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ぴいちゃん日記  作者: 虹色
楽しい夏休み?
22/99

きもだめし。



水曜日。

今日から俺たちの合宿も始まる。

朝からいつもの倍はある荷物を持って、学校へ。


結局、昨日の夜もぴいちゃんにメールした。

昨夜は返信がすぐに来て、ほっとした。

まるで、年頃の娘を心配する父親みたいだ。


学校に着いて、荷物を寝泊まりする教室に運ぶ。

5階建の校舎の4階のうち4部屋を、野球部で使うことになっている。

机を後ろに寄せた教室にマットを敷いて、夜はそこに布団をしいて寝るのだ。

4階に上がってみると、一つの教室から声が聞こえる。

通りがかりに覗いたら、笹本がいた。天文部か。


俺たちはその隣から続けて4部屋。

みんなで机を移動させ、廊下に用意してあったマットを広げる。この上では上履きも脱ぐのがお約束。

布団は寄せた机の上に乗せておいた。


練習は合宿用のメニュー。

いつもより厳しいけど、休憩もきちんと組んである。


食事は3食とも出前や弁当だ。

ただ、1日だけ、父母会が昼にカレーを作ってくれることになっている。

OBや父母からスイカやアイスの差し入れも来たりする。


どこかから、女子のそろった掛け声が聞こえる。

チア部も練習しているらしい。

あの翌日、篠田とは教室で普通にあいさつはしたけど、それ以外は話していない。すぐに夏休みになったし。

朝、「おはよう。」と彼女はいつもどおりに言い、俺も普段どおりに応えた。

つまり、普通のクラスメイトってことだ。

そう、俺は自由だ。


夕方、外練習が終わって、シャワーを浴びると夕食。

そしてミーティング。

そのあとは消灯の10時まで自由時間。

今どき10時に寝る高校生なんていないと思うけど、疲れ果てて寝てしまうヤツも多い。

自由時間には自主トレをするメンバーもいる。今日は俺もその一人。まだ初日だから体力に余裕がある。


今日はぴいちゃんは見かけなかった。


中庭に出て、何人かで素振りをしていると、校舎の上で何かが動いてギョッとした。

目を凝らすと、暗い屋上で人が動いているのがわかる。


ああ、天文部か。

星の観察と撮影をするって言ってたな。

立ったり、しゃがんだり、10人以上いるようだ。

昨日の昼間はまるで遊んでいるようだったけど、ちゃんと活動してるんだ。


9時半ごろ自主トレを終わりにして部屋に戻ったら、天文部もぞろぞろと帰って来たところだった。

望遠鏡や三脚、カメラをいくつも抱えている。

笹本が俺に気付いて、手を上げて合図する。俺も手を上げて「お疲れ。」と言った。


消灯時間までは電気が点いているとはいえ、廊下の隅はぼんやりと薄暗い。

特にトイレは階段より向こう側にあり、そのあたりの教室は使っていないのでますます暗い。

階段も、上の5階は誰もいなくて電気が点いていないから、なんとなく気味が悪い。

というわけで、トイレはたいてい誰かと一緒に行く。


部屋で寝る支度をしながら、ふと、ぴいちゃんのことが気になった。

さっき笹本が戻って来たってことは、彼女ももう部屋にいるはずだ。

どうしよう?

今日は同じ校内にいるんだし、心配する必要はないのかもしれないけど。

いや。

今日は昨日よりも男がいっぱいいて、危険度は増しているんじゃないだろうか?


・・・なんだか、こじつけっぽい。


けど、メールをする理由ができた。

別に心配はしてないけど、というさりげなさを装って送る。9時45分。


9時50分。ぴいちゃんからの返信はない。


9時55分。まだ来ない。


どうしたんだ?

部屋にいない?

さっき戻って来たばっかりで、もう寝ちゃったなんて、あり得る?

岡田は隣の部屋だっけ?

