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ぴいちゃん日記  作者: 虹色
お祭りだ!
36/99

文化祭初日



いよいよ文化祭。


俺はクラスの店の手伝いしか用事がなくて、あとは友人たちとブラブラするだけ。

去年は友達のクラスをのぞくか、何かを食べているかのどっちかだったっけ。

そういえば、バンドを組むって言ってた友人がいたから、それは見に行かないといけないかな。


初日の手伝いは、朝一番の2時間と午後に1時間入ってる。都合が悪ければ、誰かと交代すればいい。

朝の仕事は調理室から教室までの運び屋だから、まずは調理室に行ってみる。


調理室の6つの机は各クラスに割り当てられていて、2−6は真ん中あたりの黒板側だった。

早くも女子5人がエプロンをかけて、粉をこねたり、お湯をわかしたり、何かやっている。

その中に、ぴいちゃんと和久井の姿もある。あとの3人は青木と、彼女と仲がいい緒方と早川。


ぴいちゃんは水色のエプロンをかけて笑っている。

その笑顔はとても自然で、夏休みに宿題を見せてもらったときや、おととい浴衣を着せに来ていたときは、だいぶ緊張していたんだな、と改めて思った。

俺と話をしているときはどうだったんだろう・・・。


彼女たちのところに行くと、さっそく教室まで運ぶものを渡される。

運び屋は俺のほかに2人いるはずだけど、まだ来ない。

開店の9時まであと20分あるけど、教室でも準備があるだろうから早く持って行け、と和久井に言われた。

ぴいちゃんは、「おはよう。」って言ってくれただけ。目も合わなかったような気がする。

なんだかさびしい。


荷物はあんこや白玉だんごや切った果物。持ち上げてみるとかなり重い。

調理室は教室と同じ校舎だけど、ここは1階で教室は4階。運動部の俺でもかなりきついかも・・・。


そんな弱音を吐いているわけにもいかず、アルミの運搬トレイに入った荷物を4階へ運ぶ。

息を切らしながら教室に着くと、女子のキンキン声に迎えられた。


「遅いじゃないの! 準備がぎりぎりになっちゃうよ。」


「こっち。早く早く。」


「これだけなの?」


信じられない!

重い荷物を持って、4階まで上がってきて、これ?

店に出る女子はすでに浴衣を着て着飾っていたけど、そんなに目を吊り上げていたら客が寄りつかないだろうに。


「ほかに男は来てないの?」


思わず不機嫌な声が出る。


「宣伝係はもう出かけてる。ほかの運搬係は調理室にいないの?」


宣伝係を、運搬にまわせ! ・・・と言いたいけど、もういないんじゃ仕方ない。

調理室に来ていることを祈ろう。


トレイを持って、階段を下りる。

調理室には、相変わらず女子しかいなかった。


「ほかに、誰か来た?」


和久井に尋ねると、首を横に振って、貼ってある当番表を見てくれた。


「あと、竹内くんと岡田くんだね。どうしちゃったのかな?」


「教室で、店番の女子が遅いって怒ってて。」


「あらら。こっちはかなりできてるんだけど。」


和久井も困った顔をする。


「じゃあ、あたしも運ぼうか。」


そう言ってくれたのはぴいちゃんだった。

教室で不愉快な思いをした分、そんな申し出をするぴいちゃんがものすごくいい人に思える。

荷物が重いから、本当はやらなくていいと言いたいけど、この状況では仕方がない。


「そうだね。あたしも一緒に行く。今日子、ちょっとここお願いね。」


ぴいちゃんと和久井はさっさと手を洗い、荷物をトレイに詰め始めた。

重いものは俺のトレイに詰めてもらい、女子2人の分には軽めのものを入れる。軽いといってもそれなりの重さがある。4階まで上がるのは大変だ。

階段や廊下を走っている生徒もいるし、そろそろ一般の客も入り始める時間だ。

岡田と竹内め、あとでこき使ってやる!


開店5分前の教室到着で、どうにか必要な物が一通りそろい、店番の女子があわただしく動き始める。

忙しいのはわかるけど、力仕事を引き受けたぴいちゃんと和久井に、ねぎらいの言葉もないってどうなんだ?


2人はまた調理室へと階段を走り下りていく。それを追って、俺も。

調理室に着くと、竹内と岡田が残った女子3人と笑いながら話していた。


「遅いよ!」


俺よりも先に、和久井が一喝。

よくやった!


