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ぴいちゃん日記  作者: 虹色
お祭りだ!
39/99

ぴいちゃんの出番?(2)



ちょうど12時ごろ、最後の荷物を運んで教室へ。

俺たち3人のあとから和久井もついて来た。


和久井の話では、ぴいちゃんは “ 誰かが浴衣を汚してしまったときに貸すため ” に、今日、浴衣を持ってくるように言われていたらしい。

たぶん、そう言わなければ、彼女がわざと持って来ない手段に出るかもしれないから。

確かにぴいちゃんも、制服以外の姿を見られたことがない一人だ。

俺たちは偶然、彼女のバイト先で会ったけど。


荷物を持って教室に入り、急いで店内を見回す。


・・・え?

あれがそう?


一瞬、わからなかった。


ぴいちゃんの浴衣は水色で、紐のついた鈴の模様が朱色と白抜きで描いてあった。模様に合わせた朱色の帯に、店でおそろいの紺の前掛けと(たすき)をかけている。

いつも三つ編みで垂らしている髪をふんわりと結いあげて、毛先を散らしてある。

彼女が動くたびに、赤い髪飾りが揺れている。

いつもより華やかな彼女の姿に、俺はただ呆然と、客の注文を聞いているぴいちゃんを見つめてしまった。


よく見たら、野球部員が3人来ている。

岡田のバスの事件のあと、彼女はちょっと注目を集めていたらしいし、合宿でも、1年生を恐がらせたいたずらで名前が出てしまった。野球部の2年の間では、ちょっとした有名人なのかも・・・。


「あ! なっちゃ〜ん!」


ぴいちゃんは和久井に気付くと、情けない顔をして走り寄ってきた。話す様子はいつもの彼女だ。


「だまされた! もうやだよ〜。」


「よしよし。もう調理室の材料はなくなったから、こっちももうすぐ終わりだよ。」


「あたし、制服以外にも体操着とか着てるじゃん!」


いや、体操着は “ 制服以外 ” に入るかどうか、微妙じゃないか?


「わかった、わかった。」


ぴいちゃんは怒ってるけど、和久井になぐさめられてる後ろ姿は、首から肩の線がほっそりとしていて、すごくきれいだ。

前に彼女の後ろの席だったときには気が付かなかったけど・・・。


「あ、ほら、お客さんだよ。」


和久井の声に、ぴいちゃんが俺の横にある入り口を振り返る。・・・と。


「あれ?! 吉野ちゃん? かわい〜!!」


ぴいちゃんの顔がひきつる。


誰?!

後藤? K高の?

しかも、何人いるんだ?!


10人ほどの男の集団にあっという間に囲まれるぴいちゃん。

俺だって、まだ近くで見てないのに!


困り切っている彼女を見かねて、神谷が出てきて、K高の集団を席に連れて行く。営業スマイル全開で話をつないでいるところはさすがだ。

それから逃げ腰のぴいちゃんを呼んで、注文を取るように言う。ぴいちゃんも、神谷には逆らえないらしい。

俺も急いで、でもさりげなく、ぴいちゃんの隣に立つ。

一瞬、ぴいちゃんが俺にほっとした顔をした・・・ように感じた。


「遠くからご苦労さん。」


ぴいちゃんより先に、後藤たちに話しかける。


「よう、藤野! 来た甲斐があったよ、吉野ちゃんの浴衣姿が見られるなんて。この前の私服もかわいかったけど、浴衣は特別だよな。」


私服?

バイトは店の制服だったはずだよな・・・。


ニコニコ顔の後藤たちにあいまいに微笑むぴいちゃん。

俺には、一生懸命、嫌な顔をしないようにがんばっているように思えた。

きっと、気が進まない浴衣姿を褒められるのが嫌なんだ。俺たちが、バイト先に偶然行ったときもそうだったし。

できれば、俺が彼女の前に立ってぴいちゃんを隠してしまいたいけど、そういう訳にもいかないよな。


「ご注文は?」


俺がテーブルの上にあるメニューを渡すと、K高の面々が我先にとぴいちゃんに注文する。

ぴいちゃんは大急ぎで10人分の注文を書き取ると、つっかえつっかえ口頭で繰り返し、感謝の目で俺の顔をちらりと見てから料理を取りに行った。


役に立てたかな。

それなら嬉しいけど。


そのまま雑談しているうちに岡田もやって来る。

そういえば、私服って・・・?


「夏休みに一緒にアイス食べたんだ〜♪」


後藤が自慢げに言う。

俺の目の届かないところで、そんなことが?!

そりゃあ、24時間、見張ってるわけにはいかないけど・・・。


目をむく俺たちを満足げに見てから、中川が笑って付け足した。


「遊びに行った先で、偶然会ったんだよ。吉野ちゃんとまーちゃんっていう面白い子。2人とも天文部だっていうから、ここで食べたあと、見に行くつもり。」


偶然。

本当に偶然なんだな?

