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ぴいちゃん日記  作者: 虹色
修学旅行に行こう!
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将来の夢は?


先週、高橋の話を聞いてから、ぴいちゃんに話しかけるときは気をつけようと思っていた。

休み時間だけじゃなくて、授業中も。


で、授業中にわからなくなったときにはぴいちゃんじゃなく、パスを最後に受け取っていた小暮に訊いてみた。

小暮は簡単に教えてくれて、彼女から青木とかほかの女子に確認したりしなかった。

だけど、声が小さくて、訊きなおさなくちゃならないこともあって、けっこう面倒くさい。

反対側の竹内に訊くか(あてになるのか?)、後ろの水内(篠田と仲良しっていうのが恐い)に訊くかちょっと迷ってる。

ぴいちゃんに訊くのが一番簡単なんだけど。

でなければ、俺が小暮に話しかけるのをヤキモチ妬いてくれてもいいな。・・・そんなこと無理か。



休み時間は、みんなで話しているときなら問題ないかと思っていたのに、見られているんじゃないかと警戒心が働いて、ぴいちゃんに直接話しかけられなくなってしまった。

そのうえ、教室の外で話すっていうことも、意外に難しい。

俺も彼女も一人きりでいるときなんてめったにないし、廊下にも生徒はたくさんいる。


先週の金曜の放課後、部活に行く前に、偶然、ぴいちゃんと一緒になったあとは、ほとんど会話らしい会話をしていない。

・・・なんか、さびしい。




あの日、彼女はちょっと驚いたみたいだったけど、困った様子はなくて、玄関まで話しながらのんびりと歩いた。

やっぱり教室の外でなら・・・たぶん、周りに人があんまりいなければ大丈夫なのは間違いないらしい。


話題は面談のことから進路へと移った。

彼女は国公立大学への進学を希望していると言った。


「うちね、母親が1人であたしと弟2人を育ててるから。」


え?

そんなこと、俺が聞いちゃっていいのかな?


彼女は特に気にしない様子で、明るく話を続ける。


「あたしは先生になりたいから大学に行かなくちゃ無理だし、弟もこれからお金がかかるしね。」


それでバイトを。


ぴいちゃんが、人間関係では助けが必要そうなときがあるのに、どこかしら強さを感じるのは、夢に向かって進んでいく強さがあるからかもしれない。

教室で一人で本を読んでいたり、俺たちが困っているときにためらわずに手伝ってくれること、人見知りなのに店でバイトをしていること、よく「大丈夫」って言うこと。

彼女は自分の足で立っている。・・・まだ完全じゃないけど、立とうとしている。


「藤野くんは、希望は決まってるの?」


「いや、まだ・・・。」


能天気に生きてきた自分が情けない。


「そう。でも、今の段階で具体的にやりたいことを決めてる人は多くないのかもね。特に部活を頑張ってる人は。」


「確かに野球ばっかりやってるなあ。」


「その経験を活かして、何かできるといいのにね。」


「少年野球のコーチはボランティアだし、あとは学校で部活の顧問とか・・・。」


部活の顧問。


ふわっと、自分が校庭に立って、生徒の練習を見ている景色が頭に浮かぶ。

・・・顧問である前に、教師だぞ?


でも、ちょっと考えてみよう、と思った。





そして今週。

月曜から始まった担任との面談は今日の木曜日で4日目。

俺は今日の最後。部活を途中で切り上げてきた。


廊下に直に座ってあれこれ考えているうちに、俺の前の順番の早川が、くすくす笑いながら出てきた。余裕だな。


早川が出てきたドアから中をのぞくと、担任が手招きする。

うちの担任は40代の、ちょっと腹の出っ張った男の先生だ。

いつも、“お前らの好きなようにやれ” みたいな、すごく大まかな感じがする。


「大学進学希望ってところは決まってる、と。」


俺が椅子に座るとすぐに、金曜に提出した調査票を見ながら担任が言う。


「でも、学部も系統も未定。」


渋い顔の担任。


「行きたい学校とかないのか? やりたいこととか。」


俺の顔を見ながら尋ねる。


「あのう・・・。」


最近急に考えたことだったから、ちょっと言い出しにくい。しかも高望みだし。


「国公立は・・・。」


「え?! 私大じゃなくて、国公立?!」


担任の声が大きくなった。


「・・・はい。」


「うーん・・・。」


担任が俺の成績表をじーーーーっと見る。


「そっちだと、センター試験で科目数が多いのはわかってるのか?」


「はい。一応、調べてみたんで・・・。」


「・・・まあ、チャレンジしてみてもいいとは思うけど、今の成績だと難しいな。部活を引退したあとに伸びるかもしれないが、間に合わない可能性もあるぞ。学部は?」


「中学の教員免許がとれるところがいいかと思って・・・。」


「教師?! それは急な思い付きか?」


担任は驚いて、ぐったりと椅子の背中によりかかった。


「土日から、ちょっと・・・。」


向かい側からじっと見つめられて、ものすごく居心地が悪い。

今の成績では厳しいのは分かってる。

でも、これが今、自分で考えた一番よさそうな目標だ。


「ふうん。週末から考えて、入試についても一応は調べてみた。で、今、口に出した。」


確かめるような担任の言葉が、頭の中を通り過ぎる。


「じゃあ、やってみるしかないな。資格は持っていても邪魔にならないし。」


ふっと緊張が解けた。


「とりあえず国公立を希望、と。」


担任が調査票に書き込みながら言う。


「まあ、俺はいいとかダメとか判断するわけじゃなくて、助言するだけだからな。あくまでも、本人のやる気次第だってことを忘れるな。」


「はい。」


「あと、私大も考えに入れとけよ。科目は?」


「社会科・・・?」


窺うように担任の顔を見る。

歴史は面白そうかな、と、前から思っていた。


「ふうん。」


・・・それだけ?