あいつが部屋にいるかどうか、見に行った方がいいかな?


「誰のメールを待ってるんだよ?」


友達と話しながら携帯を気にしている俺を見咎めた映司がニヤリとささやく。

そこへ1年が2人で走り込んできた。


「先輩〜!」


2人とも涙目になっている。

部屋でいじめにでも遭ったのか?


「先輩!この学校に怪談話があるって、どうして教えてくれなかったんですか!」


なんだ、それは?

俺たちだって、聞いたことがない。


よくよく聞いてみると、トイレに行った帰りに、誰もいない廊下で忍び笑いが聞こえたという。

トイレで一緒になった天文部の1年もいて、3人で逃げ帰って来たらしい。

その天文部の1年は先輩から怪談話を聞かされていて、仕方なくトイレまでは行ったものの、一人で戻るのが恐くて、誰かが来るのを待っていたそうだ。


俺たちは、去年もここで合宿をしてるけど、そんな話は聞いたことがない。

それに、何もなかった。

みんなと顔を見合わせる。


・・・「天文部の先輩」という言葉が頭をよぎる。

携帯にはぴいちゃんからの返信はない。


まさか。

でも・・・?


「映司、ちょっと見て来ようぜ。」


声をかけて立ち上がると、映司が楽しそうな顔をして「おう。」と言った。


トイレは天文部がいる部屋とは反対側にある。

むこうの1年はトイレから自分たちの部屋まで、ずいぶん長く走らなくちゃいけなかっただろう。かわいそうに。


階段を過ぎてトイレをのぞく。今は誰もいない。

薄暗い廊下を戻りかけたとき、「フフフ」という笑い声が幽かに聞こえてきた。

それに重なって、「ダメだよ。ちがうよ。」というささやき声。


やっぱり。


どこだ?

・・・階段の上?


「吉野だろ?」


階段に向かって声をかける。


ささやき声がフッと止んで、一瞬の間があってから、ぴいちゃんとまーちゃんが踊り場の陰からゆっくりと顔を出した。

いたずらを見つけられた子どものような顔をして。


もう!