岡田はぴいちゃんがトレイを下げて戻って来たのを見て慌ててる。

竹内は和久井の迫力に驚いてあやまった。

2人とも、9時開店だから、9時集合かと思ったと言う。

そんなはずないってこと、ちょっと考えればわかるじゃないか。


それから10時半すぎまで、俺たちは何度も1階と4階を往復した。

ようやく交代メンバーが来たころには、3人ともしばらく立ち上がれないくらい疲れていた。


俺たちと一緒に女子も交代になり、女子5人は話しながら、俺たちの横でエプロンをはずしている。それぞれの今日の出番の話をしているらしい。みんな忙しそうだ。

和久井がぴいちゃんを急かして、ぼんやりしている俺たちの前を「お先に。」と言いながら通り過ぎる。その後ろからついて行くぴいちゃんは、笑顔で「お疲れさま。」と言ってくれた。

ありがとう。

ぴいちゃんも、お疲れさま。あ、和久井も。




野球部員のクラスを端からのぞき、あれこれ食べたり、映画を見たりしていると、あっという間に2時。午後の当番の時間。

朝のことを思い出して半分やる気が出ないまま、ちょっと遅れて調理室へ。


あれ?

人が少ない・・・。

また少人数でやらなくちゃいけないのか?


入り口で足が止まる。

一瞬、顔を出すのをやめようか、という思いが頭をよぎる。


でも、よく見ると、人が少ないのはうちのクラスだけじゃなくて、調理室全体が朝よりも静かになっている。どのクラスも片付けを始めているらしい。

うちのクラスの机の上はすでにきれいに整頓されて、ぴいちゃんが一人で座っていた。


今日は終わりってこと?

それなら中に入ってもいいや。


部屋を見回しながらぴいちゃんの座っている机に近付く。

彼女に声をかけようと・・・見たら、真剣な顔で、クリームが山盛りに載ったものにかじりついたところだった。


・・・声がかけられない。


2、3歩離れて立ち止まった俺の気配に気が付いて、ぴいちゃんがこっちを向く。

鼻の頭にクリームが・・・っていうのはよくありそうだけど、彼女の場合は左右のほっぺたにもついている。しかも、チョコレートシロップといろとりどりのトッピング入りで。

目がまんまるに見開かれて、俺が来たことがまったくの予想外だったことがうかがえる。


「ぷっ・・・!」


思わず笑いがこみ上げてきて、慌てて横を向く。

いつもぴいちゃんが笑いをこらえようと頑張るときの気持が、ものすごくよくわかった。

笑わないようにしようと思うと、またクリームだらけの彼女の顔が浮かんできて、ますます可笑しくなってくる。


ぴいちゃんはあわててティッシュを取って、顔を拭いている。

でも、さっきの顔はとうぶん忘れられそうにないや!


「遠慮しないで笑った方がいいよ。我慢すると止まらないから。」


きれいに顔を拭いたぴいちゃんが、上目づかいに俺を見て言う。


「うまく食べられると思ったのに。」


彼女の許しをもらって安心したら、ちょっと可笑しさが収まってきた。完全にではないけど。

そのまま近くにあった椅子を持って来て、ぴいちゃんの横に座る。


「それ、どうしたの? そんなにすごいの、売ってたっけ?」


ぴいちゃんは紙皿に載ったクリームの山を、俺に見せるように引っぱった。


「さっき、ここで、ほかのクラスの人にもらったの。下のワッフルはまーちゃんにもらったんだけど。」


そこでくすくすと笑って続ける。


「ちょうど居合わせた5組の内田くんが、クリームが余ったからって山盛りに載せてくれて、その上のチョコレートとかは東くんが面白がって。3クラス分の合体バージョンだから、どこにも売ってないよ。」


ぴいちゃんの話では、調理室では余裕ができると、味見と言いながら、お互いのクラスの食べ物を交換しあっているらしい。それを知っていれば、ずっとここにいるんだったのに。


