ぴいちゃんの出番?(1)
昨日はあれから何度も、ぴいちゃんが急に調理室から出て行ってしまったことを考えてしまった。
ぴいちゃんの態度はまるで浜辺に打ち寄せる波みたいで、届くかな、と思うと、すうっと引いて行ってしまう。
その度にちょっとさびしい。
ただ、昨日はそれと一緒に、彼女のクリームだらけの顔を思い出してしまい、家族の前で思い出し笑いをこらえるのに苦労した。
今日はぴいちゃんの顔をまともに見られるだろうか?
文化祭も2日目になると、生徒はだいぶ落ち着く。
日曜日で外からの客はたくさん来るから、ステージに出る生徒や店を出しているクラスは気合いが入っているけど。・・・まあ、うちのクラスも店を出してるんだけど。
神谷たち女子の一部が、今日は売り切れで一番乗りになろうと張り切っている。昨日は20分差で2組に負けて、店を閉めてから、長々と作戦会議をしていた。どんな作戦を練ったのかは知らない。俺たち男には関係なさそうだし。
今日の手伝いは11時から。
楽そうな宣伝係がいいかなと思ったけど、ぴいちゃんと一緒になる運搬係にした。岡田と映司も一緒。
昨日の荷物運びは本当に大変だった。
ただ、朝、ぴいちゃんと和久井が自分から力仕事を引き受けてくれたことが強く心に残って、俺の中では、あの2人はクラスの女子の中では別格と思うようになった。何かあったときに、頼れる相手だと思える。
・・・まあ、ぴいちゃんには、前から何度も世話になってるな。
俺のことも頼ってくれるようになるといいんだけど。
「藤野! 演劇部、見に行こうぜ!」
映司が誘いに来た。
そうだな。
体育館なら椅子もあるし、のんびりできるかも。
ついでに和久井も出るし。
・・・映司にとっては、和久井がメインか。
「今日は10時からなんだけど、いい席取りたいから1つ前から体育館に行きたいんだ。」
“ 今日は ” って言った?
「映司、もしかして、昨日も見たのか?」
「あたりまえだろ! でも、昨日は始まる直前に行ったから、はじっこの席しか空いてなかったんだよ。だから、今日は早く行くの。」
すでに俺の腕を抱えて、どんどん引っぱって行く。
ま、いいか。
映司の頑張りで、演劇部が始まる前に客が入れ替わるとき、前から4列目の真ん中の席を確保できた。
俺はあんまり興味がなかったから、もしかしたら寝てしまうかも・・・と思っていたんだけど、けっこう見応えがあって、最後までちゃんと見ることができた。
さらに、和久井がヒロイン役で、それが当たり前に見えることにも驚いた。いつもの和久井とは、全然違うタイプのヒロインなのに。
文化部の活動は気楽なものだと勝手に想像していたけど、自分と別の人格を演じるなんて、きっと大変なことに違いない。
昨日、今日と、和久井を見直すことになって、しっかり者の映司が彼女を好きになったのも、なんとなくわかるような気がした。
11時からの手伝いの前に、適当に食べ物を買いながら調理室へ向かう。
「あ! 来たな。荷物たまってるぞ。」
調理室から出てきた川辺が、俺たちを見つけて声をかけてきた。交代の時間だ。
うちのクラスの机では、和久井とぴいちゃんの2人が果物を切ったり、白玉をゆでたりしていた。
昨日に比べると、机の周りの材料が減っている。
「なっちゃーん!」
映司がいそいそと和久井に話しかけている。
いつのまに「なっちゃん」になったんだろう?
それにしても、映司の嬉しそうな顔!
ぴいちゃんはそんな映司を見て、ちょっと笑った。
「今日は2人だけ?」
岡田がぴいちゃんに話しかける。
昨日の遅刻の失敗を取り返そうと(?)、今日は俺たちよりも早く来ていた。
和久井と映司の間には入りにくいから、俺も岡田も、ぴいちゃんしか話しかける相手がいない。
「里緒がいたけど、さっき、店番が足りないからって駆り出されて行った。ここはもう少しで終わりだから、2人でも大丈夫そうだし。」
里緒って・・・小暮だっけ?
ものすごく声が小さい人だったような気がする。
店番なんかできるのか?
とりあえず運ぶものを渡されて、岡田と2人で教室まで行くと、高橋が店の入り口で呼び込みをしていた。
店はけっこう混んでいる。
「お客、入ってるな。」
高橋は得意げに笑う。
「作戦成功でしょ?」
「作戦?」
「里緒を店番に引っぱりだしたこと! 昨日の相談で、珍しいことで生徒を集めようってことになって、普段、制服姿しか見られない女子に浴衣で店に出てもらおうってことになったの。外からのお客さんだけじゃなくて、生徒も来ないと、売り上げが伸びないから。」
ふうん。
確かに小暮の制服姿じゃないところって、想像できない。
「宣伝係がそのあたりをちゃんと言いふらしてくれて、里緒目当ての生徒がけっこう来てるんだよ。」
どれどれ。
・・・あれか?
もともときれいな子だったけど、浴衣姿もまあまあだな。
野球部にも、小暮の儚げな雰囲気が好きだってヤツがいたから、メールしてやろう。
でも、小暮はあんまり楽しそうじゃないかも。
俺と岡田が戻ると、入れ違いに映司が出ていった。
俺たちが教室の様子をぴいちゃんと和久井に話すと、2人があきれて笑う。
「珍しいものって、里緒のこと、そんなふうに言うなんて。」
「確かに合唱部は制服しか着ないもんね。同じコーラス部でも、今日子たちはバンドで衣装着てるけど。」
残りの食材が少なくなって、2人とも仕事に余裕があるらしい。
小さい器3つに白玉と果物とかんてんを少しずつ入れてあんこを載せると、俺と岡田に1つずつ渡してくれた。
「内緒ね。」
やった!
ちょうど腹も減り始めたし。
そこへ。
「ああ、いたいた! ぴい子、予備の浴衣!」
「え? 何?」
突然の高橋の登場にあわてるぴいちゃん。
俺と岡田は器を持って、後ろを向いた。
「予備の浴衣、持って来てくれたよね?」
「あ、うん。ロッカーに・・・。」
「じゃあ、一緒に取りに行く。なっちゃん、ここ一人で平気?」
「もう、ほとんど終わりだから大丈夫。」
「じゃ、ぴい子借りるから。」
そう言って、高橋はぴいちゃんを急きたてて調理室を出ていく。
俺と岡田はその後ろ姿をのんびりと見ていた。
「やられたね。」
和久井が俺たちを見て、にやりと笑った。
何が?
「ぴいちゃんも、店番に連れて行かれたんだよ。」
「なんで? 誰か怪我でもしたのか?」
俺の質問に和久井が笑う。
「違うよ! ぴいちゃんも “ 珍しいもの ” だからだよ。」
えぇ?
それじゃあ、見世物みたいじゃないか!
岡田を見ると、あいつも心配そうな顔をして俺を見る。
「もうすぐここも終わるから、最後に運ぶとき、あたしも一緒に行く。そのころには、ぴいちゃんがお店に出てると思うから。悪いけど、その辺のもの、洗ってくれる?」
“ ぴいちゃんの浴衣姿 ” と思ったら、つい何日か前に彼女に浴衣を着せてもらったことが、ぱっと頭に浮かんできた。
あれは俺にとっては衝撃的な経験で、あれから何度も繰り返し思い出してしまい、その度にドキドキして、めまいがする。
そのうち倒れるんじゃないだろうか・・・。
1日のおはなしが長くなってしまったので、2回に分けますね。