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ぴいちゃん日記  作者: 虹色
出会いは高2の春
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ノートを貸してください。



朝練が終わって教室へ着いたら、廊下で吉野さんと和久井が話している。

吉野さんが和久井に頼みごとをしているようだ。


「あの人、苦手なんだよね。一緒に行ってよ。なっちゃん、笹本くんと知り合いなんでしょ?」


笹本?

1組の笹本のことか?

中3のとき同じクラスで、同じ志望校だったからよく話したけど、いいヤツだったよな。

秀才で、顔もまあまあで親切だって、女子に人気あったのに。

高校に入ってからも、やっぱり女子には注目されてたみたいだけど。


立ち止まって聞いているわけにもいかないので、そのまま横を抜けて教室に入った。

少しあとから吉野さんも席に戻って来た。

笹本との間に何かあるんだろうか?





休み時間になると、吉野さんは何か書類を持って、和久井のところに行った。

また、「お願い!」というやりとりがあって、和久井が渋々立ち上がる。

あの書類を届けに行くらしい。


ちょっとおもしろそうかも。


笹本には悪いけど、密かに見に行くことにした。1組の前にはトイレがあるし。

俺も物好きだな。


2人を追い越してトイレに入り、頃合いを見て出て行くと、1組の廊下であの2人と笹本が話しているのが目に入った。


ん?


思わず笑いそうになった。

笹本の満面の笑みに!

あんな顔、見たことないぞ。

中学のときはいつも落ち着いていて、いかにも秀才って感じだったのに。


あいつ、吉野さんに気があるんじゃないか?

「好きです」っていうオーラが、笹本から強力に発散されているのが見えるような気がする。


吉野さんは上半身を引いた感じでその場に踏みとどまっているけど、なんとも言えない表情だ。

何か、部活関係の書類のようで、「予算が」という言葉が聞こえる。


苦手って、そういうことか。


一足先に教室へ向かっていた俺を、和久井と吉野さんが後ろから追い越していく。


「ぴいちゃんが苦手だって言ったわけ、あたしも今ならわかるよ〜。」


和久井の言葉が聞こえた。

本当にわかってるのか?


「でしょ?なんだかよくわからないけど、ダメなんだよね。」


「中学のときは人気があったんだけどね。」


・・・わかってないな。





他人を笑った罰があたったのか、翌日から俺は、妹から季節外れのインフルエンザがうつってしまい、4日も学校を休む羽目になった。


土日があけて月曜日、ようやく学校に戻ってみると、授業が途方もなく進んでいる!プチ浦島太郎だ。

ヤバい。

中間テストまであんまり間がない。

どうしよう。

とりあえずは、誰かにノートを・・・。吉野さんは貸してくれないかな。

男子でもちゃんとノートをとっているヤツはいるだろうけど、できればきれいな方がありがたい。

・・・っていうのは言い訳か?

でも、とにかく頼んでみよう。




授業が終わって部活や帰りの支度でざわざわしている教室で、俺は吉野さんに窮状を打ち明け、ノートを写させてほしいと頼んだ。


「え?」


驚いた様子で俺を見あげた吉野さんと、ほんの一瞬、目が合った。

その一瞬で、大きな瞳と長いまつ毛が印象に残る。

すぐに逸らされてしまったけど。


「ほかに貸してくれそうな人がいるんじゃないかな?」


そんな!

目の前にその「貸してくれそうな人」がいるのに、どうしてほかを探さなくちゃならないんだよ?


「男のノートじゃ当てにならないよ。」


「寝てて、ちゃんと書けてないのもあると思うし・・・。」


「それでも構わないから、頼む!」


手を合わせて頭を下げると、吉野さんは困惑した顔をして少し考える様子。そしてため息。


「わかった。どのノート?」


やった!


「全部。」


「え?全部?」


「だって、4日も休んだから。」


「・・・・・。」


今度はあきれた顔をして俺を見る。

ダメ?


「選択科目が・・・。」


「全部同じ。」


いつも一緒の授業を受けてるの、気付かない?


もう一度ため息をついて、吉野さんはカバンの中を探し始めた。


「1科目か2科目ずつ貸すから、必ず次の日に返してもらえるかな?」


「大丈夫。絶対返す。」


急いでうなずきながら答える。

どんな条件でも飲むよ!


「じゃあ、今日はとりあえず古文と生物でいい?数学は宿題があるし。」


「ありがとう!明日、必ず返すから。」


ねばった甲斐があった。

それにしても、さっきの吉野さん、まるで先輩が困った後輩を相手にしてるみたいだった。





夜、いそいそと借りたノートを開く。

別に秘密をのぞくわけじゃないのに、なんとなくドキドキする。


どのページも几帳面な字が、適度な余白をとって並んでいる。

板書だけでなく、先生のコメントもメモしてあって、俺がちゃんととったつもりでいたノートとは内容が違うように思える。

古文は縦書き用に横に使ったノートを上下2段に区切って、上には教科書の本文、下にはその訳文を書いてあった。予習でやっているらしく、ところどころ修正してある。

ラッキーなことに、今やっているところの予習もやってある!これも写させてもらおう。


そんな真面目さがにじむノートでも、生物のノートには、思わず笑ってしまった。

シャーペンを持って寝ているので、ノートにミミズの這ったあとのような線が残っているのだ。それに、意味不明の言葉もある。

どうやら授業のあとに、ノートを見直したりはしていないらしい。

よくわからない部分もあるけど、とりあえずそのまま写しておこう。

間違えるのは吉野さんと一緒ってことで。


けっこう時間がかかったけど、どうにか写し終わってノートを閉じたら、ふと何かが目に入った。

ノートの後ろにペンで小さく絵が書いてある。


卵から生まれた小鳥・・・のヒナ?が大きく口を開けている。ヒナからの吹き出しに「ぴい」という鳴き声。

その下に『HINAKO』の文字。

ヒナコって、吉野さんの名前?


HINAKO・・・ヒナ・・・ぴい・ちゃん?


“ぴいちゃん”って、こういう意味?

しかも、それを絵にして使ってるなんて。

もう1冊のノートは・・・やっぱり書いてある。

吉野さんのマークなのか?

なんだか笑ってしまう。

あのときは先輩みたいだったのに、ノートにこんなかわいい絵を描いたりするんだ。

これを見られたくなくて、貸すのを渋ったのかな?

でも、後ろだけど表側だし、別に隠しているわけじゃないのか。


もし、俺が「ぴいちゃん」って呼んだら、彼女はどんな顔をするんだろう?









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