担任は机の端に置いてあった大学案内の本を取り上げて、目次を見ると、パラパラとめくっている。

開いたページをこちらに向けて、


「このあたりの大学が教員免許が取れるところだ。」


と、指で示すと、さらに各大学の紹介をいくつか見せながら、学部の特徴や入試科目を説明してくれた。

・・・意外に親切なんだな。


「お! こんな時間か!」


何校か見たあと、急に担任が慌てる。


「もう一人いるんだった。じゃあ、藤野はこれで終わり。あとは自分で調べろ。」


俺が立ち上がって荷物をかついでいる間に、急いでドアを開けて呼びかける担任の声。

俺が最後じゃなかったのか。


「待たせたな、吉野。」


あれ?


担任が教室に引っ込むのと入れ違いに俺が廊下に出ると、ぴいちゃんが俺に小さく微笑みながら教室へと消えた。






15分後。

俺はぴいちゃんと一緒に玄関に向かっている。




彼女がほかの生徒の目を気にしていることを考えると、教室の廊下で待つのはどうかと思ったけど、どこかで待ち伏せするのも変だ。

メールで『一緒に帰ろう』って送っておくのも、今の俺と彼女の関係だと図々しいような気がするし、逆に避けられてしまうかもしれない。

結局、


「暗くなるから送る」


という理由をこじつけて、そのまま廊下で待っていた。

たしかに、もうそろそろ日が沈む時間・・・だと思う。


面談が終わって出てきたぴいちゃんは、俺が廊下にいるのを見て、担任に用があると思ったらしい。教室を振り返って「せん・・・」と言いかけたところで、慌てて違うと否定する俺に気付いて、言葉を止めた。


ぴいちゃんは、「送る」という俺に「明るいから大丈夫」と断ろうとしたけど、窓の外は本当に夕焼けがはじまっていて、東の空はもう群青色になっていた。それに、帰る方向はどうせ同じ。

で、今は一緒に玄関に向かっている。


でも・・・、ぴいちゃんの口数が少ないような気がする。

もしかして、本当に困らせてしまったんじゃないか?

俺は勝手に仲良くしていると自信を持っていたけど、実は嫌われてるとか・・・。


「面談、もともと今日だったっけ?」


とりあえず、当たり障りのない話題を。


「あ、違うよ。今日はバイトがない日だから、変えてもらったの。」


そう言いながらこっちを向いた彼女の表情はおだやか。

よかった・・・。


ほっとして次の話題を探す俺からいったん視線をそらして、またすぐに彼女がこっちを向いた。


「あの。」


その真面目な顔にちょっと驚く。

俺、何か悪いことしただろうか?


「ごめんなさい。」


え?

え?

え?

もしかして、断られた?

強引に送るなんて言ったから、俺の気持ちに気付いた?


「あ、れ? なんで?」


どう言葉を返していいのかわからない。


「今日子と里緒のこと。」



・・・意味がわからない。


そのまま下駄箱の手前で立ち止まって説明を求めると、「詳しくは言えないけど」と前置きして、ぴいちゃんは話してくれた。

授業中や休み時間に青木や小暮にわざと話を振った、と。


「それはなんとなくわかっていたけど、それくらいのことで謝ってくれなくても。」


「でも、ずっと機嫌が悪そうだったから、相当いやだったのかな、と思って・・・。」


あ、もしかして。

俺が話しかけなくなったことを言ってるんだろうか?

前みたいに話をしたいから、機嫌を直せってこと?

もしそうだったら・・・すごく嬉しいけど?!


思わず笑いが浮かんできて、慌てて拳で口元を隠しながら、真面目な顔を作る。


訊いてみたい。

俺が話しかけないことに気付いて、どんな気持ちだったのか。

「さびしかった」って言ってほしい。

そうしたら、俺は・・・。


玄関の外をガヤガヤと通り過ぎる声が聞こえて、思考が中断される。

そろそろ終了して帰る部があるらしい。

ぴいちゃんが玄関の方をちらっと見る。

俺と2人でいるところを見られるのを警戒している・・・。


軽いため息が出た。


「別に怒ってないよ。行こう。」


早く行かないと、部活帰りの生徒でいっぱいになる。


「そうなの? それならいいけど・・・。」


ほっとした、でも頼りなげな笑顔で答えるぴいちゃん。


「怒ってないけど、あれはもう止めてほしいな。」


「うん。もうしない。」


これからもよろしく。

でも、俺はこれからも、篠田のことを警戒しておくつもりだけど。




駐輪場から駅までの道を歩いているとき、ぴいちゃんが、思い出した様子で話し始めた。


「そういえば、岡田くんが理学療法士を目指してるなんて、意外だったね。」


「え? 俺も初耳だけど。」


そもそも、岡田が将来のことを考えていたってことが軽くショックだ。


「そうなの? 小さいときに足を折って、そのときに励ましてくれたリハビリの先生みたいになりたいって言ってたけど。」


「そんな話、出たっけ?」


「あれ? メールで話したんだったかな? ああ、そうかも。」


メールで話してる?!

もしかしたら、俺、だいぶ岡田に遅れをとっているのかもしれない・・・。








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