祭りのあと
体育祭の翌日は教室の片付けと大掃除。
今日までの6日間は、部活も朝練がないので、のんびりと登校できる。
俺が着いたのはけっこう遅めで、教室にはすでにたくさんの生徒がいた。
ぴいちゃんももちろん来ていたけど、昨日の写真のことや、電話で話したこと(特に「おやすみなさい」)を、ほかの人には知られたくない気がして、ちょっと目が合ったときに「おはよう。」と合図だけして、彼女のそばには行かなかった。
ぴいちゃんも、俺の合図に応えて、ちょっとにこっとしだけだった。
なんとなく、2人の間に秘密があるようでドキドキして、すぐに彼女から目をそらす。
俺の席の周りでは、神谷や篠田たちを結城たちが取り囲んで、賑やかに話している。どうやら、文化祭の打ち上げをしたいらしい。
篠田に「どう思う?」と話しかけられて、「いいんじゃない。」と答えた。
夏休み前に断ってから、篠田とちゃんとやりとりしたのは初めてかもしれない。
そのすぐあと、岡田がすごい勢いで走り込んで来た。
「藤野! あの写真、見た?!」
そう言うと、そのままの勢いでぴいちゃんのところに行って叫ぶ。
「ぴいちゃん! あの写真!!」
あまりの岡田の取り乱しように、ぴいちゃんは吹き出してしまった。
このままだと、逆に写真のことをクラス中に触れまわるようなものだ。
急いで岡田の荷物をはずしてやって、肩を押して教室の外に出す。
ぴいちゃんはちょっとそのまま笑っていたけど、俺たちのあとから廊下に出てきた。
「いつ見たんだよ?」
興奮している岡田に尋ねる。
「今朝! 昨日は疲れてて、9時ごろ寝ちゃってた。気が付いたら朝だったから、さっき見て、急いで来た。」
9時に寝たなんて、小学生みたいだな。
「ごめんなさい・・・。」
思い出したらしく、ぴいちゃんはまた笑ってる。
「でも、大丈夫。もう誤解してないし、ほかの人には見せないから。」
「 “もう” って、昨日は誤解してたってこと?!」
岡田が叫ぶ。
「誤解っていうか、そうだったらおもしろいなーって。」
ぴいちゃんは、わざと岡田をからかっているらしい。表情が、すごく楽しそうだ。
彼女の言葉に呆然とする岡田。
それからうつろな目で俺を見ると、頭をぶるぶると振った。
「ぴいちゃん。俺と藤野は、絶対にそういう関係じゃないからね。」
「うん、大丈夫。藤野くんもそう言ってたし、もう誰にも見せないから。」
「もう見せないって、誰かに見せたの?」
「・・・なっちゃんだけ。」
「あー! もう、野球部には広まってるかも〜。」
この思考順序、昨夜の俺と同じだ。
「でも、この写真、持ってるのはあたしだけだよ。」
「削除して。」
「やだ。だめ。」
「どうして!!」
「・・・だって、お友達の写真なのに。」
少し小さい声で答えるぴいちゃん。
お友達。
そうか。
ぴいちゃんは、俺たちをそう思ってくれてるんだ。
昨夜は「おもしろいから」って言ってたけど、それも俺をからかっていたのかも。
彼女を見ると、首を少しかしげて問いかけるような表情に、つい笑いかけたくなる。
「俺はいいけど。」
そう言って、岡田を見ると、岡田もようやく落ち着いて、肩の力を抜いた。
「じゃあ、いいよ。」
ぴいちゃんがゆっくりと微笑む。
「でも、絶対に誰にも見せないでくれよ。」
ちょっと恐い顔をして岡田がくぎを刺し、ぴいちゃんは笑顔でうなずいて、教室に戻って行った。
「お前も見たのか、あれ?」
俺がうなずくと、
「お前、平気だったの?!」
と訊かれた。
「平気なわけないだろ? びっくりしてその場で電話・・・。」
しまった!
電話のことは内緒にするつもりだったのに!
あわてて口をつぐんだけど、間に合わなかった。
「電話したのか?! あの時間に?! 11時過ぎてたよな?!」
岡田から目をそらす。
仕方ないじゃないか。びっくりしたんだから。
それに、お前だって、起きてたら同じことをしただろう?
