修学旅行 1日目
日曜の朝、東京駅に集まって、新幹線で修学旅行に出発。
2時間半くらいで京都に着いて、そこからバスで奈良へ。
1日目は奈良で史跡めぐりのあと、京都に戻って泊る。
神谷たちが組んだコースは、『不思議』とか『謎』とか『神秘的』とか、そういう場所が中心になっているらしい。奈良も、京都も、大阪も、班行動のコースはそれなりにテーマを組み込んで設定されていた。
とりあえず、彼女たちがきゃあきゃあと楽しそうなのでほっとする。
ぴいちゃんも一緒に笑ってるし。
奈良の遺跡めぐりは、確かにおもしろかった。
特に、大きな遺跡を見ながら、昔の人たちがどんなことを考えながらこんなものを造ったのだろうかと考えるのは楽しい。
その人たちだって、子供のころはあっただろうし、好きな人もいただろう。
楽しかったり、悲しかったり、嬉しかったり、文化が違っても、俺たちと同じように、いろんなことを感じていたに違いない。
そんなことを考えながら歩いていると、心がゆったりするような気がした。
天気が良くて、気候もいい時期だし。
12人でまとまったり、バラバラになったりしながら、みんなで元気に歩く。
何度か、俺の隣に篠田が来て話すこともあった。
俺はその度に少し警戒したけれど、特別な話題が出るわけではなくてほっとした。
岡田はいつものとおり、ぴいちゃんに向かってふざけている。
ぴいちゃんは和久井やほかの女子と一緒に笑っている。
いつもと変わらない。
ところが・・・。
「映司〜。俺、もうダメかも。」
夜、ホテルの部屋で、岡田が泣きごとを言い始めた。
修学旅行の宿はどこも洋室で、2人か3人で一部屋を使う。俺たちは全部、3人で同じ部屋。
俺は一番奥のベッド、真ん中が映司、ドア側に岡田。
「なんだよ、いきなり。」
映司が尋ねる。
岡田はベッドにうつぶせになって、ぐったりしている。
熱でも出したのか?
さっきまでは元気そうだったけど・・・。
「ぴいちゃんが。」
岡田が枕を抱きしめながら、ごろりとこっちを向いた。
・・・どうしたんだ?
「ぴいちゃんが俺を避けてる・・・。」
情けない顔をして、俺と映司を交互に見る岡田。
「ああ、もうダメだ〜!」
そう言って、また布団に顔をうずめてしまった。
映司が、わけがわからないという顔をして俺を見る。
俺だってよくわからない。
「昼間はいつもと同じに見えたけど。お前、何かしたのか?」
映司の問いに、岡田は答えない。
何かしたのは金曜日だけど、あれは解決したんじゃないのか? ぴいちゃんも、あのあと笑ってたし。
「映司。お前、和久井から金曜日の話、何か聞いたか?」
どこまで映司に話していいのかわからなくて訊いてみる。
「金曜日? 小谷の話なら聞いたよ。」
小谷の話だけか。
和久井が知ってて話さなかったのか、ぴいちゃんが和久井にも話していないのか。
どうする?
「岡田。金曜日のこと以外に心当たりあるのか?」
「・・・ない。」
「なんだよ。金曜日って、岡田も何かしたのか?」
一人だけ話がわからない映司が岡田に向かって言う。
そりゃあ、岡田の方から話を持ち出したのに、その原因を知らないんだから・・・。
「・・・ちょっと、手が。」
ぼそぼそと答える岡田。
映司がわけがわからないまま、今度は俺の方を向く。
仕方ないな。俺から話すぞ。
「小谷を断って、気が動転してる吉野を、岡田が人前で抱きしめたんだよ。」
本当は、岡田がぴいちゃんを抱きしめたなんて言いたくない。
だから、ぶっきらぼうな言い方になって、その揚げ句、出てきたのはこんな言葉だけ。
「うわ! 大胆!」
「藤野! もうちょっと優しい言い方はないのか・・・。」
そんなこと言われても!
「じゃあ、自分で話せば。」
冷たく言い返す。
岡田はため息をついて、映司に説明を始めた。
「ぴいちゃんが小谷を断ったとき、俺と藤野が偶然、聞いちゃったんだ。小谷はぴいちゃんに俺のことを持ち出して、ぴいちゃんが俺のことをかばってくれてて。」
もう一度ため息をつく岡田。
「小谷と別れて昇降口に戻ったぴいちゃんが心配で俺たちもそっちに行ったら、ちょうどぴいちゃんが校舎に入って来たところで。・・・で、俺たちの顔を見て、泣き出しちゃったんだよ。」
あれを思い出すと、今でも胸が痛む。
「俺、彼女が小谷に言ってくれたこととか、俺たちを見て笑顔を見せようとしたこととか考えたら、思わず手が出ちゃって・・・。」
“考えた” って、あのとき、ものすごく素早かったけど・・・?
