写真でどっきり。
午後の競技も次々と進む。
騎馬戦決勝では、岡田の青チームが午前の勢いのまま優勝した。
そして、いよいよ最後の競技、チーム対抗リレー。
女子は100m×4人、男子は100m×4人のあとに200m×2人。俺は5人目で200m走る。
夏休みの合同練習のあと、昼休みにはバトンパスの練習もしてきた。
ウォーミングアップをしながら女子のリレーが終わるのを待つ。
女子がスタートすると、各チームの応援する声がだんだんと大きくなってきたのがわかった。
パーン!
一位がゴールした合図。
次は俺たちの番。
入場すると、周りの応援が、まるで地響きのようだ。
それぞれのランナーがスタート地点に並ぶ。
自分と一緒に走るメンバーが、全員速そうに見える。
いや。
速そう、じゃなくて、本当に速いんだ。でも、その中に自分もいる。自分を信じて走るしかない。
ピストルの音とともに一人目が走り出す。100mはあっという間だ。
すぐに2人目、3人目、・・・4人目。次は俺。
第四走者の東が3位でコーナーを曲がり終わる。
2位の白チームとの差は5mくらいか?
最初のコーナーで、バトンパスでもたついた白チームに一気に迫り、ストレートに入ったところで抜き去った。
でも、1位の青チームはまだだいぶ離れている。
少しでも差を縮めたいけど、中学で陸上部だった前川には簡単に追いつけない。
そのまま2位でアンカーへ。
走り終わると、肺が熱いみたいに苦しくて、立っていられなかった。
うちのアンカーは3年の陸上部の先輩だったけど、青チームも同様で、結局、そのままの順位でゴール。
今年の体育祭のすべての競技が終わった。
閉会式で、競技、応援合戦、団旗のそれぞれの部門の優勝チームと、それら全体の総合優勝が発表される。
競技は順位ごとの得点、応援と団旗は、各チームから出ている体育祭委員と生徒会がつけた点数を集計する。
競技部門の優勝は、リレーと騎馬戦で優勝した青チーム。総合優勝もそのまま青チームだった。
俺たちは、驚いたことに応援部門で優勝した。
女子の衣装が人気があったらしいけど、一応、俺も参加したから嬉しい。
団旗は3位と微妙だったけど、ぴいちゃんは長谷川と抱き合って喜んでいた。・・・ぴいちゃんはどんなに嬉しくても、男に抱きつくようなことはしないよな。
大急ぎで校庭を片付けて、5時からは校庭で後夜祭。
後夜祭と言っても、全然たいしたことがなくて、みんなで手持ち花火をするだけなんだけど。
ずいぶん前にはキャンプファイヤーをやっていたらしい。
でも、近所からの苦情があり、今では手持ち花火(あくまでも、手で持ってやるものだけ!)と決まっている。
しかも、5時だとまだ明るい。
それでも、文化祭から始まった3日間のお祭り騒ぎの最後とあって、小さな花火大会も盛り上がる。
みんな制服に着替えてくるけど、中にはわざわざ応援合戦の衣装を着てくる生徒もいる。
カメラのフラッシュがあちこちで光る。
だんだん薄暗くなる校庭で、普段とは違う仲間と一緒に普段とは違うことをすると、不思議な一体感が感じられて、うちの学校っていい感じだな、なんて思う。
最初は大きな円になっていた花火大会も、次第に輪がくずれてあちこちに散らばる。
なんとなくリレーのメンバーで集まっていた俺たちも、行き交う友人と話しながらだんだんとバラバラになっていた。
ぴいちゃんはどこだろう?
自由解散だから、もう帰っちゃったのかな?
探そうと思っても、いつの間にか暗くなっていてよくわからない。
校庭は広いし、生徒は大勢いる。
「ああ、いたいた。きみ、浴衣着た2年生だよね?」
男の声に振り向くと、俺を女装と決めた先輩だ。
「はい。そうですけど・・・。」
なんだろう?
先輩は持っていた携帯を開きながら言った。
「この写真、いる?」
写真?
・・・・・!