「何やってんだよ!危ないだろ!」


思わず大きな声が出てしまった。

隣で映司が驚いた様子で俺を見る。


ぴいちゃんたちもびっくりした顔をした。

すぐに、ぴいちゃんはもう一人を引っぱって、俺の前まで降りて来る。


「ごめんなさい!」


彼女が頭を下げると、まーちゃんもあわててそれに倣う。


「部屋どこ。戻るのを見届けるから。映司も一緒に。」


彼女が無事だったことに安心して、俺はそれだけ言うのがやっとだった。


「3階。この下。」


しょんぼりしたぴいちゃんが答え、まーちゃんと一緒に先に立つ。

俺と映司は、まるで万引きをした中学生を補導した警官みたいだ。


3階に降りると、階段のすぐ横の廊下にハードルが置いてあって、『男子立ち入り禁止』という札が下がっていた。

3階は女子部屋ということらしい。

だけど、いくら男子を立ち入り禁止にしたって、女子が出てきたら意味がないじゃないか。


ぴいちゃんが振り返って、俺の顔を見る。

ものすごく後悔してるって、その顔に書いてある。


「部屋に戻るまで、ここで見てる。」


そう言うと、ぴいちゃんは「おやすみなさい。」と言って、まーちゃんを急かしながら2つめの教室に入って行った。


「待ってたのは吉野のメールか。」


映司が俺をちょんちょんとつつきながら言う。


「・・・そうだよ。」


なんか、疲れた・・・。

早く部屋に戻って寝よう。


「怒っちゃって、悪かったかな。」


「いいんじゃないの。俺だって、なっちゃんがあそこで出てきたら、心配した分、怒ったと思うよ。」


まるで父親みたいだ。


「でも、吉野があんなことするなんて思わなかった!」


そう言って、映司は笑う。


そうかな。

俺はそれほど意外に思わなかったけど。


部屋に戻ると部員の興味津々な顔に囲まれた。

映司が


「天文部のいたずら。」


と言うと、笑いが起こる。

さっきの1年は、もう部屋に戻ってていない。

あんなに恐がって、かわいそうに。


「誰?」


「吉野と長谷川」


あ、まーちゃんって長谷川っていうんだ。


「女子?よくやるなあ。」


「吉野って、岡田が話してた子?俺たち、見に行ったけど、真面目そうな子だったよな?」


岡田の話のあと、いったい何人がぴいちゃんを見に行ったんだろう?

しかも、これでまた注目されちゃうじゃないか。


「藤野が一喝したら、ものすごくしょんぼりして、部屋に帰ってったよ。」


映司が笑いながら言う。

そんなこと報告しなくていいよ!






翌朝、部室に向かうために昇降口で靴を履き替えていると、昨夜の1年が走ってきてささやいた。


「先輩。あの人が・・・。」


彼の視線の先には廊下の角に隠れるようにぴいちゃんがいる。

なんとなく、『巨人の星』のお姉さんを思い出して、笑いそうになった。


「サンキュー。」


1年に礼を言って、ぴいちゃんのところに行く。


「あの、きのうは本当にごめんなさい。」


俺が何かを言うよりも先に彼女が口を開く。

まだしょんぼりして、下を向いている。俺が怒鳴ったのが、相当こたえたらしい。


「怒鳴っちゃって、ごめん。」


そう言うと、ぴいちゃんは顔を上げて俺を見た。


「そんなことない。あたしたちがちょっと浮かれ過ぎてたから。」


心配したよ。


その言葉はなぜか声にならない。


「ちょっと座らない?」


すぐ先の階段を指差すと、ぴいちゃんは階段の2段目に腰掛けて、手を膝の上で組み合わせた。

俺は3段目に。


「吉野が考えたの?」


彼女がそっと俺を振り返って、すぐに目をそらす。


「ううん。あれは天文部の女子に伝わるいたずらなの。『きもだめし』って呼ばれてて、毎年、最終日にやってるの。泊る部屋が、男子は4階で、5階は無人って決まってるから、隠れる場所とか時間も同じで。」


「じゃあ、去年も?」


「そう。去年は2つ上にも女子の先輩がいたから、5人でやったんだけど。」


今年は2人か。

無謀過ぎないか?


「先生は?」


「あたしたちの部屋に一緒に寝るけど、毎年、屋上に行ってる間に先に寝ちゃってる。屋上にはもう一人の顧問が来るし。でも、『きもだめし』をやったことがわかると、ものすごく怒るよ。」


「あたりまえだよ。俺だって・・・。」


俺だって・・・すごく心配だった。


「ごめんなさい。」


ぴいちゃんは、また小さくなってうなだれる。

その様子は、本当に子供みたいだ。


すっと手を伸ばして、彼女の三つ編みを引っぱった。


「わっ。」


髪を引っぱられて、がくん、と上を向いたぴいちゃんが、手で頭を押さえながら、目を丸くして俺を振り返る。


「これでおあいこ。一回やってみたかったんだ!」


そう言って俺が笑うと、はじめは戸惑いの表情を見せていたぴいちゃんも、だんだん笑顔になった。

やっぱり笑ってる方がいいよ。


ぴいちゃんがぴょこんと立ち上がる。

俺も一緒に。


「急いでるところ、ごめんね。あたしたち、午前中に解散だから、今のうちに謝らなくちゃと思って。」


「うん。」


「じゃあ。」


ぴいちゃんは軽やかに階段を上って行った。

心配のあまりとはいえ、いきなり怒鳴ってしまった俺に、彼女が笑顔を見せてくれたことが嬉しかった。







ぴいちゃんは、お泊りのときには日記を持っていかないので、藤野くんバージョンが2話続きました。

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