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ぴいちゃん日記  作者: 虹色
出会いは高2の春
3/99

きっかけは、腹時計



吉野さんの後ろの席になっても、彼女と急に親しくなることはなかった。

特に話しかけるような用事がないし、彼女の方から話しかけてくることもない。


彼女は授業中に寝ているだけじゃなく、よく窓から外を見ていて、その度に三つ編みが右に左にと動く。

目の前でゆらゆら揺れる三つ編みは、神社の鈴に下がっている紐みたいで、なんとなくいたずら心を誘う。ちょっと引っぱってみたい。


休み時間になると、友人たちが俺の席のあたりに集まってくる。

俺の隣に同じ野球部の岡田がいるし、窓際の席だから、集まりやすいのだ。

吉野さんは、休み時間にはたいてい席からいなくなってしまうので、彼女の椅子に座っているヤツもいる。

川辺や近くの席の男子もまじえて、3、4人からときには10人くらい集まっていることもある。


一度、何気なく廊下側に目をやったとき、吉野さんが教室に戻ってきて、自分の席を見てギョッとしたのを見てしまった。これでは席に戻りづらいのは当然だ。

ほかの女子なら平気で席に戻って、俺たちの話に混ざって来る人もいるかもしれないけど、彼女はそういうタイプではなさそう。

どうしよう、と思ったら、彼女はまたすっと廊下へ消えてしまった。

チャイムと同時に戻って来たとき、彼女は何も言わなかった。

悪かったな、とは思ったけど、俺も何も言えなかった。





5月に入ったある日の3時間目。


「ぐるるるる・・・。」


誰か、腹が鳴ってる?


一番近いのは吉野さんか、後ろの竹内だけど・・・。

まだ11時を過ぎたばっかりだぞ。12時半まで授業なのに。

と思っていたら、もう一度。


「あのう。」


と言いながら、吉野さんがそうっと振り向いた。


「ごめんなさい。お腹が空いちゃって。うるさいよね?」


小声で、真面目な、でも困った顔で言う。

律義にそんなことを言う彼女が可笑しかったけど、笑っちゃ悪いような気がして、首を横に振った。


「いや。別に。」


その会話が聞こえたらしく、川辺がこっちを向いて言った。


「吉野さんなの?」


笑いをこらえているのがはっきりとわかる。

黙っておいてやればいいのに。

吉野さんは「そっちまで・・・?」と、情けない顔でつぶやいて、川辺に謝った。


「早弁しちゃえば。」


俺もよくやってるし。


「女子でそんなことする人、いないよ。」


・・・そうか。確かに見たことないな。


それからしばらく吉野さんの腹は鳴り続けて、彼女は小さくなっていた。

女子でもそんなことがあるんだなと、俺は変なところに感心してしまった。

それにしても、初めての会話がこれだなんて。なんか変だ。





「ここ解る?!次の授業で当たりそうなんだ!」


その日の昼休み、川辺が吉野さんにあせって話しかけた。

英語の教科書を持って、必死な様子だ。

英語は年配の男の先生で、けっこう厳しい。予習をしていないと厭味を言ったりする嫌な相手だ。

とは言っても、予習をしてくる生徒はほんの一握り。俺もやってない。


吉野さんは「どこ?」と言って川辺の教科書をのぞき込むと、自分の教科書とノートと見比べながらその部分を探している。

どうやら見つかったらしく、川辺はノートを借りると、せっせと写しにかかった。吉野さんは和久井のところに行ってしまった。


俺のところに来た映司(えいじ)―野球部の友人―が川辺の様子を見て話しかける。


「英語?誰のノート?」


「吉野さんに借りた。」


「へえ。さすが、きれいだな。今度、俺も借りようかな。」


確かに、吉野さんのノートならわかりやすいだろうな。見たことはないけど、彼女の雰囲気から、そんな感じがする。

俺もいざというときには見せてもらおう。

腹の鳴る音がきっかけとはいえ話すことができて、彼女が普通に話せる人だということはわかった。

さっきも、川辺に対して嫌な顔をしなかったってことは、親切な人だってことだ。


ただし、話題があれば、だけど。

向こうから話しかけてくることは、今までの様子から見て、あんまりないだろうな。

和久井はおもしろい人だって言ったけど、冗談を言うほど親しくなることはなさそう。


昼休みの終わりに戻って来た吉野さんに川辺が礼を言いながらノートを返すと、彼女はにっこりして「いいえ。」と言っていた。こういうところはやっぱり大人っぽい。

でも、午前中に腹が鳴ったときの気まずそうな顔は全然違ってて、ほかのヤツが知らない彼女を見たようで、ちょっと得したような気がした。









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