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ぴいちゃん日記  作者: 虹色
楽しい夏休み?
24/99

別の顔。



合宿の2日目、天文部が帰った日の夕方、シャワーのあとに岡田がさりげなく近付いてきて言った。


「お前、篠田とはどうなってるの?」


岡田から何か言われる覚悟はしていた。

ストレートな性格だから、単刀直入にくると思っていた。


「夏休み前に断った。無理だって。」


「それで最近、篠田が来ないんだな。」


向こうがどう思っているのか不安が残るけど。


「お前がフリーってことは、俺と藤野は、ぴいちゃんに関しては同じ位置にいるってことだな。」


「うん。そう思ってくれていいよ。」


「わかった。一応、確認しておこうと思って。でも、わかったけど、俺はお前には遠慮しないよ。」


「・・・吉野を傷つけるようなことをしないなら、俺はそれでかまわない。選ぶのは彼女だし。」


ぴいちゃんを傷つけたくない。

それが一番重要なこと。


「俺が傷つけたりすると思う?あり得ねえぜ!」


いや、どうだか。お前のその軽さじゃ。

でも、岡田は悪い奴じゃない。

ぴいちゃんが岡田を選ぶのなら、それは・・・やっぱり嫌だ。





8月に入ってすぐ、K高校と練習試合が組まれていた。

実力が同じくらいなので、よく交流のある学校だ。今回は向こうの学校に、俺たちが行く。


朝早く駅に集合して電車を乗り継いで行く。K高は向こうの駅から徒歩10分。

うちの学校とはだいぶ離れているけど、同じ県内だ。


8時からアップを初めて9時に試合開始。

3年生が引退したあとの新メンバーでの初めての試合。

俺はショートで打順は1番。背は高くないけど、俊足を買われている。


初めはちぐはぐだった両チームの動きが、回を重ねるごとにスムーズになっていく。

太陽の下でみんなで声を出して、走って、バットを振る。

チームの一体感が気持ちいい。


試合は1点差で俺たちが勝った。

どちらにとってもいい試合だったと思う。

少し合同練習をして、昼過ぎに終了になった。その場で解散。


帰る支度をしているとき、よく話をするK校の後藤が話しかけてきた。


「昼はどうする予定?コンビニ?それとも電車の途中で寄るのか?」


この駅にはファーストフードの店がない。

住宅街だけど、あんまり賑やかな街じゃないんだ。


「腹が減ってるから、コンビニで買って食べる方がいいな。」


そう言うと、周りにいた映司や林もうなずく。


「じゃあ、駅前のパン屋で買わない?」


「パン屋?美味いの?」


「まあ、味は普通のパン屋と変わらないけど、バイトの子がうちの運動部のお気に入りなんだ。」


「かわいいのか?」


林が素早く反応した。


「けっこうね。最近新しくなった店の制服が似合っててさあ。俺たち、部活の帰りはいつもそこでパン買ってるんだよ。」


「なんだよ。自慢したいってこと?誰かの彼女?」


「違う。誰も手を出せない。その子、愛想はいいけどガードが固くて、名札で名字はわかるけど、それ以外は何も言わないんだ。でも、それがまた注目を集めてて、誰が最初に聞きだすかって話題になってる。」


ふうん。

それほど言うってことは、よほどかわいいんだろう。

でも、バイトだと、今日はいないかもしれないよな。


後藤とK高の何人かに案内されたのは、ちょっと洒落た店構えのパン屋だった。

中をのぞくと、自分でトレイに取ってレジに行くタイプの店で、奥行きがあってけっこう広い。

もう1時を回っているので、今は客が途切れているようだ。


「いるいる。」


後藤が言う。

夏休みになってからは、昼間もよくいるらしい。


「いらっしゃいませ。」


後藤が先に立って入ると、くっきりとよく通る声が響く。

それから。


「あれ?」


と、その声が続けて聞こえた。


なんで「あれ?」なんて言うのかな。

俺たち、何か変?

自分の姿を確認する。・・・清潔とはいえないけど、変ではないはず。


後ろから入って来た岡田と映司を見ると、2人とも驚いた顔で奥を見ている。


「吉野?」

「ぴいちゃん?」


2人の声が重なった。


2人の視線を追って奥を見ると、低いレジカウンターの向こうには。

襟元に赤いリボンのついた紺色のワンピースに白いエプロンをかけて、紺のベレー帽(?)を斜めにかぶったぴいちゃんが、ムンクの『叫び』の絵の人ようなポーズで固まっていた。





店の中であれこれ話すこともできないので、とりあえず、全員パンを買って駅前の公園まで来た。


俺たちの会計をするとき、ぴいちゃんはものすごく緊張していたようで、レジの操作を間違えたり、小銭を落としそうになったりして、最後には癇癪を起しそうになっていた。

ほとんど顔を上げなかったけど、ほかのお客に笑顔で応対したとき(俺たちにはそんな顔してくれなかった。)、確かに店の制服がよく似合っているなと思った。


「そっちの生徒だったのか。」


後藤はパンをかじりながら、ちょっとがっかりしている。

そうだよな。

自慢するつもりの相手が、もっと近い場所にいるヤツだったんだから。


「今年の春から見かけるようになって、うちの運動部はもともと帰りによくあそこでパン買ってたから、女子高生の新しいバイトだってウワサになったんだよ。」


うんうんと、ほかのK高のメンバーもうなずく。


「話しかけたヤツもいたけど、『はい』とか『いいえ』くらいしか答えないっていうんで、それでまた、今どき奥ゆかしいって話題になって。」


ああ、そういうところは、いかにもぴいちゃんらしい。ただ、今回はそれが逆効果だったってわけで。

店番をしていたら、隠れるわけにはいかないからな。


「ちょっと前に、あの店の制服が変わったんだ。初めは学校の制服のままエプロンをかけていたんだけど、あの服になったら彼女の雰囲気にピッタリだって人気が急上昇で。うちの学校の運動部では、彼女目当てであの店に行くヤツも多いぜ。」


確かに、あの服はぴいちゃんの雰囲気によく似合ってた。

でも、あんなに緊張するなんて、よっぽど恥ずかしかったんだな。別に普通の服だと思うけど。


「うちの運動部のアイドルなのに、お前たちの学校だったなんて、なんか悔しい。教えたりして損した。」


後藤が残念そうに言う。

アイドルって言うからには、ぴいちゃんのことを気に入ってるヤツがかなりいるってことか。

いつも目立たないようにしているみたいなのに、何故か注目を集めてるよなあ。しかも、こんなに遠くちゃ、俺の目が届かない。


・・・また父親みたいなことを考えてるよ。


「うちの文化祭に来れば?話くらいできるかもよ。」


誰だ、そんな提案をするのは?

でも、文化祭なら、ぴいちゃんは調理室だから安全だな。


「あ!写真撮ってくればよかった。」


岡田。

ぴいちゃんは、絶対に嫌がると思うぞ。


それにしても、癇癪を起しかけたぴいちゃんなんて、初めて見た。







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