ぴいちゃんの出番?(2)
ちょうど12時ごろ、最後の荷物を運んで教室へ。
俺たち3人のあとから和久井もついて来た。
和久井の話では、ぴいちゃんは “ 誰かが浴衣を汚してしまったときに貸すため ” に、今日、浴衣を持ってくるように言われていたらしい。
たぶん、そう言わなければ、彼女がわざと持って来ない手段に出るかもしれないから。
確かにぴいちゃんも、制服以外の姿を見られたことがない一人だ。
俺たちは偶然、彼女のバイト先で会ったけど。
荷物を持って教室に入り、急いで店内を見回す。
・・・え?
あれがそう?
一瞬、わからなかった。
ぴいちゃんの浴衣は水色で、紐のついた鈴の模様が朱色と白抜きで描いてあった。模様に合わせた朱色の帯に、店でおそろいの紺の前掛けと襷をかけている。
いつも三つ編みで垂らしている髪をふんわりと結いあげて、毛先を散らしてある。
彼女が動くたびに、赤い髪飾りが揺れている。
いつもより華やかな彼女の姿に、俺はただ呆然と、客の注文を聞いているぴいちゃんを見つめてしまった。
よく見たら、野球部員が3人来ている。
岡田のバスの事件のあと、彼女はちょっと注目を集めていたらしいし、合宿でも、1年生を恐がらせたいたずらで名前が出てしまった。野球部の2年の間では、ちょっとした有名人なのかも・・・。
「あ! なっちゃ〜ん!」
ぴいちゃんは和久井に気付くと、情けない顔をして走り寄ってきた。話す様子はいつもの彼女だ。
「だまされた! もうやだよ〜。」
「よしよし。もう調理室の材料はなくなったから、こっちももうすぐ終わりだよ。」
「あたし、制服以外にも体操着とか着てるじゃん!」
いや、体操着は “ 制服以外 ” に入るかどうか、微妙じゃないか?
「わかった、わかった。」
ぴいちゃんは怒ってるけど、和久井になぐさめられてる後ろ姿は、首から肩の線がほっそりとしていて、すごくきれいだ。
前に彼女の後ろの席だったときには気が付かなかったけど・・・。
「あ、ほら、お客さんだよ。」
和久井の声に、ぴいちゃんが俺の横にある入り口を振り返る。・・・と。
「あれ?! 吉野ちゃん? かわい〜!!」
ぴいちゃんの顔がひきつる。
誰?!
後藤? K高の?
しかも、何人いるんだ?!
10人ほどの男の集団にあっという間に囲まれるぴいちゃん。
俺だって、まだ近くで見てないのに!
困り切っている彼女を見かねて、神谷が出てきて、K高の集団を席に連れて行く。営業スマイル全開で話をつないでいるところはさすがだ。
それから逃げ腰のぴいちゃんを呼んで、注文を取るように言う。ぴいちゃんも、神谷には逆らえないらしい。
俺も急いで、でもさりげなく、ぴいちゃんの隣に立つ。
一瞬、ぴいちゃんが俺にほっとした顔をした・・・ように感じた。
「遠くからご苦労さん。」
ぴいちゃんより先に、後藤たちに話しかける。
「よう、藤野! 来た甲斐があったよ、吉野ちゃんの浴衣姿が見られるなんて。この前の私服もかわいかったけど、浴衣は特別だよな。」
私服?
バイトは店の制服だったはずだよな・・・。
ニコニコ顔の後藤たちにあいまいに微笑むぴいちゃん。
俺には、一生懸命、嫌な顔をしないようにがんばっているように思えた。
きっと、気が進まない浴衣姿を褒められるのが嫌なんだ。俺たちが、バイト先に偶然行ったときもそうだったし。
できれば、俺が彼女の前に立ってぴいちゃんを隠してしまいたいけど、そういう訳にもいかないよな。
「ご注文は?」
俺がテーブルの上にあるメニューを渡すと、K高の面々が我先にとぴいちゃんに注文する。
ぴいちゃんは大急ぎで10人分の注文を書き取ると、つっかえつっかえ口頭で繰り返し、感謝の目で俺の顔をちらりと見てから料理を取りに行った。
役に立てたかな。
それなら嬉しいけど。
そのまま雑談しているうちに岡田もやって来る。
そういえば、私服って・・・?
「夏休みに一緒にアイス食べたんだ〜♪」
後藤が自慢げに言う。
俺の目の届かないところで、そんなことが?!
そりゃあ、24時間、見張ってるわけにはいかないけど・・・。
目をむく俺たちを満足げに見てから、中川が笑って付け足した。
「遊びに行った先で、偶然会ったんだよ。吉野ちゃんとまーちゃんっていう面白い子。2人とも天文部だっていうから、ここで食べたあと、見に行くつもり。」
偶然。
本当に偶然なんだな?
