修学旅行 2日目
修学旅行2日目は、まる一日、京都観光。
俺たちは、陰陽師に縁のある場所を中心に回ることになっている。
たしかに陰陽師って不思議な職業だし、ちょっと秘密めいたところがあっておもしろいかも。
それ以外にも、景色のよさそうな観光地も組み込んであって、神谷たちがコースを組むのを頑張ってくれたことがわかる。
電車やバスを使って移動するときは、12人もいるとなかなか大変だ。
和久井とぴいちゃんはいつも周りを見ながら、間違えないように気を付けている。
だけど、篠田と水内はおしゃべりに夢中になって、ほかの人について行きそうになったり、電車を降りそこねそうになったりする。そのうち、ぴいちゃんか和久井が、2人がちゃんといるかどうか、必ず確認するようになった。
ぴいちゃんたちは「しょうがないね」とか笑っているけど、俺はそれを見ながら、ちょっとイライラしてしまう。
篠田のことを断っておいて本当によかったと、つくづく思った。
鳴海が篠田を気に入っているなら、こういうときに面倒を見てやればいいじゃないか。なのに、結城たちにくっついたまま、神谷のそばで笑っているばかり。
そんなことが気になって、篠田に話しかけられたときには、返事がちょっと冷たい言い方になってしまう。篠田は気付かなかったようだけど。
岡田は少し元気がない・・・っていうより、もしかしたら、今までよりも控え目にしているのかもしれない。
ぴいちゃんに話しかけるときも、昨日までと比べると、声のトーンを落としているし、身振りも落ち着いているような気がする。
ぴいちゃんは・・・安心しているように見える。まあ、昨日だって、俺は彼女の変化に気付かなかったけど。
俺に対してはいつもどおりか?
俺はぴいちゃんがほかの誰かと一緒にいるときにしか、話しかけないようにしている。それも、あまり何回もではなく。
でも!
話しかけるときには、必ず彼女の隣に立つ。
なるべく近くにいたいから。
この日は班ごとにホテルに帰る。
俺たちが戻ったのは4時ごろで、ほかの生徒に比べると早い方だった。
このまま6時までは自由時間。
ホテルの中で過ごしてもいいし、近所を一回りしてもいい。ただし、外に出るときは制服着用。
映司は和久井と散歩に出かけてしまった。
部屋に残された俺と岡田は、何もすることがなくて、ベッドでゴロゴロする。
ぴいちゃんが俺たちを誘いに来るとは思えないし。
「今日はどうだったんだよ。」
気になっていた話題を持ち出してみる。
岡田は俺の方をちらっと見ただけで、手に持っていたiPodに視線を戻した。
「とりあえず、様子見。」
ふうん。
ぴいちゃんの出方を探ってるってことか。
でも、岡田が落ち着いてるってことは、あんまり悪い雰囲気ではなかったんだろうな。
「そうか。俺、飲み物でも買ってくる。」
何もすることがないので、財布を持って立ち上がったところで、ドアのチャイムが鳴った。
誰だ?
そのまま行ってドアを開けると、篠田と神谷が立っていた。
・・・・・?
なんとなく怒っている様子の神谷と、おろおろした様子の篠田は、俺がひとことも言う前に、どんどん部屋に入って来た。・・・どんどん入って来たのは神谷で、篠田はそれにくっついて、かな。
俺は神谷のいきおいに押される感じで、一気に後ろに下がる。
ベッドでゴロゴロしていた岡田が驚いて起き上がった。
俺たち2人とも、着替え中じゃなくてよかったよ・・・。
「藤野くんに訊きたいんだけど、」
神谷が立ったまま腕組みをして、俺をするどく見つめる。
恐い・・・。
「舞のこと、いつまで待たせるつもり?」
「え?」
なんのことか、よくわからない。
篠田に視線で問いかけようとしたけど、篠田は下を向いたまま。
「待たせるって言われても・・・。」
「藤野くん、舞に、『気になる相手がいるから、返事は保留にする』って言ったんでしょう?」
あのときのことか!
だけど、ちょっと違うんじゃないか・・・?
「そんな言い方しておいて、舞にずっとさびしい思いをさせたままなんて、ひどいじゃない! 舞は藤野くんのことがあるからって、鳴海くんを断ったのに!」
鳴海を断った!
だから、あいつは篠田に近寄らないのか・・・。
この混乱した状況の中で、「ああ、そうか」と冷静に納得している自分がいる。
だけど、今、何を説明したらいいのかが浮かんでこない!
