだっけ?
その腹いせか?
鳴海は無言で俺の襟元をつかんで、ロビーの方へ俺を引っぱって行く。
篠田のことでイライラしていたのに、またその関係者にわけのわからないことをされて、本当にうんざりだ。
「藤野。お前、篠田のこと断ったって、本当か?」
ロビーのソファに俺を放りだすように座らせて、鳴海が訊いてくる。
「本当だけど。夏休み前に。」
ぶっきらぼうに俺が答えると、鳴海は「そうか・・・。」と言って、倒れるように隣のソファに座った。
そのまましばらく、天井を見上げている。
俺、もう帰ってもいいか?
立ち上がろうとしたとき、鳴海がこっちを向いた。
「なんでだ? あんなにかわいいのに。」
そうか?
まあ、鳴海にとってはかわいいんだろうけど。・・・世間一般の基準でも、そうかもな。
でも。
「俺にとっては、あんまり関係ないかな。」
「・・・つまり、藤野は篠田には興味がないってことか・・・。」
そのとおり!
だけど、自分を振った相手が振られた理由を訊きに来るなんて、変じゃないか?
「鳴海。お前、何が言いたいの?」
「・・・よくわからない。」
なんだよ!
なぐっておいて、それかよ!
鳴海はため息をついて、話を続ける。
「篠田に断られたショックから立ち直れない・・・。その篠田を断ったお前に腹が立つ。」
とばっちりか。
迷惑なヤツだな。
「もう3日も経つのに、相変わらず落ち込んだままだ・・・。」
3日経ってもこんな?
そんなにショックだったのか・・・。
それとも、これが普通?
鳴海はまたため息をついて、天井を見上げる。
「・・・もう行ってもいいか?」
もう話すことがなさそうだ。
俺が尋ねると、鳴海は片手で俺を追い払うような仕草をした。
あんなに落ち込んでいる鳴海の姿を見たら、自分のイライラなんて、たいしたことがないように思えてきた。
あいつが篠田に、どんなことを言われて断られたのかわからないけど、相当ショックだったんだな。
嫌いだとか言われたりしたんだろうか?
だけど、修学旅行が始まってからも、鳴海はずっと元気そうにしていた。
まあ、篠田に話しかけないのはどうしてなのかとは思ったけど。
そこまで考えて、はっとする。
もしも、自分がぴいちゃんに嫌われたりしたら・・・?
たとえば、ぴいちゃんが岡田とか、ほかの男を選ぶこともあるだろう。
そうなったら、きっと、すごくさびしい。
けど、ぴいちゃんが楽しそうに笑っているのを見られれば、少しは慰められるような気がする。
たぶん、俺への彼女の友情が消えてしまうわけではないだろうから、ときどきは話もできるだろう。
・・・自分がちゃんと笑えるのか、ちょっと自信はないけど。
でも、もしも嫌われるようなことになったら?
俺を避けたり、嫌悪とか憎しみの目で見られたりしたら?
・・・耐えられないような気がする。
それとも、時間がたてばなんとかなるんだろうか?
どれくらいの時間が必要なんだろう?
「あ。」
ほかの生徒に混じってエレベーターを待っていたら、開いた扉から最初に出てきたのはぴいちゃんだった。
彼女は俺に気付くと、俺に向かってちょっとだけ微笑んで視線を送ってから、小走りに売店に向かって行く。
その一瞬の微笑みが、今の彼女の精一杯のあいさつだ。
その微笑みを見ただけで、胸の中があたたかくなって、わかった。
本当は、彼女に会いたくて、こうやってウロウロしていたんだってことが。
一日中、ぴいちゃんと一緒にいたけど、それはただ、同じ集団の中にいただけ。
彼女と話すことはできても、個人的には何もないのと同じ。
心の中では、ぴいちゃんに、俺のために微笑んでほしかったんだ。
俺だけのために。
今は、失敗したときのことを考えるのはよそう。
今のところ、彼女は俺を友達として認めてくれている。
俺を信頼してくれている。
俺にできることは、彼女の信頼を裏切らないようにすること。
そして、彼女を守ること。
そう考えたら、気持ちが軽くなった。
だけど。
「守る」って言っても、今の俺には足りない部分がたくさんある。
ぴいちゃんの方が、俺よりもしっかりしているところもあるし、岡田にも負けているような気がする。
それなら、がんばるしかない。
ぴいちゃんに選んでもらえるような男になれるように。
・・・でも、間に合うのか?