表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ぴいちゃん日記  作者: 虹色
楽しい夏休み?
30/99

みんなのぴいちゃん?

次の日の午後3時すぎ。

リレーの練習を終えて5人で図書室に行くと、ぴいちゃんが机に座ってプリントをやっていた。

あれほど嫌がっていたのに、約束どおりに来てくれている。

こんな状況に臨むのは、きっと、彼女の心の中では大きな決心が必要だったに違いない。

申し訳ない気持ちと、彼女のがんばりを尊敬する気持ちで、胸が苦しくなった。



俺は内心、この話がどんどん広まって、人数が増えてしまうんじゃないかと心配していた。

何人もの男の中に一人でいることは、ぴいちゃんにものすごい緊張を強いることになるような気がして、大きな罪悪感を感じていた。

それなら、あんな所で言わないでメールか電話でもすればよかったかもしれないけど、たぶん、彼女には直接頼まなければ、OKしてはくれなかっただろうし、あのときはいいアイデアだと思った。・・・いや、本当は彼女と話がしたかったんだ。

でも、昨日のメンバーは誰にも言わなかったらしい。

大人数になったら、目当てのプリントが回って来ないかもしれないし、彼女の様子を見て察してくれたのかもしれない。


その中の1人、ぴいちゃんと同じ中学の出身だと言ったのは3組の前川だった。


「俺、中学の3年間、吉野とずっと同じクラスだったんだ。」


その前川が、帰り道で話してくれた。


「1年のときは普通にみんなとしゃべったり笑ったりしてたんだけど、3年になったときには、あんまり大きな声で笑ってるところは見なかったよ。2年の秋ごろかな、吉野の靴が隠されるのが何度かあったから、それが原因かもな。」