しかも、俺はもう1つ誤解されてたんだぞ。
「くっそー!!」
俺たちが廊下で騒いでいるうちに担任が来て、早く教室に入れと言った。
電話の内容を詳しく話せと言われなくてよかった・・・。
文化祭のゴミの量は半端じゃない。
みんな一週間近く興奮状態だったから、脱力状態で、動きも緩慢。
それでも色画用紙や折り紙の飾り付けをはがし、段ボールをたたみ、画鋲やセロテープもどんどんはずされて、いつもの教室が戻ってくる。
厳しい先生のいる特別教室以外、普段はさぼっている掃除も、今日は全部の教室で窓まで拭かれて、まじめにやっている。(いつもは自分たちの教室はほこりだらけだ。)
3時間目までかけて掃除が終わると、「席替え〜」という声があがる。疲れてるのに、好きだなぁ。
まあ、気分が変わっていいか。
いつものとおり、クラス委員が番号札を作り、黒板に机の絵が描かれる。
誰かが持っていた袋に番号札を入れて、端から順番に引いて行く。全員が取り終わったところでガヤガヤと移動。
俺は・・・いちばん前? 廊下から3列目。目立ちそう。(うちのクラスは36人。5人か6人の列が7つ。)
いや、でも、ぴいちゃんがおれの後ろ?! やったぜ!
岡田は? ぴいちゃんから2つ右、廊下側の前から2番目だ。勝った!
俺の左側には青木、その後ろ(ぴいちゃんの左)に小暮、右隣は小谷、その後ろ(ぴいちゃんと岡田の間)が竹内。すごくメンバーが変わった感じがする。
特に、ぴいちゃんと小暮は女子の中でもおとなしい方だから、今までよりもだいぶ静かな席になるな。
竹内と小谷も楽しいけど、大騒ぎするようなヤツじゃないし。このあたりの席で一番うるさいのは岡田だな。
青木は文化祭のとき、調理室で少し話したっけ。
けっこうおしゃべりで、しっかり者っていう感じだった。和久井とはまたちょっと違うけど。
青木は、女子の中では背が高い。
背が高いだけじゃなくて、けっこうがっちりしていて、全体的に大きい感じがする。けど、男っぽいわけじゃなくて、ちゃんと見ると逆に色気がある感じ。ちょっと苦手かも。
たしかコーラス部と軽音に入ってるって、調理室で聞いた。大きいから、舞台では映えるだろうと思ったんだった。
小暮とは全然話したことがないな。
ぴいちゃんよりももっと人見知りみたいで、女子の中でも一部のメンバーとしか話してないような気がする。授業中に当てられても声が小さいっていう印象しかない。
だけど、ぴいちゃんとは仲がいいらしい。今も、後ろでくすくすと笑い声が聞こえてる。
うーーーん。
せっかく近くの席になれたけど、ぴいちゃんと話すのはちょっと無理か? 彼女の方から話しかけてくれることはないような気がするし。
・・・そうだよな。
今までのことを思い出してみても、ぴいちゃんから先に話しかけてきたことって、ないんじゃないか?
あ、一度だけあった。
最初のときだ。
ぴいちゃんの腹の虫が鳴って。
あのときのことを思い出して、ちょっと笑ってしまった。
真面目な顔で、でも困った顔をして、俺に謝ってたっけ。
「藤野くん、よろしくね。」
左側から青木に声をかけられて、あわてて笑いを引っ込めてそっちを見る。
「あ、うん。」
横を向いたついでに、そのまま後ろを向いてぴいちゃんに視線を移す。
「あ。よろしくお願いします。」
すぐに気付いたぴいちゃんが、俺より先に口を開いて、深々とお辞儀をする。一緒に小暮も頭を下げた。
「あ、えーと、こちらこそ。」
なんとなく他人行儀な気がしたけど、青木や小暮の前で、どう話したらいいのかよくわからない。
それに、この向きだと女子に囲まれてるって気付いて、ちょっと居心地が悪くなった。ぴいちゃんも、それ以上は何も言ってくれないし。
前から向き直って右側を見ると、少し先で岡田が俺に向かってしかめっ面をしていた。
この席だって、けっこう気を遣うかもしれないのに・・・。
明日から2日間は文化祭の代休で休み。
文化祭委員だった水内と木村が、あさっての昼にクラスの打ち上げを設定したと発表した。素早いな。
駅前の串揚げ屋で12時から。
参加者はHR終了後に申し出ること。
どうしようかな。
まあ、行けばそれなりには楽しいだろうけど。
ぴいちゃんは行くのかな。だけど、直接訊くのはなんとなく・・・。
解散後、迷ったまま後ろを向いたら、もうぴいちゃんはいなかった。
見回すと、映司と話している和久井のところにいる。
映司は和久井を打ち上げに参加しようと誘っているらしい。あの流れなら、ぴいちゃんも行くことになる・・・?
「藤野くんはどうするの?」
隣から声をかけられて、そっちを向いたら青木だった。
「どうしようかと思って。」
「用事がないなら出ようよ。文化祭のクラス参加って、今年で最後だし。」
そうだった。
来年はたぶん見るだけだ。
「そうだな。」
映司のところに行ってみると、和久井も参加することにしたと言う。和久井が出るならぴいちゃんも、ということになっていた。
和久井とぴいちゃんが水内のところに行って、自分たち2人と俺たち3人(もちろん岡田もだ)の参加を申し込む。
そうだ!
ぴいちゃんの私服姿が見られるんじゃないのか?
楽しみだ〜♪