だけど、一緒にアイスを食べたっていうのは悔しい気がする!

しかも、ぴいちゃんの私服って、見たことないのに・・・。


ぴいちゃんが注文の品を持って戻って来たので、岡田と俺が配るのを手伝う。

後藤たちにさんざん褒められて、ひきつった笑いを見せていたぴいちゃんは、それが終わると、お客に呼ばれて早々に離れて行った。





「和久井。」


岡田にK高の集団をまかせ、ぴいちゃんを面白そうに眺めていた和久井を教室の外に呼ぶ。


「・・・写真撮れないかな?」


「何の?」


「・・・吉野。」


疑わしげな表情で俺を見る和久井。


「まさか、売るとか言うんじゃ・・・。」


「いや、違うよ! まさか!」


ものすごく勇気を出して言ったのに、こんなふうに疑われるなんて!

隠し撮りなんて卑怯な気がするし、俺が正面から頼んでも、ぴいちゃんは断固拒否するに決まってる。


「じゃあ、なんで?」


え?

それを言わなきゃ、だめなのか・・・?


理由を言い出せない俺を見て、和久井がくすっと笑った。


「撮れると思うよ。ツーショットは無理かもしれないけど。」


やった!


「頼む!」


「まかせといて。でも、」


何か条件が?


「舞ちゃんとはどうなってるの?」


篠田?


「もう、ずっと前に断ったけど・・・?」


「断った?」


あれ?

それは知られてなかったのか?

そういえば、映司と岡田以外には話してなかったっけ。


「ふうん。わかった。藤野くんも、なるべくこの辺をウロウロしてる方がいいかもね。」




しばらくすると、和久井がデジカメを持って戻って来た。

俺は別に携帯のカメラでもよかったけど、デジカメならずっときれいに撮れるだろう。

残りの食材が少なくなってきて、売り切れも近い。

店が忙しいので、ぴいちゃんは文句を言っている暇がないようだ。彼女の少しばかりやけくそ気味の「いらっしゃいませ。」が教室に響く。

そういえば、小暮目当ての客が来てるって、高橋が言ってたけど、ぴいちゃん目当ての客もいるんだろうか?


結城と木村がほかのクラスの様子を見て来て、神谷と高橋に報告している。どうやら今日は、うちのクラスの方が優勢らしい。


「あと5食で売り切れですよー!」


入り口で客引きをしていた水内が大きな声で叫ぶ。

まるで八百屋か魚屋みたい。

通りかかった女子5人組がその声に立ち止まり、そのまま店内に招き入れられた。


「2年6組、茜屋は売り切れでーす!」


水内の声に、教室から歓声が聞こえた。

廊下の少し先から、「きゃー!」という声も。あそこがライバルだったのか。


室内ではまだ食べている客がいるけど、和久井が手が空いたぴいちゃんを呼んだ。


「ね、写真撮ろ! カメラ借りてきたから!」


そう言って、俺の方を向くと


「藤野くん、お願い。」


と、デジカメを俺に渡した。


教室の廊下の壁に描かれた『茜屋』の看板の前に立つ2人にカメラを向ける。

一瞬、ぴいちゃんだけ写せという意味かと考えたけど、さすがにそれはないかと思いなおす。

カメラの液晶には、ニコニコ顔の和久井と、疲れた笑顔のぴいちゃん。


1枚撮って和久井にカメラを返す。


「じゃあ、もう一枚ね。はい、さっさと並んで。」


驚いてぴいちゃんを見ると、彼女も同じように俺を見返している。

うわ・・・かわいいよ。


ここで迷ったら次はない!

思い切って彼女の隣に立つ。


「笑って。」


・・・ちょっと無理かも。


「あ〜! ちょっと待て! 俺も!」


大声と一緒に飛び込んできたのは岡田だった。

俺の反対側にすばやく並ぶ。


「じゃあ、撮るよー。」


まあ、いいか。3人でも。


リラックスできて、笑うことができた。





終了時間が近くなったころ、思い付いて、岡田と一緒に天文部に行った。

ぴいちゃんのナレーションは想像どおり気持ちがよくて、昨日、彼女が言ってたそのままに、2人ともぐっすり寝てしまい、迷惑顔の笹本に起こされた。


「どうせならぴいちゃんに起こしてほしかったなあ。」


岡田が遠慮なく言うと、笹本がニヤッと笑った。


「今までいたよ。」


いたんだったら、起こしてくれればいいのに。


「ぴいちゃんは結構いたずら好きだから、覚悟しといたほうがいいぜ。」


・・・なんだか恐い。








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