「こっ、これって・・・!」
「うん。リハーサルのとき、おもしろかったから撮っておいた。」
それは、ぴいちゃんが俺に浴衣を着せながら、紐をかけるために、俺に腕をまわした瞬間の写真だった。
横から撮ってあって、真剣な顔のぴいちゃんと、彼女に抱きつかれた格好であせりまくる俺の横顔がはっきりと写っている。
ほかの人にはこんなふうに見えていたのかと思うと、顔から火が出るほど恥ずかしい!
でも。
「・・・・・いります。」
恥ずかしくて先輩の方を向けないまま、自分の携帯を出して、赤外線で送ってもらう。
だけど、自分で見ることはできないかもしれない。
照れくさい、なんていう言葉じゃ足りないほど恥ずかしい!
先輩が去ったあと、しばらく校庭をうろうろしたけど、誰かに話しかけられるたびにドキリとして気持ちが落ち着かない。ぴいちゃんも見つからないし、帰ることにしよう。
・・・今は、ぴいちゃんの名前だけでも顔が熱くなる。彼女を探して歩き回っているのに。
それほど、あの写真は強烈だった。
「あれ? 藤野?」
「あ、藤野くん。」
ちょっと待て!
なんでぴいちゃんと岡田が2人で歩いてるんだ!
2人とも荷物を持って、自転車置き場に向かうところらしい。
「帰るの?」
岡田を無視してぴいちゃんに尋ねる。
「うん。岡田くんが同じ方向だから一緒にって・・・。」
「俺も帰るから待ってて!」
ぴいちゃんが話し終わらないうちに走り出す。
写真よりも、ぴいちゃん本人の方が重要だ!
だいたい、岡田はバスのときは駅から乗ってくるけど、家は駅から東の方にちょっと離れている。本当は、自転車では駅を経由しないで、ななめに一直線に帰れるんだ。
荷物を取って戻ると、2人は昇降口の前で話しながら笑っていた。その様子がすごく当たり前に見えて、一瞬、自分が邪魔者のような気がしてあせる。
ぴいちゃんが俺が戻ったことに気付いて、振り向いてにっこりした。
・・・邪魔者じゃなかった。
けど。
彼女は、それから岡田を意味ありげに見ると、こっそりと笑った。・・・なんだ?
岡田も彼女の様子に気付いたらしくて、怪訝そうな顔をしている。
3人で自転車を出したところで、とうとうぴいちゃんが我慢できなくなって笑い出し、俺たちはただ顔を見合わせるばかり。
「ごめん。写真が。」
理由を話してもらえるのかと思ったのに、それ以上は絶対に教えられないと言う。
それでいて、訳がわからない俺と岡田が顔を見合わせると、それを見てますます笑う。
懸命にこらえようとしては、また笑う。
けれど、あんまり笑って、俺たちに悪いと思ったんだろう。あとでその写真を送ると約束してくれた。
「じゃあな、藤野。」
俺がいつも駅への道からそれる場所の手前で、岡田がさっさと俺に別れを告げる。
くそ。素早いヤツめ!
どうにか笑いを抑え込んだぴいちゃんも、それに倣って俺に手を振る。
「お疲れさま。写真送るね。」
ぴいちゃん、気を付けろよ。
ぴいちゃんが送ると言った写真はいつになっても届かない。
早ければ、彼女が電車に乗った段階で来るんじゃないかと思っていたのに。
あの分かれ道から駅までは7、8分だから、20分、30分と経つうちに、岡田とどこかに寄ってるんじゃないかと不安になってきた。
それが1時間、2時間となると、そろそろあきらめがついてきて、きっと忘れてしまったに違いないと考えようとした。
11時過ぎ。
それでも完全には忘れることができなくて、携帯を持ったまま歯磨きをしていたら、ようやくぴいちゃんからメールが来た。
大急ぎで開く。
写真、って言ってたよな・・・。
「ぶーーーーっ!!!!!」
うがいの水を思いっきり吹き出してしまった!
なんだこれ!!!
いつの間に?!
岡田と俺が仲良く(なんて、言いたくないけど)居眠りしているアップの写真。
頭がお互いの方に傾いて、ぶつかりそうなくらい近い。
さらにご丁寧に、ピンク色の『ラブラブ〜』の文字とハートマーク。
いったいどうしてこんな写真・・・?!