「靴を隠されるなんて、うらみでも買ってたのか?」


「吉野は成績が良かったから、妬まれたんだと思うよ。同じクラスの女子が、ときどき何か言ってるのを聞いたことあるし、靴もそいつらが隠したんじゃないかな。」


ふうん。女子は恐いな。

成績がいいくらいでいじめに遭うなんて。


それでぴいちゃんは、殻の中に閉じこもってしまったわけか。

ときどき、彼女をそっと見守ってあげなくちゃいけないような気がするのは、彼女が卵から出てきたばっかりみたいに見えるからだな。

あのノートの絵のとおり、本当に小鳥のヒナみたいだ。





ひんやりして静かな図書室には、ぴいちゃんのほかに7、8人の生徒がいるだけ。学校の図書室で勉強なんて、みんな思い付かないのかもしれない。

6人机の端に1人で腰掛けている彼女の周りに、どやどやと集まる俺たち。隣の席は、無言で俺が確保する。一応、盾のつもりなんだけど。

ぴいちゃんは、ときどき見せる不安げな表情でひとこと。


「よろしくお願いします。」


大丈夫かな。

俺たちも小声で「よろしく。」と答える。


「とりあえず、やってある分は全部、持って来たけど・・・。」


「サンキュ!」

「悪いな。」

「助かった!」


彼女が全部の言葉を言い終わらないうちに、数学も古文も英語も、分けられるものはバラバラにされて、さっさとみんなの手に渡る。


「悪い。」


俺が言うと、彼女はちょっと微笑んで、


「いいよ。」


と言ってくれた。


実は昨日からずっと、自分が嫌われているんじゃないかと不安だった。

ぴいちゃんは優し過ぎて言い出せなくて、俺が強引にそこにつけ込んでしまったんじゃないかと。

でも、今、彼女の顔を見て、何となく安心した。

俺に対する嫌悪感は、彼女の態度には表れていなかったから。

むしろ、俺を見てほっとしたように見えたし。


そのまま、ぴいちゃんは自分の日本史のプリントにとりかかった。


初めのうちは無言で写していた俺たちも、10分くらい経って慣れてくると、わからないところが気になってしまう。


「ぴいちゃん、ここなんだけど。」


「ぴいちゃん、これはどうやって・・・?」


「ぴいちゃん、これ、もしかして、違ってない?」


なぜか、みんなが彼女をぴいちゃんと呼ぶ。

ぴいちゃんは最初、戸惑っていたけど、何度か続くうちにあきらめたらしい。


小声で話しているつもりでも、静かな中では部屋中に響く。

何度か注意された揚げ句、たった30分で、図書室の先生に追い出されてしまった。


「ええと、これで終わりかな?」


ぴいちゃんが首をかしげながら、俺たちを見回す。ちょっとほっとしているのがわかる。

緊張させちゃって悪かったな。


「いや、ちょっと待ってて。」


5組の内田が廊下を走って行った。と思ったら、鍵を持って戻って来た。


「うちの担任が、教室使っていいって。」


ぴいちゃんが一瞬、残念そうな顔をした。けど、すぐにまた覚悟を決めたらしい。

ごめん。

でも、えらいぞ。がんばれ。


苦手なことに立ち向かう彼女のことが誇らしい。

・・・って、やっぱり父親みたいだ。しかも、この状況って、俺のせいなのに。


教室には冷房が入らないので、誰かが扇風機を調達してきた。

机を6つ向かい合わせて、こんどはぴいちゃんを真ん中にして座る。

扇風機の風で、彼女のまとめきれない髪がふわふわとなびいている。


いつもの教室で俺たちは緊張が解け、会話が一気に弾む。

質問や説明がポンポンと続く。

ぴいちゃんもだんだん落ち着いて、普通に話せるようになり、わからなかった問題を教わったりしている。


5時すぎに先生が見回りに来て、今日は終了。

明日も同じ時間に。


自転車で、同じ方向でまとまって帰る。

俺たちはぴいちゃんも含めて4人。

やっと慣れた相手に、ぴいちゃんの笑い声も元気が出てきた。





翌日。


校舎を上がって行く途中、内田がニヤリとしながら俺にささやいた。


「今日は、宿題がはかどったお返しをするから。」


なんだろう?こんな言い方するなんて。


ぴいちゃんが5組の教室の前でうろうろしていた。

鍵は開いていたけど、一人で中で待つのは嫌だったのかな。


「今日もよろしく。」


はにかんだ笑顔であいさつする様子に、ちょっとドキリとする。

ほかの男には見せたくなかったかも。


昨日と同じ席に座って、カバンから宿題を・・・と思ったら、彼らのカバンから出てきたのは、クッキーや大福などのお菓子。


「これ、お礼。食べて。」


そう言って、ぴいちゃんの机に次々に並べられる。

お返しってこれか!

そこまで気が利かなかった俺は、差をつけられて後悔した。

机の上のお菓子を見て目を丸くしていたぴいちゃんは、「ありがとう。」と笑うと、


「せっかくだから、みんなで食べよう。」


と、袋入りのお菓子を開けて、真ん中に置いてくれた。

それから、


「みんなリレーの選手なの?」


と俺の顔を見て尋ねる。

ほかのヤツじゃなく、俺に訊いてくれたよ!


「うん。みんな運動部の俊足。」


「ふうん。すごいんだね。」


感心するぴいちゃんに、内田が言う。


「俺たちの顔と名前、覚えた?体育祭では自分のチームじゃなくて、俺たちを応援してくれないと。」


「前川くんは知ってる。それから、」


ぴいちゃんは机を囲むメンバーの名前を思い出そうとする。


「5組の内田くん。それから(あずま)くんと・・・野村くん、かな?」


「東と野村は緑チームだよ。」


俺が付け足すと、ぴいちゃんがすまなそうに言う。


「同じチームなのに、全然知らなかった。ごめんなさい。」


それはお互いさまだ。

俺だって、同じクラスにならなければ、今でも彼女のことは知らなかったと思う。


「俺、ぴいちゃんの声が聞こえたら、ものすごくスピードアップできそう。」


内田の調子のいい言葉にぴいちゃんが笑って答える。


「そうだね。あたしの声を聞いたら、きっと宿題を必死で写してるときの気持ちがよみがえるよね。」


みんなの笑い声が重なった。





今日も5時過ぎに終了。

残りの宿題は、今夜と明日一日でなんとかできそうなところまで行った。

みんなに口々にお礼を言われて、ぴいちゃんはあわてていた。


自転車を出したところで、内田が一言。


「今日は寄るところがあるから、俺たちはここで。じゃあな。」


そして、俺の前を通り過ぎざまに、小声でひとこと。


「がんばれよ。」


え?


口々に「ぴいちゃん、サンキュー。」と言いながら、4人ともさっさと自転車に乗って去って行く。

ぼんやりしたまま取りのこされるぴいちゃんと俺。

あれ?

もしかして、内田が言ってたお返しって、さっきのおやつじゃなくて・・・?

俺の態度って、そんなにわかりやすかったのか?


なんか、あらためてこういう状況になってみると、かなり困る。

でも、せっかくだから、少しゆっくり話したい。

おととい、二人きりを理由に断られそうになったことを思えば、早く何か言わないと、逃げられてしまうかも。


「・・・急いでる?」


しまった!

これじゃ、逆に逃げる言い訳を与えたようなものだ。

彼女が俺を見上げる目には、問いかけるような表情?


「え・・・と、それほどでは・・・。」


でも、彼女の口から洩れたのは、拒否の言葉ではなく。


・・・うそがつけないんだなあ。


そんなところもぴいちゃんらしくて、少し笑ってしまう。

おとといは、あんなに困った顔をしていたのに。


「あの、でも、家が遠いから、あんまり時間は。」


はいはい。

無理に引きとめたりしないよ。


「駅の本屋で参考書を見たいんだけど、一緒に見てくれない?」


大急ぎでこしらえた出まかせ。

でも、本屋ならどうだ!

それに、これなら断られても、駅までは一緒に行ける。

意外に策士じゃないか、俺って。


「ああ、それくらいなら大丈夫。」


ぴいちゃんの安心した顔。

よし!

本屋が効いたのか?

それとも、帰り道から逸れないのがよかったのかな。




駅まで一緒に自転車で行くあいだも、本屋で参考書を選ぶあいだも、ただひたすら楽しい。

ぴいちゃんは、たくさんしゃべって大きな声で笑うようなタイプではないけど、彼女との会話は一つひとつが心に残る。

声も、言葉も、表情も、今までの会話がたくさん記憶に残っている。


レジに並んだところで、ぴいちゃんは「電車の時間があるから」と言って、急いで行ってしまった。

改札口まで見送りに行くつもりだったのに。

小走りに去って行く彼女の背中で、長い三つ編みが踊っている。


明日で夏休みは終わる。

あさってにはまた会えるけど、明日も会いたい。

だけど、残った宿題がそれを許してくれないな・・・。







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