だけど、一緒にアイスを食べたっていうのは悔しい気がする!
しかも、ぴいちゃんの私服って、見たことないのに・・・。
ぴいちゃんが注文の品を持って戻って来たので、岡田と俺が配るのを手伝う。
後藤たちにさんざん褒められて、ひきつった笑いを見せていたぴいちゃんは、それが終わると、お客に呼ばれて早々に離れて行った。
「和久井。」
岡田にK高の集団をまかせ、ぴいちゃんを面白そうに眺めていた和久井を教室の外に呼ぶ。
「・・・写真撮れないかな?」
「何の?」
「・・・吉野。」
疑わしげな表情で俺を見る和久井。
「まさか、売るとか言うんじゃ・・・。」
「いや、違うよ! まさか!」
ものすごく勇気を出して言ったのに、こんなふうに疑われるなんて!
隠し撮りなんて卑怯な気がするし、俺が正面から頼んでも、ぴいちゃんは断固拒否するに決まってる。
「じゃあ、なんで?」
え?
それを言わなきゃ、だめなのか・・・?
理由を言い出せない俺を見て、和久井がくすっと笑った。
「撮れると思うよ。ツーショットは無理かもしれないけど。」
やった!
「頼む!」
「まかせといて。でも、」
何か条件が?
「舞ちゃんとはどうなってるの?」
篠田?
「もう、ずっと前に断ったけど・・・?」
「断った?」
あれ?
それは知られてなかったのか?
そういえば、映司と岡田以外には話してなかったっけ。
「ふうん。わかった。藤野くんも、なるべくこの辺をウロウロしてる方がいいかもね。」
しばらくすると、和久井がデジカメを持って戻って来た。
俺は別に携帯のカメラでもよかったけど、デジカメならずっときれいに撮れるだろう。
残りの食材が少なくなってきて、売り切れも近い。
店が忙しいので、ぴいちゃんは文句を言っている暇がないようだ。彼女の少しばかりやけくそ気味の「いらっしゃいませ。」が教室に響く。
そういえば、小暮目当ての客が来てるって、高橋が言ってたけど、ぴいちゃん目当ての客もいるんだろうか?
結城と木村がほかのクラスの様子を見て来て、神谷と高橋に報告している。どうやら今日は、うちのクラスの方が優勢らしい。
「あと5食で売り切れですよー!」
入り口で客引きをしていた水内が大きな声で叫ぶ。
まるで八百屋か魚屋みたい。
通りかかった女子5人組がその声に立ち止まり、そのまま店内に招き入れられた。
「2年6組、茜屋は売り切れでーす!」
水内の声に、教室から歓声が聞こえた。
廊下の少し先から、「きゃー!」という声も。あそこがライバルだったのか。
室内ではまだ食べている客がいるけど、和久井が手が空いたぴいちゃんを呼んだ。
「ね、写真撮ろ! カメラ借りてきたから!」
そう言って、俺の方を向くと
「藤野くん、お願い。」
と、デジカメを俺に渡した。
教室の廊下の壁に描かれた『茜屋』の看板の前に立つ2人にカメラを向ける。
一瞬、ぴいちゃんだけ写せという意味かと考えたけど、さすがにそれはないかと思いなおす。
カメラの液晶には、ニコニコ顔の和久井と、疲れた笑顔のぴいちゃん。
1枚撮って和久井にカメラを返す。
「じゃあ、もう一枚ね。はい、さっさと並んで。」
驚いてぴいちゃんを見ると、彼女も同じように俺を見返している。
うわ・・・かわいいよ。
ここで迷ったら次はない!
思い切って彼女の隣に立つ。
「笑って。」
・・・ちょっと無理かも。
「あ〜! ちょっと待て! 俺も!」
大声と一緒に飛び込んできたのは岡田だった。
俺の反対側にすばやく並ぶ。
「じゃあ、撮るよー。」
まあ、いいか。3人でも。
リラックスできて、笑うことができた。
終了時間が近くなったころ、思い付いて、岡田と一緒に天文部に行った。
ぴいちゃんのナレーションは想像どおり気持ちがよくて、昨日、彼女が言ってたそのままに、2人ともぐっすり寝てしまい、迷惑顔の笹本に起こされた。
「どうせならぴいちゃんに起こしてほしかったなあ。」
岡田が遠慮なく言うと、笹本がニヤッと笑った。
「今までいたよ。」
いたんだったら、起こしてくれればいいのに。
「ぴいちゃんは結構いたずら好きだから、覚悟しといたほうがいいぜ。」
・・・なんだか恐い。