こんなもの、妹に見つかったら大変だ。
大急ぎで携帯を閉じて、自分の部屋に行く。
そのままぴいちゃんに電話した。
『ええと、吉野です。』
「あの写真、なんで?!」
あいさつをする余裕もない俺。
『あ・・・。やっぱりびっくりするよね。』
ものすごく!
『ええと、昨日、撮ったの。』
くすくすと、ぴいちゃんが笑う気配がする。
「いつ? どこで?」
『天文部のところで。あんまり幸せそうに寝てたから。』
幸せそうって、意味が違うんじゃないのか?
俺はぴいちゃんの声を聞いて幸せな気分だったんだけど!
『別に、本気で2人のことを誤解してる訳じゃないから、心配しないで。』
“ 2人のこと ” とか言わないでくれ・・・。
『でも、もしかしてって考えてみたら面白くて、浴衣を着せるときも思い出しちゃって・・・。』
あのときの笑いはこっちだったってこと?
『帰るときも、藤野くんが慌てて『一緒に帰る』って言うから、やっぱり岡田くんと一緒に帰りたいんだ、って思ったら可笑しくて・・・。』
なんで、“ 自分と一緒に ” とは思ってくれないんだよ!
俺の想いは通じないようで、ぴいちゃんは電話の向こうでまた笑ってる。
はあ・・・。
「この写真、誰かに見せた?」
『え? なっちゃんに・・・。でも、あげてないよ! 見せただけ。』
じゃあ、映司は知ってる可能性大か。
映司はおしゃべりじゃないけど、野球部に広まるのは覚悟しないといけないかな・・・。
そういば、「覚悟しといたほうがいい」って笹本が言ってたっけ。でも、まさか、こんな形でとは思わなかった!
『あのう・・・。藤野くん?』
「・・・はい。」
『後夜祭のとき、応援の先輩とアドレス交換とかしてなかった?』
後夜祭でアドレス交換?
ああ、写真をもらったときのことか?
見られてた?
あの写真を思い出して、ドキドキしてしまう。
あれは、ぴいちゃんには絶対に見せられない。
「えーっと、アドレス交換じゃないけど、ちょっと。」
『ふうん。違うのか。』
残念そうな声。
「どうかした?」
くくく・・・と笑う気配。なんか怪しい。
『あのね。もしかして、藤野くんが先輩から告白されてるんじゃないかと。『浴衣姿、きれだったよ。』とか言って・・・。』
「ぴいちゃん!」
『ごめんなさい。だって、なんとなく秘密で怪しい感じがしたし、藤野くんがうつむいてて、恥ずかしそうに見えたから。』
まだ笑ってるよ・・・。
そりゃあ、秘密だし、恥ずかしかったのは事実だけど。
「それって、想像力が暴走してるよ。」
ほんとに。
『あ、そうだ。』
まだあるの?!
『ええと、リレー、すごく速かったね。』
あ。
『藤野くんが走るとき、応援しようと思ったんだけど、ドキドキして声が出なかった。ごめんなさい。でも、本当に速くて感動した。』
今まで乱れていた気持ちが一気に静まる。
代わりにふんわりと暖かい空気に包まれたような気がして、全身の力が抜けた。
「ありがとう。」
ぴいちゃんの気持ちは届いていたと思う。
そうだ!
「岡田はちゃんと駅まで送った?」
本当は、駅ですぐに別れたのか訊きたいけど。
『うん。自転車置き場から駅までのところも、一緒に歩いてくれたし。いつも心配してくれてありがとう。』
心配の理由がちょっと違う。
でも、今のぴいちゃんにはわからなくていい、と思う。
ゆっくりと、少しずつ、彼女のペースで進んで行けばいい。
今日の体育祭のことをもう少し話した。
最後に、あの写真を消してほしいと言うと、それはダメだと断られた。
『だって、面白いもん。』
そんな・・・。
『誰にも見せないから。』
うーん、仕方ないな。
「約束だからね。」
『大丈夫。おやすみなさい。』
電話を切ったら30分以上も経っていた。
なんだかすごく満ち足りた気分。
それに、最後の言葉が「おやすみなさい。」って、ちょっと恋人同士みたいじゃないか?




