ラッキー? それとも・・・?
夏休み終了までに、修学旅行の打ち合わせを班ごとにするようにとクラスに伝えた翌日(ちゃんと思い出して伝えたのは、俺じゃなくて高橋だけど。)、結城が、班行動を一緒にやらないかと言ってきた。結城たちは神谷と一緒に回りたいんだ。
神谷もどうやらその方がいいらしい。・・・っていうか、神谷とは打ち合わせ済みのようだった。
俺はかまわないと言うと、映司が女子は誰だと訊く。
もし気に入らなかったら、断るつもりなのか?
「高橋と和久井と吉野。」
あれ?
そういえば、そうだっけ。
これって・・・。
「よっしゃ!いいぜ!」
俺のもの思いを遮って、さっさとOKしたのは映司だった。
和久井がいるからって、そんなにあからさまに喜ぶなよ。
その横で、岡田もにやけ顔になりつつある。
神谷が見てるぞ。いいのか?
「じゃあ、決まりってことで。」
結城が満足そうに言う。
放課後に、夏休み中の予定を調整することになった。
二班で集まってみると、けっこう大人数かもしれない、と思う。
行きたい場所もバラバラになって、決まらないんじゃないだろうか?
歩いているときに誰かがいなくなってもわからないかも・・・もしかしたら、それが狙いなのか?
女子6人の中で、ぴいちゃんはおとなしかった。
本当に、大人数の中では存在感がない。
ときどき、隣に座っている和久井や高橋と小声で話して笑っている。
俺の方は見ようとしない。なんでだろう。
ちょっとくらい、視線を合わせてくれてもいいのに。
「藤野はどう?」
いきなり岡田に話を振られて慌てる。
同時に、話を振られた俺をぴいちゃんが見て・・・笑いがこらえきれなくなって、下を向いた?!
昨日のあれを思い出したのか!
それで、ずっとこっちを見ないようにしていたんだな。
くすくす笑いが止まらなくなったぴいちゃんは、話し合いを中断させたと恐縮しながら、まだ笑っていた。
打ち合わせが終わってみんなが部活へと散って行ったあと、岡田がぴいちゃんに話しかけている。
映司は和久井と話しながら携帯を取り出している。
2人とも浮かれてるなあ。
「吉野ってずいぶん笑い上戸なんだな。」
岡田。
その話題はやめてくれ!
「ああ、さっきはごめんなさい。ちょっと、思い出したら可笑しくて。」
ぴいちゃんはそう言って、また吹き出してしまった。
もうそろそろ、その映像を消去してほしいんだけど。
今、こんなに笑われていたら、当日はどうなることか。
「ごめんなさい。今日一日、思い出さないようにしてたんだけど、一回思い出したら、もうダメ。あはははは!」
そんなに我慢してたんだ。
それにしても、こんなに思いっきり笑ってるぴいちゃん、初めて見たよ。
放課後で人が少ないから?
それとも、相手が岡田だからなのか?
「吉野って、なんか面白いな。ねえ、俺も『ぴいちゃん』って呼んでもいい?」
え?!
おまえ、そこに話を持って行くのか?!
「え?」
ぴいちゃんが笑いすぎて浮かんだ涙をぬぐいながら、岡田を見上げる。
少し首をかしげて考える様子のあと、
「うん、どうぞ。」
と答えた。にこっと笑って。
いいの?!
そんな簡単に?!
「天文部でもみんなに呼ばれてるから。」
それから俺の方に視線を移し・・・かけて、あわてて逸らすと、
「藤野くんも、よかったら、それでいいよ。」
と、少しトーンを落とした声で言ってくれた。
忘れられてなくてよかった。
けど、なんとなく岡田のついでみたいな気がしていやだ。
「サンキュ。よろしくね、ぴいちゃん。」
そう言って、岡田はぴいちゃんの頭をてのひらでポンと叩くと、俺と映司に「部活行こうぜ」と言った。
気安く触るなよ!
心の中でそう叫びながら、ぴいちゃんを振り返ると、俺の視線に気付いた彼女が小さく手を振った。
「またね。」
と聞こえたような気がした。
それだけで、胸の中が安らかになったような気がする。
・・・けど、彼女が視界から消える直前、また吹き出したのが見えた。
俺、全然いいとこないよな・・・。
「岡田。吉野のこと、本気?」
映司が尋ねる。
うん、俺もききたい。
「たぶんね。」
たぶん?何だそれ?