だけど、内田と東って、この前、岡田が気にしていたな。廊下でぴいちゃんに手を振ってたって。

そのくらいのことは別に普通かもしれないけど、彼女に気付くようになった男が増えたってことが気になる。その原因を作ったのは自分だけど・・・。


「あのね、せっかく来てもらったんだけど、」


ぴいちゃんの声に彼女の顔を見る。

一瞬、目が合った。と思ったら、すぐにサラリとそらされた。


「今日の分は売り切れちゃったから、仕事はおしまいだって。うちのクラスの売り切れは2番目で、みんな悔しがってた。」


「そうなんだ? ほかのメンバーは?」


「みんな来なかったところをみると、教室で売り切れになったことを聞いたんじゃないかな。あたしは疲れたから、ここでのんびりしてたの。」


そう言って、ニコニコしながら机の上のワッフルを調べ始めるぴいちゃん。

そうか。

教室に寄ればわかるもんな。

でも、さっきのぴいちゃんの顔を見られた分、こっちに来てよかったかも。


また、さっきのクリームだらけの顔を思い出して、笑いそうになる。


「そ・・・それ、スプーンとかフォークとか、ないの?」


笑いをこらえながら俺が訊くと、ぴいちゃんはちょっと考えて、にっこり笑って手を伸ばし・・・洗って並べてあった菜箸を取った。


「お店用のは足りなくなると困るけど、これなら洗えばいいもんね。」


さらに包丁も取り上げて、ワッフルを4つに切る。


「藤野くんもどうぞ。」


そう言って、俺にも菜箸を渡してくれた。


・・・いいのかな?

1つの皿から一緒に食べるのって、ちょっと照れくさいけど。

ぴいちゃんは気にならないのか?

それって、俺のことは和久井とか、ほかの女子と同じくらいにしか考えてないってこと?


うーん。


まあ、いいか!

ぴいちゃんがこんなふうに話したり、一緒に食べようと言ってくれたりする相手は、男ではたぶん、俺か岡田くらいだろう。・・・と思いたい。


2人でワッフルをつつきながら、今日、見に行ったところの話をする。

何がおいしかったとか、どこが混んでいたとか、他愛ない話ばかりだけど楽しい。

周囲は片付けの音や話声でいっぱいで、俺たちがクリームを制服にこぼしてあわてたり、一口のサイズが大きいと笑ったりしても、全然気にならない。


「そういえばね。天文部は暗幕を張って、スクリーンに星空を写してプラネタリウムの映画みたいにしてるんだけど、」


文化部の展示の話になったとき、彼女が可笑しそうに話し始めた。


「暗い所で15分ものんびりしてると、眠っちゃう人がいてね、終わったときに部員が起こさなくちゃいけなくて、けっこう大変だったみたい。しかも、午後になったら、その話を聞いて、休みに来た人もいたらしくて。去年はちっとも人が集まらなかったのに、今日は満員の回もあったんだって。」


文化祭は、のんびり座って休むところがないからなあ。


「ぴいちゃんもそっちの手伝いもあるんだろ?」


「あたしはナレーションをやったから、お手伝いはないんだ。でも、明日は様子を見に行くつもり。」


ナレーションか。

彼女の朗読は気持ちがいいから、眠くなるお客の気持ちがわかるような気がする。


「あ、ぴいちゃん! ここにいたんだ!」


元気な声とともに現れたのは篠田だった。

一瞬、ぴいちゃんが不安そうな顔をした?

テーブルの紙皿と菜箸を片付ける手が、少し慌てている・・・?


「チア部のステージは終わったの?」


ぴいちゃんが篠田に尋ねると、篠田は元気にうなずいた。


「うん。教室に寄ったらもう店じまいしてて、みんなのんびりしてたよ。あたしは、調理室がどんな様子か見に来たの。」


「お疲れさま。こっちも片付いてるから大丈夫。明日の材料も整理してあるし。」


ぴいちゃんと篠田が話していると、姉と妹みたいだ。

もちろん、ぴいちゃんがお姉さんってこと。


「じゃあ、大丈夫だね。藤野くんも、お疲れさま。」


そう言って手を振って、篠田は出ていった。

篠田が出ていったドアの方から俺に視線を移して、ぴいちゃんがにっこり笑う。


「舞ちゃんって、かわいいよね?」


返事のしようがなくて黙っている俺にはかまわず、手早く菜箸を洗うぴいちゃん。


「ちょっと、天文部の様子を見てくるね。お疲れさま。」


そう言って、小走りに出て行ってしまった。


天文部には明日行くって言ってなかったっけ?

いきなり避けられてしまったような気がして、なんとなく悲しくなる。


けど、その途端。

クリームだらけの彼女の顔を思い出して、一人で吹き出してしまった。








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