「で、人前で抱きしめた?」
映司があきれたように言う。
「だ・・・抱きしめたって言っても、片手で、だぞ!」
まあ、そうか。
じゃあ、“抱き寄せた” って言えばいいのか?
でも、人前でいきなりっていうところは変わらないけど。
「吉野は?」
映司が俺の方を向いて訊く。
「すぐにトイレに逃げ込んだ。俺は小谷にひとこと言ってやろうと思って教室に戻って、岡田は弁解するためにそこに残った。解決したんじゃなかったのか?」
ぴいちゃんも、放課後に話したときにはそんな様子だったし。
「俺だって、解決したつもりだったよ!」
岡田は勢いよくベッドに起き上がり、
「でも、今日はいつもと違った・・・。」
そう言って、またうつぶせになる。
「どう違ったんだ?」
映司が尋ねる。ちょっと楽しそう?
もしかして、和久井に話そうとか思ってるんじゃないだろうな?
「なんか、俺が話しかけると、ときどき困った顔をするし・・・。」
あれ? そんなの、俺にはよくあることだけど・・・?
「頭をポンて叩こうとするとよけるし・・・。」
・・・当然だ。
あれは普段から、なれなれしいと思ってたんだ。
ざまあみろ。
「なんとなく遠くにいる。」
そりゃあ、あんなことをされたら、近くに寄って来ないだろうな。
「ぷっ。」
映司が吹き出した。
岡田が映司をにらむ。
「あ、悪い! でも、それって、別に平気なんじゃない?」
同情しない映司を岡田は納得いかないという顔で見ている。
「だって。」
映司が俺の方を向いた。
「藤野は吉野のこと、なれなれしく叩いたりするか?」
「しない。」
だいたい、彼女に触ったことないぞ!
・・・女装のときに触られたことはあるけど。・・・ちょっとだけ。
あ、一度だけあるか。図書室で。
でも、あれは触ったとかいうような状況じゃなかった。
「じゃあ、困った顔されたことは?」
「・・・ときどき。」
あんまり言いたくないけど。
「それは、藤野がおかしなことするからだろう?!」
言うと思った。
俺がそんなことするわけが・・・。
「違うな。」
映司が落ち着いた声で言う。
「吉野が今まで、岡田がやることを全部笑って流していたのは、岡田のことをただの友達だと思ってたからだ。」
人差し指を立てた映司は、まるで先生が生徒に教えているような雰囲気。
本人も、先に彼女ができたっていう事実があるから、そのつもりなのかも。
岡田は、そんな映司の様子をじっと見ている。
「でも、その事件で、そうじゃないかもしれないって思い始めた。」
それは当たってるだろうな。
「だから、警戒している。」
「でも、あのときにちゃんと・・・。」
「まあ、ちょっと待て。」
弁解しようとする岡田を遮って、映司が続ける。
「ただの友達っていうのは、男として見られてないってことだ。だから、岡田が何を言っても、何をしても、笑って済ませられたんだ。」
たしかにそうかも。
ってことは、つまり・・・。
「でも、そうやって警戒するってことは、男として意識するようになったってことじゃないか。つまり、小学生レベルの “お友達” から、“彼氏になるかもしれない相手” として考えてもらえるところまでレベルアップしたってことだよ。」
・・・そうか?
男として意識するようになったっていうのは当たってるだろうけど、距離が近くなったか、遠くなったかは、今の状況だと微妙じゃないだろうか。
映司の説明をじっくりと考えている様子の岡田。
「・・・本当にそう思うのか?」
ゆっくりと岡田が尋ねる。
「間違いないな。」
確信に満ちた返事をする映司。
いいのか?
まあ、俺が何か言っても、岡田は聞かないだろうけど。
「そうか・・・。」
ほっとした顔をして、岡田は今度は仰向けになった。相変わらず枕を抱いたまま。
とりあえず、落ち着いたからよかったか?
「あ、ほら、もうメシの時間になるぜ! 着替えて片付けよう!」
映司が時計を見て気付き、3人とも慌てて荷物をかき回す。
明日はいったいどうなるんだろう?
でも、俺たちとぴいちゃんとの関係は、けっこう危ういバランスで成り立っているのかもしれない・・・。