「神谷は結城たちの誰かが気に入ってるみたいだし、席が近くなって話してみたら、それほどじゃなくなってきた。今はぴいちゃんが第一候補かな。」
ぴいちゃんって呼んでほしくない。
「あのバスのときから?」
「まあ、あれはきっかけかな。あれからあいさつしたり、ちょっと話したりしてるけど、すっごいいい子なんだよなー。」
そんなこと、俺だって知ってるよ!
「ふうん。あ、さっき、和久井から吉野と2人分のアドレス教えてもらったから、お前らにも送るね。」
アドレスって、映司。
「ずいぶん手際がいいな。」
「だって、一緒にやろうっていう話が出たときから考えてたもん。それに、俺は4月からコツコツ頑張って来たんだから。」
そうだった。
映司はチャンスを見逃さないで頑張ってるよなあ。
でも、ついでとは言え、ぴいちゃんって呼んでもいいって言われたし、アドレスも手に入った。
今日の夜にでも、さっそくメールしてもいいだろうか?
「藤野はどうなの?」
浮かれてどんどん歩いて行く岡田から少し離れて、映司が小声で俺に言った。
何を訊かれているのかわからずに、まじまじと映司の顔を見る。
そんな俺を見返して、映司が続ける。
「よく吉野のこと見てるよね?」
うわ。
さすがキャッチャーだ。すごい観察眼。
「俺が和久井の方を見ると、藤野もよく同じ方向を見てるから。初めは和久井を見てるのかと思って焦ったけど、吉野だろ?」
なんだ。
キャッチャーの観察眼じゃなくて、ヤキモチで突き止めたのか。
確かに、4月も今も、和久井とぴいちゃんは席が並んでる。
そうだよな。
俺、4月からずっと、ぴいちゃんのことを気にしてる。
もっと話したいと思ってる。
話せたら楽しいのにって思ってる。
だけど、それが“好き”っていう感情なのかどうか、よくわからない。
だって、篠田と話してもそれなりに楽しいし、去年のクラスにだって、よく話す女子はいた。
はぁ・・・。
ため息ひとつ。
「俺、自分でもよくわかんないよ。」
元気が出ない俺の様子を見た映司は、ちょっと意外そうな顔をして、
「わかった。帰りに話聞いてやるから、奢れよ。」
と言ってくれた。
部活が終わって帰ろうとすると、今日も篠田が待っていた。
それを、映司と寄るところがあるからと断る。
篠田は素直に「わかった。じゃあ、またね。」と言って、帰って行った。
その素直さに、ちょっと罪悪感が残る。
「お前と篠田って、アドレス交換してないの?」
映司が不思議そうに訊く。
「そういえば、してない。思い付かなかった。向こうも言わなかったし。」
「ふうん。」
そうか。
他人から見たら不思議かもしれない。
冷房の効いたハンバーガーショップに腰を落ち着けて、俺は映司に今までの状況を打ち明けた。
こうやって話すだけでも、自分の気持ちが軽くなるような気がする。
「つまり、」
映司が俺の話の要点を繰り返す。
「藤野は篠田のことは、今のところ、何とも思ってない。」
まあ、はっきり言うと、そのとおり。
「で、吉野のことは気になるけど、まだあんまり接点がないから、好きなのかどうか確信がない。」
「うん。そんな感じ。」
「ってことは、問題なのは篠田の方だな。お前、最初に何て言ったの?」
「篠田に『友達からでいい』って言われて、『友達ってことなら構わない』って・・・。」
確か、そんなやりとりだったはず。
「じゃあ、気にしないで放っとけば?」
「でも、周りがただの友達とは見てくれてないから困ってるんだよ。」
「じゃあ、断る?」
「なんか、友達を断るって、すげー嫌いみたいで悪いじゃん。篠田の人格を否定するような。」
「そこまで考えなくてもいいと思うけど。吉野のことが気になるなら、名前を出さなくてもいいから、“気になる相手がいる”って言って、断ればいいんだよ。」
「断ってもいいのかな?」
「このままズルズルしてたら、篠田の方が既成事実になるかもしれないぞ。それに、いつまでも期待させてたら、余計かわいそうだし。」
そうか。
友達を断ってもいいのか。
“気になる相手がいる” って、まさにそのものだし。
よし!
それじゃあ、なるべく早いうちに。