あのときは篠田に食い下がられて、返事を保留ってことでもいいと同意したのは間違いないし。
「藤野くんは舞のこと、どう思ってるのよ?!」
岡田は目をぱちくりさせながら、俺と神谷と篠田を順番に見ている。
まさか、ここでこんなことを目にするとは思わなかったはずだ。
もちろん、俺だってそうだけど。
「違うんだよ。」
篠田の弱々しい声がした。
「違うんだよ。藤野くんは、あたしとじゃ無理だって言ったんだよ。」
篠田は下を向いたまま、神谷の制服の袖をつかんで話す。
「それを、無理に頼んで、保留ってことにしてもらったのは、あたしの方なの。」
神谷が驚いた顔をして篠田を見る。
「と・・・とりあえず、ちょっと座れば。」
めずらしく、岡田が気を利かせて声をかけてきた。
ぴいちゃんの態度が変わったりして、岡田も場の雰囲気を気にするようになったのかも。
神谷はわけがわからないという顔でため息をついて、真ん中の空いていた映司のベッドに腰掛けた。隣に篠田が力なく座る。
2人とも岡田の方を向いて座ってしまったので、俺は仕方なく、岡田が起き上がっている足元に腰掛けた。
神谷に催促されて、篠田が話し始める。
「藤野くんに断られたとき、“どうしよう?” って思って・・・。」
「なんで?」
神谷が尋ねる。
「だって、チア部では振られた人なんていないから。」
「え?」
「は?」
俺と神谷の声が重なった。
「チア部はみんな可愛くて人気があるから、誰でも告白したら必ず成功してて、あたしだけ断られたなんて言えないって思ったの。」
なんだ、それは?!
女のプライドの問題か?
あきれて言葉が出ない。
「だから、藤野くんは嫌がったけど、保留ってことにしてもらったの。それで、みんなには藤野くんの結果待ちだって話して・・・。」
それって、俺がものすごく勝手な男みたいじゃないか。1番目がダメなら次だなんて・・・。
それに、それだと、篠田が俺の2番目に気に入ってる女子ってことにならないか?
あのときは混乱して気付かなかったけど・・・。
思わずイヤな気持ちが顔に出たらしい。
神谷がちょっと俺の方を見て、篠田に話の先をうながした。
「それに、そういうウワサを流しておけば、もしもその相手の子が藤野くんのことを好きでも、控え目な子なら、あたしのことを考えて、あきらめるんじゃないかと思ったから・・・。」
控え目な子・・・。
たとえば、ぴいちゃんとか? ・・・っていうのは、都合がよすぎるか。
だけど。
俺は、篠田を断ったことを申し訳ないって思ってた。
頑張って気持ちを伝えてくれたのに、それに応えられないから。
それなのに、自分勝手な理由で、本当と違うウワサを流すなんて。
「あのなあ。」
あきれて、思わず大きな声が出た。
「もしも、俺がその相手に断られたとしても、だからといって俺は篠田のことを好きにはなれない。あのときもそうだったし、今となっては絶対に無理だ。」
「藤野。」
岡田があわてて俺の腕に手をかける。
言い過ぎだと思ったのか。
「うん。今ならわかる。」
下を向いたまま、篠田が続ける。
「鳴海くんに申し込まれたとき、無理だって思った。鳴海くんが、藤野くんのことがダメだったときにって言ってくれたけど、そうなってもやっぱり無理だって思った。」
鳴海・・・気の毒に。
いや、誰にだってそういうことはあるか。
「だから、藤野くんがあのときに困った気持ちが、今はよくわかる。」
「舞・・・。」
神谷の声が少し優しくなった。
「チア部だって、断られることはあるよ。」
それから俺に向き直る。
「藤野くん、ごめんなさい。よく事情を聞かないで怒ったりして。それに、チア部の変なプライドで迷惑かけちゃって。あたしも舞も反省してます。」
神谷に頭を下げられると何も言えなくて、ただうなずく。
でも、篠田を許せるかどうかは、自分でもよくわからない。
いや、許すとかじゃなくて、ただ、篠田にはもう関わりたくない。
「じゃあ、これで戻ります。岡田くん、どうもありがとう。お騒がせしてごめんね。」
いつもの魅力的な微笑みで岡田にうなずいてから、神谷が篠田を引き立てて行く。
「いやー、びっくりした!」
岡田が大きく伸びをしながら言った。
「藤野、大変だったなあ。」
「ホントに。」
疲れた・・・。
ドサッと仰向けに倒れる。
そのまま目をつぶって、しばらくぼんやりしてしまう。
岡田がしゃべっているのが聞こえる。
「俺、絶対に神谷の相手は無理だ。早いうちに気が付いて、ぴいちゃんにしといてよかった〜。」
何言ってるんだよ。
昨日、あんなに落ち込んでいたくせに。
それに、ぴいちゃんの気持ちはまだわからない。
ガチャ、と音がして、映司が戻って来た。
疲れ切った俺と岡田を見て笑う。
「お前たち、1つのベッドでくつろいでるって、あやしいぞ! なっちゃんに知らせなくちゃ・・・。」
疲れてるのに、やめてくれよ!